19話 耐性アップ
「ぅ……あれ、寝てた……?」
パジャマパーティーと言いながらそうそうに寝てしまった佑月は、あの後由夏に運ばれて心春のベッドで眠っていた。
時刻はまだ午前四時、心春はまだ眠っている。
(そっか、寝ちゃったのか……まあまだ眠いし二度寝しよ)
心春を起こさないように——なんて気遣いをするまでもなく、佑月はすぐに目を閉じる。
(あれ、なんかちょっと狭い気がする……って、あや姉か)
そしてようやく、同じベッドに心春だけでなく綾音もいることに気が付いた。
パーティーが終わった後、ベッドに運ばれた佑月を挟むように心春と綾音も一緒に寝ていたのだ。
(そういえば昔、お父さんとこうやって寝てたな。真ん中は心春だったっけ)
まだ父が生きていた、佑月がまだ小学校に入ったばかりの頃。
当時夜が苦手だった心春は、毎日佑月と父に挟まれて眠っていた。
父の腕を枕にして、眠くなるまで佑月と喋ってそのまま眠りにつく。
(心春も成長したな……)
父が死んで七宮家に育てられるようになって、そして兄妹二人きりで過ごすようになって。そうなってから心春は家事をするようになり、昔みたいに佑月に甘えることもなくなった。
佑月にべったりで友達も少なかった心春が今ではクラスの人気者。もう心配することなんてないが、それでも兄として、心春に心配をかけるようなことは絶対にしたくない。だから佑月は心春に弱いところを見せないようにしている。
「すぅ~……んっ、お兄、エロい……」
(なんて夢見てんだ心春は……)
「佑月ちゃん……おっぱい縮んだ?」
(縮んでないわ。こっちはこっちでどんな夢見てるのやら……)
寝ようと思ったが、なんとなく危険な気がして、二人を起こさないようそっとベッドから降りて部屋に戻った。
(あ、由夏ちゃんいる)
佑月のベッドで一人快適に寝ている由夏の隣に潜り込み、腕を抱いて足を絡ませて目をつぶる。
(あや姉もだけど、なんで由夏ちゃんといると落ち着くんだろ……)
いろいろ考えていると徐々に目が覚めて来て、ついにそんなことまで考えだした。
(やっぱり私、由夏ちゃんのこと好きなのかな。でも好きとは違う気がするし……)
気持ちよさそうな由夏の寝顔を見たところで、胸が苦しくなったりよからぬ感情がわいてきたりはしない。どちらかというと、心春や一穂、琉莉と言った身内と一緒に居るときの感覚だ。
(ま、考えてもわからないし寝るか)
しかし、考えたところで経験値が足りてないせいでいったいどういった感情なのかがわからなかったので、眠れるまで由夏と布団の温もりを感じながら目を閉じていることにした。
「宮野さん、そろそろ起きたほうがいいんじゃない?」
「んあ~……あぁ、学校……」
そういえば月曜日だったなと重たい瞼を何とか開いて先に起きて仕度を済ませていた由夏に手を引かれてベッドから降りる。
「もうみんな起きてるよ」
佑月が一番朝に弱く、いつもギリギリまで寝ている。
朝練のおかげで朝早く起きることに慣れている由夏と心春はすでに朝食を済ませ学校に行く仕度を済ませているし、綾音も今着替えているところだ。
「いまなんじ?」
「七時過ぎ。早くしないと髪セットできないよ」
「おきる」
目をこすりながらも、由夏と一緒にリビングに降りて用意されている朝食をとり、歯磨きをしながら心春に髪をセットしてもらう。今では佑月の少しだらしないモーニングルーティーンだ。
(昔は私が髪結ってあげてたっけ)
ふと小学生の頃のことを思い出す。
可愛い髪にしたいという心春のために結び方を勉強して、始めて心春の髪をセットしてから数ヶ月、ほぼ毎日歯磨きしている心春の髪を結っていた。
「昔は私が髪やってもらう側だったのにね」
「心春も覚えてたんだ。人にやるのはまあまあ得意なんだけどね」
「そうそう。すごいうまいのに自分でやるのは下手なんだよね」
心春は自分の髪をセットするのもうまいが、佑月はポニテ、ツインテ、おさげと簡単に結ぶだけのものしかできない。数少ない苦手分野だよと、鏡越しに心春と笑いあう。
「うがいしたい」
「待ってあとちょっと」
学校に行くだけなのに、編み込みハーフアップと少し凝った髪型にする。
「佑月ちゃんできたー……って、なんかすごい可愛いね」
「いやー、ちょっと興が乗っちゃって」
髪をセットしてうがいをして、そのあともう少し可愛くしたいと心春が色付きのリップを付けたり軽く香水をかけて見たりとデートにでも行くのかというくらいに佑月をセットアップした。しかし、服は普通に制服だ。それでも素の良さと心春の技術でいつも以上に可愛く見える。
