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第196話「ユウキとオデット、帝国の町を調べ回る」

 ──ユウキ視点──




「町を監視(かんし)していた白いフクロウと、それに追われていた子どもか」


 ダルードの町にやってきて、2日目の朝。

 俺とオデットは朝食を取りながら、コウモリたちから報告を受けていた。


 コウモリのディックとアレックスとサイラスは、十分、役目を果たしてくれた。

 兵士たちの巡回(じゅんかい)コースもわかった。

 町に住む野生のコウモリが、白いフクロウを脅威(きょうい)だと感じていることもわかった。

 そして、フクロウに追われていた子どもを、コウモリ軍団が助けたことも。


『その子は小さな紙を持っていたです。返すのも変でしたから、もらっておいたです』

「フクロウは紙に気づかなかったのか?」

『子どもを追いかけるのに夢中みたいだったのです。それに、子どもは紙を、草むらで転んだときに落としたですから』

「そっか。それで、子どもはどうなったんだ?」

『橋の下にある細い水路に入っていったです』


 ダルードの町には水路がはりめぐらされている。

 川のように大きなものもあれば、大人が通れないような細い通路もある。

 そこに飛び込むことで、子どもはフクロウから逃げようとした……ってことか。


『水路の中は、人間の膝下(ひざした)くらいまでしか水がなかったです。子どもはその奥に入っていって、姿を消したようなのです』

「わかった。ありがとう」


 その子の行方をつきとめるのは……難しいな。

 俺たちが水路に入っていったら目立ち過ぎる。

 コウモリ軍団もそうだ。彼らには『野生のコウモリのようにふるまえ』と命令してあった。そのコウモリが子どもを追いかけて水路に入ったら不自然だからな。

 下手をすると、こっちが白いフクロウに──監視役(かんしやく)に目をつけられることになるわけだし。


「これが、回収した紙か」


 俺はアレックスが持っていた紙を、テーブルの上に広げた。


「オデットも見てくれ。ここに書かれているのはなんだと思う?」

「文字ではないですわね。図形でしょうか」

「そうだな。いびつな図形の中に、5つの点が打ってあるように見える」


 俺とオデットは、コウモリ軍団が回収した紙を見ていた。

 紙に描かれているのは、でこぼこした図形だ。

 その図形の中に、黒い点のようなものある。数は5つ。

 

「暗号のようにも見えますわね」


 紙をじっと見つめながら、オデットは言った。


「きっと、情報を持っている者が見ると意味がわかるのでしょうね」

「それを子どもが運んでいた。その子どもを、白いフクロウが狙っていたわけか……」


 フクロウはなんらかの意思で動いている。

 それは野生のコウモリたちの証言や、フクロウが子どもを襲(おそ)ったことからもわかる。

 あのフクロウが、ナイラーラ皇女の言う『清き鳥』なのか?


 ナイラーラ皇女は『帝国にいる、清き鳥に気をつけるがいい。やつらは帝国に害をもたらず蛇を探している』と言った。『清き鳥は、皇帝一族でもあやつることのできない、国を見通す目』だと。


『清き鳥』とは帝国の諜報機関(ちょうほうきかん)を表す言葉だと思っていた。

 けれど、この町には純白の……見た目には清らかなフクロウがいた。

 そいつは夜の町を巡回(じゅんかい)して、人を襲(おそ)っていた。

 それが『清き鳥』そのものか、あるいは『清き鳥』という名を持つ諜報機関(ちょうほうきかん)の配下だと考えると理屈が通る。


「コウモリ軍団に質問。そのフクロウは強かったか?」

『『『かなり強かったのですー!』』』


 ディックとアレックスとサイラスは声をそろえた。


『動きも速かったです。私たちと同じくらいのレベルでしたー』

『力も強かったのです。爪で子どもを転ばせるくらいでしたー』

『自分とぶつかっても、力負けしなかったのですー』


 羽をぱたぱたと揺らしながら、ディックたちは答える。

 3匹の言葉には実感がこもっている。

 本当に、そのフクロウは強敵だったんだろうな。


「コウモリ軍団と同等の力を持つフクロウか……」

「ただの鳥ではありませんわね」


 オデットはうなずいた。


「何者かの使い魔か……あるいは、強化されたフクロウに違いありませんわ。だとすると……この紙は、そのフクロウに関わる情報を表しているのではないでしょうか?」

「フクロウにまつわる情報を?」

「この紙を持っていた子どもは、フクロウから逃げていたのでしょう? それは子どもの方でも、フクロウを脅威(きょうい)だと考えていた証拠(しょうこ)ですわ。だとすると……その子はフクロウと、それを操る者にとって都合の悪い情報を持っていたのではないでしょうか?」