鏡を見ているうちに佑月も少し気分がよくなって、時間まで一穂とLINEのチャットで会話している由夏に「見て、可愛くない?」とふわりと一回転して見せた。
「え、普通にお姫様じゃん。一穂君にも見せよ」
「あ、それはダメ——」
調子に乗ってミニスカートでカーテシーをして見せる佑月の写真を撮り、それを一穂に送る。
「『調子乗ってる+5000兆点』だってさ」
「うぅ……もうお嫁にいけない……」
「じゃあ私がもらってあげよう」
「ほんと?」
「もちろん。毎日可愛がってあげるぜ」
「きゃーすてき!」
そんな茶番をしていると、「そろそろ出たほうがいいんじゃない?」と若干呆れ顔の心春に言われた。
「もうそんな時間か。忘れ物ない?」
「あー、スマホ置きっぱなしだ」
佑月は急いで部屋で充電しっぱなしのスマホを取りに行った。
「お待たせ。行こ」
スマホを鞄に入れて、心春と綾音に見送られながら由夏と二人で家を出る。
「宮野さん、ほんと朝弱いんだね」
「布団の誘惑にあらがえなくて……。てか由夏ちゃん、今は宮野さんって呼ぶんだね」
「心春ちゃんも宮野さんだし。佑月ちゃんのほうがよかった? それともゆーちゃん?」
「うーん、じゃあ、ゆーちゃんで」
少し照れながら、後者の「ゆーちゃん」を選ぶ。
「可愛いの選んだね。よし、じゃあ今日から君はゆーちゃんだ!」
「……うん!」
学校について教室に入ると、いつもより少し大人っぽさのある可愛さを醸し出す佑月はいつも以上に注目を集める。
最近は佑月に対する視線や噂も徐々に収まってきていたが、それでもやはり人気は高いのでおめかしして学校に行けばそれなりに視線を集める。
しかし、そんな視線にも慣れた佑月はいつも通り席について隣の由夏と話す。そうしていると視線も落ち着き、教室もいつもの空気に戻る。
「うわ、今日一時間目から体育じゃん。やだなー」
「え、体育あるの? うわー、今日普通のブラしてきちゃったんだけど」
「スポブラ持ってきてもないの?」
「持ってきてない。揺れるから邪魔なんだよね……」
「こういう時貧乳になりたいよねー」
「動きやすそうだよね」
そんな胸の話をしていると、佑月たちとは少し遅れて「おはよう。なんの話?」と茜が教室に入って来た。
「お、三組の貧乳担当のお出ましだ」
「は? 揉めばわかるくらいにはありますけど? で、なに、おっぱいの話?」
「うん。今日体育なのにスポブラじゃないなーって」
「あらら。貧乳はいいよー。そーゆうこと気にならなくて。でもせめて宮野さんくらいは欲しかったな」
「やっぱり欲しいもんなの?」
「そりゃ欲しいよ。見る分には貧乳もいいけど自分のだとね……」
「仕方ない、揉んで大きくしてあげよう……って服の上からじゃわかりにくいね」
「言ったな!」
言ってはいけないことを言ってしまった由夏は、茜に大きな胸を思いっきり引っ叩かれた。
「揺れてる……」
「痛いなぁもう。ごめん、これで許して」
と言いながら、再びあかねの胸を揉む。今度は何も言わずにじっくりと。
(心春も昔「お兄……その、おっぱい揉んで欲しいんだけど」とか言ってたな……)
二人のやりとりを見ているる佑月は、そんなことを思い出した。
心春がまだ小学生だった頃、周りの胸が育っている女子が羨ましくて、でもそんなこと相談できないからと悩んだ挙句佑月に相談したのだ。そして、小さすぎる胸を前に「揉むほどないじゃん」と言って半泣きになった心春に腹を殴られた。
「お、ゆーちゃんも揉んで欲しい?」
由夏の手つきを見ているとそう聞かれたが、「私の時手つきエロいからやだ」と拒否する。
「エロくしない」
「やだよ恥ずかしい」
「ちぇー。じゃあ、もうちょっと堪能しようかな」
「ねえゆかちー、揉んでって言ったの私だけどブラしてないのをいいことに乳首いじるのやめてくれない?」
「ほらやっぱり由夏ちゃんエロいじゃん!」
なんとなく危険な気がして、佑月はとっさに胸を隠して由夏から離れる。
「逃がさないよー」
後退りする佑月を、ゆっくりと追い詰める。
「由夏ちゃん、後ろ……」
「由夏、ストップ」
「あうっ」
逃げる佑月にじりじりと近寄る由夏の背後から、呆れ顔の都が頭を小突いて止めさせる。
「水瀬さん、ありがとう……」
「気にしないで——ちょ、なんで揉むの!」
今度は止めた都の胸を揉む。
「あれ、みやちゃん胸大きくなった?」