「それだ」


 さすがオデット。頼りになるなぁ。


「なんとなくだけど、この紙に書かれているものの意味がわかった」

「はい?」

「コウモリ軍団にもうひとつ質問だ。このダルードの町の防壁は、どんなかたちをしていた?」


 コウモリ軍団が夜の町を巡回していた。

 町を囲む防壁に沿って、町中をくまなく。

 彼らはこの町の防壁のかたちを理解しているはずだ。


『『『こんなかたちなのですー』』』


 コウモリ軍団が床に整列する。

 そのまま、列をなして歩きはじめる。自分たちが歩くコースを、ダルードの町の防壁のかたちに見立てているようだ。

 そうしてコウモリたちが描いた形は……。


「紙にある図形にそっくりですわね……」

「やっぱりかー」


 紙にはいびつな図形が描かれていた。

 それは、ダルードの町を囲む防壁(ぼうへき)を表していたんだ。


「よく気づきましたわね。ユウキ」

「オデットのおかげだよ」

「わたくしの?」

「紙に書かれているのは『フクロウと、それを操る者にとって都合の悪い情報』と言っただろ。だとすると、それはダルードの町に関わるものの可能性が高い」

「それで、これが町そのものを表す図だと考えたわけですわね」

「ああ。それに、こういう地図って、子どもたちが宝探しをするときに書くものだからな」


 フィーラ村でもそうだった。

 子どもたちは宝探しごっこが好きで『マイロードに見せたいものを隠したので、探してください!!』って、地図を渡してきたりしていた。

 それは年を追うごとに洗練(せんれん)されてきた。

 アリスなんか暗号を解かないと読み取れない地図を渡してきたりしていた。まあ、苦労して見つけたら、中身はアリス直筆のラブレターだったりしたんだけど。


 それはともかく、この紙が、町の特定の場所を示しているのは間違いない。

 その情報は、町の監視役にとって都合の悪いものなのだろう。

 だからフクロウはその持ち主を傷つけ……場合によっては殺そうとしていた。

 つまり、あの子どもはフクロウに敵対する人物か、その組織の一員ということになる。

 あの子を見つければ、その組織にも接触できるのかもしれないが……。


「……わたくしたちの選択肢(せんたくし)は2つありますわ」


 オデットは真剣な表情でうなずく。


「ひとつは、子どもが逃げた水路に入り、その内部を探索(たんさく)すること。もうひとつはこの紙に描かれている場所を調べること。ユウキはどちらを優先すべきだと思いますの?」

「できれば水路を調べたいんだが……それは、準備をしてからだな」


 俺たちには、水路の内部についての情報がない。

 もしかしたら、魔術的なトラップが仕掛けられている可能性もある。

 準備なしで踏み込むのは危険だ。


 それに、フクロウのこともある。

 あいつが元気よく飛び回っている間は、水路にコウモリ軍団を送り込むのは難しい。

 まずはフクロウへの対策を考えよう


「とりあえず、水路はコウモリたちに見張ってもらうことにしよう」


 俺は結論を出した。


「誰かが出てきたら尾行して、それから接触する。俺たちが紙に記されたポイントを見に行こう」

「賛成(さんせい)ですわ」


 オデットはうなずいた。


「フクロウが外交使節に害をなす可能性もあります。それに関わるものなら、調べておくべきでしょう」

「ああ。もしかしたらフクロウの主人のこともわかるかもしれない」

「旅行者らしく町をうろうろしながら、調べることにいたしましょう」


 そこまで言って、オデットはふと、考え込むように、


「ところでユウキ。わたくしはひとつ、疑問がありますの」

「どうしたオデット」

「白いフクロウはユウキの使い魔と同じくらいの力があったんですわよね?」

「ああ。コウモリ軍団の報告によると、そうだな」

「ユウキの使い魔は、ユウキから『魔力血』をもらっているから強いんですわよね?」

「うん。それも間違いない」

「それと同等の力を持つということは……白いフクロウは、ユウキの『魔力血』と同等のものを与えられている可能性がありますわ。そんなことがありうるのでしょうか?」

「……なるほど」


 さすがオデット。鋭(するど)いな。

 俺は『帝国だから使い魔も強いんだろう』だと思っていたから、気づかなかったよ……。


 確かに、俺のコウモリたちと同等の力を持っているとしたら、フクロウはなんらかの強化を受けていることになる。だったら、その魔力はどこから来ている?


 俺の『魔力血』と同等のものを、『聖域協会』が持っているのか?

 第一司祭はすでに不死──『完全な人間』になっていて、その血が『魔力血』と同等の効果があるとか?

 それはさすがに、あり得ないと思うんだが。


「まずは現場で調べてみよう」

「ええ。そういたしましょう」


 そうして、俺とオデットは調査を開始したのだった。







 俺たちはグレイル商会ダルード支店を出た。

 表向きの目的は、商品の買い出し。

 リースティア王国で売れそうなものを買い付けて、持ち帰る。

 そんな商人のふりをして、俺たちは歩き出した。


 ダルードの町の特徴(とくちょう)は道が悪いことと、あちこちに水路があること。

 それと、見張りの兵士が多いことだ。


「……オデット。兵士たちはどんな感じだ?」


 道を歩きながら、俺は隣にいるオデットにたずねた。

 オデットは軽く目を閉じて、それから、


「……コウモリさんたちの報告と同じです。おそらく、夜と同じ巡回コースをたどっていますわ」

「……昼と夜で、それほど違いはないってことか」

「……いえ、昼間は兵士の数が少ないようです。夜は見えない部分や死角が増えますから、多くの兵士が配置されているのでしょうね」

「……夜は兵士の目を増やしているってことか」

「……そうですわね。でも……」


 オデットは不敵な笑みを浮かべて、うなずく。


「……見る目を増やしているのは、わたくしも同じですわ」

『……シュシュ』


 オデットの襟元(えりもと)から、黒い蛇が顔を出していた。

 オデットの使い魔だ。

 上着の中に隠れているそれは、ぱっと見には、服の模様(もよう)にしか見えない。

 けれど、蛇は見ているものをオデットに伝えてくれる。

 俺たちが前を向いたままでも、まわりにいる兵士の位置はすべてわかるんだ。


「この蛇の使い魔……久しぶりに使いましたわね」


 オデットは苦笑いした。


「ユウキとはじめて出会ったときにも、この蛇を作り出したのですわ。覚えていますか?」

「覚えてるよ。オデットは俺を呼びだすために、馬車に使い魔を寄越(よこ)したんだよな?」

「…………そうですわ」


 なぜか、気まずそうな顔になるオデット。


「あのとき、わたくしは! あなたを呼びだすために、この術を使ったのです!」

「わかってる。その使い魔が役に立ってくれてるわけだし」


 兵士たちとは目を合わせない方がいい。

 だから、俺たちは前だけを見ながら、町を進んでいく。

 まわりの様子を観察するのは、オデットの使い魔の役目だ。


 コウモリ軍団はフクロウに姿を見られている。

 フクロウが子どもを攻撃したとき、割って入ったコウモリのことを、フクロウは覚えているかもしれない。

 今は、使わない方がいいだろう。


 慎重(しんちょう)にいこう。

 ここは隣国(りんごく)、ガイウル帝国の領地なんだから。


「……蛇からの情報です」


 オデットは俺の耳元でささやく。


「……兵士はこちらを見ておりません。フクロウの姿も、ないようですわ」

「了解。それじゃ、紙に書いてあったポイントに向かう」


 俺たちは大通りを離れて、路地へ向かう。

 これから向かうのは、あの紙に書かれていたポイントのひとつだ。


 道に迷ったふりをして、俺たちは路地を進んでいく。

 そうして、しばらくすると──


「……ユウキ。フクロウがいますわ」

「……やっぱりか」


 首の後に、ちりちりとした感覚がある。

 じっと視線を向けられているような気配だ。

 それに気づかないふりをしたまま、俺たちは目的のポイントに向かう。


 白いフクロウは、建物の屋根の上にいるらしい。

 俺たちを監視しているわけじゃない。

 ただ、周囲を見回しているような感じ……というのが、使い魔の報告を受けた、オデットの意見だ。


 こっちは地上。建物に囲まれた路地を歩いている。

 フクロウは建物の屋根の上にいて、ときおり、俺たちを見下ろしている。



 だから、フクロウからは、俺が裸足(はだし)で歩いているのがわからない。



 俺は路地に入ってすぐ、靴を脱いで裸足(はだし)になった。

 足の親指には軽く傷をつけている。

 少しだけ。『魔力血』がにじみ出るくらいに。


 俺はその状態で魔術を発動した。



「──『侵食(ハッキング)』」



 紙に描かれたポイントにさしかかった瞬間(しゅんかん)、俺は地面に向けて『侵食』を実行。

 手からではなく、足の爪先から。


『侵食(ハッキング)』は『魔力血』を使って、魔術やマジックアイテムに干渉する技だ。

 普段は指先を傷つけて実行しているけれど、やろうと思えば、爪先からでもできる。


 違いは、手からやった方が微妙(びみょう)に精度(せいど)が高いくらい。

 でも、気づかれないように『侵食』するなら、爪先からやった方がいいよな。

『ここになにがあるか』くらいなら、十分、確認できるわけだし。


 そして『侵食(ハッキング)』を使った結果は……。


「……地面の下に、魔力の結晶体が埋まっている」


 俺はオデットに報告した。


「しかも、かなり魔力の強い結晶体だ。これは……」

「なにか心当たりがありますの?」

「俺たちが前に見つけた魔力の結晶体のようだ。ほら、前に『アームド・オーガ』と戦ったときに、濃密(のうみつ)な魔力の結晶体を見つけただろ?」

「ええ。覚えていますわ」


 オデットはうなずいた。


「あの結晶体は犬のガルムさんにあげたんですわね」

「そうだな。ガルムはあの結晶体を取り込んでパワーアップしたんだ」

「それと似たようなものが、地面の下に?」

「ああ。それと、マジックアイテムのようなものもある」


 古代器物じゃない。ごく普通のマジックアイテムだ。

 その効果もわかった。


 ひとつは、使い魔への魔力供給。

 あの場所はフクロウにとっての止まり木だ。

 フクロウがあの場所に着地すると、地下にあるマジックアイテムから魔力の供給を受けることができる。供給源はもちろん、埋められた魔力の結晶体だ。マジックアイテムはフクロウに適切な魔力供給をするために、必要な魔力を結晶体から引き出すようになっている。