数か月前に揉んだ時よりも若干揉み心地がよくなっている気がして、そう聞いてみると「よく気づくなほんと……」と感心ではなく呆れの混じった回答が帰ってきた。
「てかそう、体育どうしよう」
全く別の方向に話がそれていたが体育のことを思い出し、佑月は事情を言って都にも聞いてみる。
「我慢するしかないんじゃない?」
「やっぱりそうかー。はぁ、やだなー」
「どうせほぼ自由行動だしサボったら?」
「そうしようかな」
普段は真面目に授業を受け、未だ運動には慣れない小さな体で体育も真面目にやっていた佑月は由夏に「サボったら」と言われそうすることにした。
体育の授業は高確率で自由時間になるので、あまり体育が好きではない者は端で話していたり、ギリギリサボりに見えないように至近距離で軽くラリーをしながら雑談していたりする。人によっては休憩時間なのだ。
「じゃあ各自グループでいつも通りやってください」
星女にいる数少ない男性教員である斎藤の合図とともに、各々散らばっていく。
佑月と由夏と茜の三人はテニスコートに移り、由夏と茜で試合を始めた。
由夏は全国大会準優勝を経験しているのに対し、茜はかじった程度だ。しかし、由夏が楽しめるように手加減しているので、なかなか盛り上がっている。
「うわ、寒っ」
ジャージを着ているとはいえ観戦するだけで体を動かしていないせいで体が暖まらず、佑月は体を抱えてしゃがみ込む。
「宮野さん寒いの?」
「あ、うん。ちょっと寒いの苦手で……」
「じゃあこれあげる。あったかいよ~」
「ホッカイロ……ありがと。うわ、あったかい……」
もらったカイロを頬や腕に当てて暖まりながら、カイロを渡すだけ渡して去っていった女子の背中を見つめる。
(あれ、鈴木さんだっけ)
最近ようやく覚えたクラスメイトの名前を思い出し、「あまり話したことないのにわざわざありがとう」と思いながら背中に向けて手を合わせる。
もらったカイロで暖まりながらラリーや試合を眺めていると、隅の方でずっと座っている佑月のもとについに斎藤が来た。
「宮野さん、やらないんですか?」
「あー、その、普通のブラで来たせいでちょっと動きにくくて」
「なるほど。けど外は寒いので軽く運動して温まったほうがいいですよ」
「ですよね……うぅ、寒い……」
「自分は男だからよくわからないけど、まあ無理しない程度に動いてください。一応授業ですし」
「ですよね。ごめんなさい」
斎藤に言われてそろそろ動こうと立ち上がり、ひとまず由夏たちのもとに駆け寄る。
本気の試合にならない程度ならば大丈夫だろうとラケットを握り、空いているコートで佑月と茜対由夏でラリーを始めた。
大会準優勝経験者というだけあって、球を正確に拾い、そして佑月のところに打つときはしっかり打ち返しやすいところを狙っている。それでも多少は胸が揺れるので集中できない。それに、視線も感じる。
「由夏ちゃん、そろそろ休まない?」
「んー、そうだね」
「あぁ~、いい運動した!」
三人はテニスコートから出て、ベンチに座って授業風景を眺める。こうして堂々とサボっても、ある程度やっていれば文句は言われない。
「そういえばなんでこんな自由なの?」
「今は試合に向けて自主練って感じだからかな。あと私とペアだといい教えを受けられるからってなんか多少は目を瞑ってるらしいよ」
「すごい信頼されてるね」
「てかあの先生が緩すぎるだけだよ。前の体育の先生一部に嫌われてハニトラで左遷されたからねー」
聞けば、一部の問題児が気に入らない男性教諭を唆したり被害者になりきって校長に被害を訴えて排除するらしい。佑月が転入する数カ月前に一件、その数年前にも何件かそういった事件があった。そのせいで怯えて強く言えない先生がいるらしい。斎藤もその一人だ。
「女子高、怖いね……」
「まあほんとよくあることってわけじゃないから。それに噂でしかないしね。先生が生徒に手出したのが発覚したからって噂もあるし」
「先生、手出しちゃうんだ……」
ふと男子高でのことを思い出して、自分を守るように身体を抱える。
「ゆーちゃんならたぶんみんなが守ってくれるから大丈夫だよ」
「そうそう。私もゆかちーも卒業まで貞操を守り通すから! それに生徒会の人たちもたぶんみんな味方になってくれるよ」
「そうだね。じゃあ、安心かも」
今までは女子と色々あったせいで苦手意識を持っていたが、こうして女子と接しているうちに、「あれ、女子ってあんまり怖くない……?」と意識が少しづつ変わっていく佑月だった。
斎藤先生はバイコーンかもしれないし、ユニコーンかもしれない