 もうひとつは、結晶体を掘り出そうとする者を攻撃(こうげき)すること。

 あの地点の地面を掘り返そうとすると、電撃(でんげき)が流れるようになっている。

 しかも、かなり高威力(こういりょく)のものだ。


 さらに追加効果として、フクロウを呼びだすというものもある。

 地面を掘り返そうとすると電撃を喰らって、さらにフクロウの攻撃を受けるわけだ。

 マジックアイテムを仕掛けた者はかなり念入りに、あの場所を守ろうとしているらしい。


 ──ということを、俺はオデットに伝えたのだった。







「……帝国の町には使い魔を利用した監視(かんし)システムがあるのですね」


 俺たちは路地を離れて水路沿いへと移動していた。

 散歩をするふりをしながら、小声で打ち合わせを続ける。


「そうだな。そして、それに反抗する組織があるんだと思う」

「フクロウに追われていた子どもも、そのひとりなのでしょうか?」

「たぶんね、それがナイラーラ皇女の言う『蛇』かもしれない」


 ダルードの町には使い魔が配置されていた。

 使い魔の目的は町を監視(かんし)すること。

 あるいは、帝国にとって害になる相手を排除することも、使い魔の役目なのかもしれない。


 使い魔を効率的に働かせるために、町にはマジックアイテムと魔力の結晶体が設置されている。

 使い魔はそこで魔力を補給することで強い力を得ている。

 高速で町を飛び回り、人を襲(おそ)うこともできるようになる。


 あんなものが他の町にもあるんだろうか。

 なんというか……気持ちが悪いな、帝国って。


「あの紙には、マジックアイテムが埋められている位置が描かれていた。つまり……」

「反抗組織が、がんばって突き止めたのでしょう。あの白いフクロウをどうにかするために」

「だけど……マジックアイテムを町の中に設置する理由はなんだろう?」


 気づくと、俺はそんな疑問を口にしていた。


「兵舎や、町を囲む見張り塔に設置した方がいいだろ。整備も簡単だし、人も近づけないだろうし」

「使い魔の主人は、兵士たちを信じていないのでしょうね」


 オデットは考え込むように、うなずきながら、


「きっとフクロウたちは、町の住人だけではなく、兵士たちも監視(かんし)しているのですわ。だから、その存在を知られないようにしているのかも」

「それが『皇帝一族でもあやつることのできない、国を見通す目』か」

「もうひとつの可能性は、一定期間でマジックアイテムを、別の場所に設置しなおしている場合ですわね」


 オデットの推理(すいり)は進んでいく。


「毎回、決まった場所に設置していたなら、反抗組織はそこを狙(ねら)うでしょう。建物に設置したなら、建物そのものを魔術で破壊することだってできるようになります。だから──」

「結晶体の魔力が尽(つ)きたら、別の場所にマジックアイテムと一緒に設置し直す、ってことか」

「使い魔を安定して運用するには、それが一番だと思いますわ」


 そこまで言ってから、オデットはあわてたように、


「も、もちろん、これはただの推測(すいそく)ですわよ?」

「わかってる。でも、説得力があるよな」


 使い魔で町の人たちを監視しているなんて、表沙汰(おもてざた)にできるわけがない。

 隠れてやっていると考えるのが普通だ。

 だとしたら兵士にも、町の人にも、使い魔やマジックアイテムの存在を隠すだろう。


「本当は『侵食(ハッキング)』でマジックアイテムを壊(こわ)そうと思ってたんだけどな」

「それをやるとバレますわね」

「ああ。向こうはマジックアイテムを別の場所に設置し直すだろうな」

「だとすると……気づかれないようにやるしかないか」


 できればリースティア王国の外交使節が来る前に、使い魔を無力化しておきたい。

 フクロウに使節の動きを逐一(ちくいち)監視されるなんて、気持ちが悪いからな。


 外交使節がやってくるのは明後日だ。

 使節の代表は外務大臣のロベルトという人物。

 護衛(ごえい)としてロッゾ=バーンズさんと、デメテル先生も同行している。


 ロッゾさんとデメテル先生には俺たちがお世話になっている人でもある。

 ふたりが来る前に、監視システムを潰(つぶ)しておきたい。


「さっきの場所に戻ろう。オデットは使い魔を使って、周辺のチェックを頼む」

「了解ですわ。でも、どうするつもりですの?」


 オデットは服の下にいる黒い蛇をなでながら、たずねる。


「マジックアイテムを壊(こわ)すわけにはいかないのでしょう?」

「ああ。オデットの推測のとおりなら、設置し直されるだけだからな」


 マジックアイテムを設置しなおすときに、フクロウの主人の正体を突き止める……という方法もある。

 ただ、今は外交使節が来る前だからな。

 まずは、安全に、彼らを迎えることを優先しよう。


「マジックアイテムは壊さない。無効化もしない」


 俺は答えた。


「ただ、俺はマジックアイテムを調整するだけだ。使い魔のフクロウも、マジックアイテムを管理している人間も気づかないくらいの、わずかな調整を」





 それから俺たちは、紙に記されていたポイントを歩き回った。

 すべてのポイントを回ることはできなかった。

 橋を渡る必要があったからだ。


 この町は水路が行き交っていて、町中の別のエリアに移動するには橋を渡るしかない。

 そこには兵士の駐在所(ちゅうざいしょ)がある。

 橋を渡ると、どうしても兵士の目についてしまうんだ。


 というわけで、俺たちが回ることができるのは3カ所だけ。

 ちょうど今いるこの場所で最後だ。


「…………『侵食(ハッキング)』」


 俺は裸足(はだし)のまま、マジックアイテムがある場所を踏んだ。


 魔術の外装(がいそう)──侵食完了

 内部の魔術──解析完了(かいせきかんりょう)。


 雷撃を発する魔術には干渉しない。

 使い魔に魔力を供給する魔術にだけ、ほんの少し、手を加える。


 それは馬車の車輪を回りにくくするようなものだ。

 車軸(しゃじく)と軸受(じくう)けの隙間(すきま)に砂を流し込むとか、馬を引く手綱に、わずかな切れ込みを入れるとか……そういうたぐいの小細工でしかない。

 だけど、気づかれずにできるのは、これくらいだ。


「……白いフクロウのことは、外交使節にも伝えておこう」


 路地を出たあとで、俺はオデットに言った。


「……マジックアイテムのことは秘密だ。どうやって見つけたか、聞かれても困るし」

「……ですわね」

「俺たちにできるのはここまでだ。あとで効果を確認しよう」


 俺たちは、ひそひそと言葉を交わしながら、グレイル商会へ戻ったのだった。





 そして、夜。

 俺はふたたびコウモリ軍団を暗躍(あんやく)させた。


 その結果──


『……フクロウたちの動きが……少しだけ、にぶくなっていたのです』

『……息切れするのが早かったのです』

『……ぶつかってきたけど、普通にはじき返せたのです』


 朝になって戻ってきたコウモリ軍団は、そんな感想を伝えてくれた。


 ここは、グレイル商会にある、俺の部屋。

 俺とオデットは昨日と同じように、コウモリ軍団の報告を受けていた。


「なるほど。俺の小細工にも効果はあったってことか」


 報告を聞き終えたあとで、俺はうなずいた。


「だとすると、あのフクロウは、かなり魔力消費(まりょくしょうひ)が激(はげ)しいらしいな。まあ、かなり強いらしいから、それも当然か」

「……あの、ユウキ」


 オデットが不思議そうな顔で俺を見ていた。


「ユウキがマジックアイテムに『侵食(ハッキング)』で干渉(かんしょう)したのですわよね?」

「そうだよ」

「そのときにやったのって……」

「使い魔への魔力供給を、2割引にしてみた」


 それが『侵食(ハッキング)』の目的だった。


 あのマジックアイテムはやってきた白いフクロウに、魔力供給をするのが役目だ。

 俺はそれを、ほんの少しだけ邪魔してみた。

 魔力供給をゼロにはしなかった。

 それをやると、すぐに異常に気づかれるからな。


 だから、町の監視役を弱体化させるだけにした。

 ぱっと見は異常に気づかないくらい、ささやかに。


 割り引いた2割分の魔力は、地面に垂れ流すようにしておいた。

 微妙な違いだからな。

 マジックアイテムを管理している者も、すぐには気づかないはずだ。


「それで、使い魔が弱体化したわけですわね」

「微妙(びみょう)な変化だからな。フクロウの主人も気づかないと思う」

「ですが、これからリースティア王国から外交使節が来るのですよね」


 オデットは厳しい表情で、つぶやいた。


「そうなると……帝国側は別の手を打ってくるかもしれませんわ」

「そうだね。オデットならどうする?」

「わたくしなら、使い魔の数を増やしますわ。町にいるフクロウを数倍にして、リースティア王国の外交使節の動きを、四六時中調べることにいたします」

「うん。俺でもそうする」


 俺はうなずいた。


「だから、マジックアイテムには、もうひとつ仕掛けをしておいたんだ」


 あの命令が実行されれば、たぶん、白いフクロウは完全に無力化される。

 リースティア王国側は、安心して外交交渉ができる。

 俺も、あの紙を持っていた子どもか……その背後にいる連中に接触できるはずだ。


「もうひとつの仕掛けと言いますと?」


 興味深そうな顔のオデットに、俺は小声で答える。

 話を聞いたオデットが、目を見開いた。


「あの……ユウキ。違っていたら申し訳ないのですけど……」


 オデットは肩をすくめて、あきれたように、


「もしかして『魔力供給2割引』って、本命の仕掛けを隠すためのダミーですの?」

「そうだけど?」

「……そういうことでしたのね」


 額を押さえて、オデットはため息をついた。


「二重の罠(わな)ですか……確かに、効果的ですわね」

「今の俺たちにできるのは、ささやかなトラップを仕掛けることだけだからな」


 本格的に動くのは、外交使節が町に来て、その役目を終えたあとだ。

 それまでは下準備をする。

 動けるようになったら、一気に対処できるように。


「今は情報収集と、町の安全確保を続けよう。危なくなったら、いつでも動けるように」

「了解ですわ」


 そうして俺たちは準備を続けて──



 その後、ダルードの町にリースティア王国の外交使節が到着したのだった。





 いつも『辺境ぐらしの魔王』をお読みいただきまして、ありがとうございます。

 村市先生のコミカライズ版『辺境ぐらしの魔王』第15巻は9月18日発売予定です。


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