第197話「リースティア王国の外交使節、交渉を行う」
──リースティア王国、外交使節視点──
「あれがガイウル帝国の……ダルードの町ですね」
準B級魔術師デメテルはローブの胸を押さえた。
早くなる鼓動に、自分が緊張していることに気づく。
リースティア王国がガイウル帝国との外交交渉を行うことは滅多にないのだ。
彼女はそれに関わり、こうして国境を越えてきたのだ。緊張するのは当然だろう。
C級魔術師だったデメテルが、準B級魔術師に格上げされたのも、外交のためだ。
彼女は外交使節を護衛する魔術師部隊を率いている。
帝国に対して強さや格を示すには、C級では足りない。
そのため、デメテルは急遽、準B級魔術師に任命されたのだ。
外交使節の代表は、外務大臣のロベルト=サンドーガが担当している。
彼は、長年王家に仕える優秀な人物だ。
ガイウル帝国への正使として、彼以上の人物はいないだろう。
護衛部隊の指揮官はロッゾ=バーンズだ。
彼はバーンズ将軍の長男で、近衛騎士団の副団長を務めている。
もっとも、副団長の地位は、護衛任務に就く直前に与えられたものだが。
デメテルは魔術師部隊を率いて、ロッゾ指揮官の下についている。
部下は『カイン派』の魔術師たちだ。
気心も知れている。不安はない。
リースティア王国の国境付近には、支援部隊が駐留している。
表向きは魔物討伐のためとなっているが、真の目的は外交交渉がこじれたときに、デメテルたちを救い出すことにある。
支援部隊の指揮官はカイン王子。
彼のもとには『レプリカ・ロード』が配備されている。
さらに、アイリス王女が駆る『獣王騎』も。
外交使節の支援としては十分な戦力だ。
『レプリカ・ロード』は『ザメル派』が開発したものだが、老ザメルは快く差し出してくれた。
老ザメルにとっても、カイン王子にとっても、派閥同士の対立などは意味のないものなのだろう。
(『魔術ギルド』は変わりつつある。ガイウル帝国の脅威に対して団結したようにも思えるが……違うか)
おそらく『魔術ギルド』を変えたのは、『オデット派』だ。
『オデット派』はオデット=スレイをリーダーとする勢力で、急速に力をつけてきている。
彼女たちには人を引きつける力がある。
『オデット派』が生まれたことで、『カイン派』『ザメル派』は派閥争いをやめたように思う。
たとえるなら親が、子どもの前で争うことを恥ずかしく思うようなものだろうか。
その『オデット派』のオデットとユウキは、現在ダルードの町に潜入している。
目的は外交使節の支援をすること。
いずれ彼らは、デメテルたちに接触してくるはずだ。
(彼らが無事でいればいいのですが)
そんな思いを胸に、デメテルは馬を進める。
徐々に、ダルードの町の防壁が近づいてくる。
町の門の前には兵士がいる。
当然だろう。こちらは武装しているのだ。無条件で城門を通らせるわけがない。
先触れの使者は送っている。
すでに使者がダルードの町に入り、領主に書状を渡している。返書も来ている。
先方の回答は『外交使節を受け入れます』だった。
ダルードの領主の名前は、ザッハス=シャルテ。
ガイウル帝国の侯爵であり、ダルード周辺を治める領主だ。
歴史ある名家で、家紋は白い鳥。
リースティア王国とガイウル帝国との外交記録に、もっとも多く登場するのがシャルテ侯爵家と、白い鳥の紋章だ。
だが、帝国についてわかるのはその程度。
あとはヴェールに包まれていて見えない。
帝国の内情を隠すヴェールを管理しているのが、シャルテ侯爵家とも言える。
今回の外交交渉で、ヴェールの向こうをのぞきこむことができるかは不明だ。
リースティア王国側の目的は、不可侵の約定を結ぶこと。
それと、ナイラーラ皇女の身柄と、彼女の証言を鍵として、帝国から情報を引き出すことにある。
可能なら『聖域協会』の残党の情報を引き出したい。
ガイウル帝国が『聖域教会』と深く関わっているのなら、なおのことだ。
それらの情報は今後のリースティア王国の平和のために役立つだろう。
「止まられよ! リースティア王国の方々!!」
外交使節が町に近づくと、門の前に並んだ兵士たちが、声をあげた。
先頭にいるのは白髪の男性だ。
外見年齢は、30代前半といったところだろう。
銀の糸で装飾されたガウンを身にまとっている。
髪は銀……いや、白に近い。兵士たちの中央にたち、じっとこちらを見ている。
あれがダルードの町を治める、ザッハス侯爵なのだろう。
「私はダルードの町を治める、ザッハス・シャルテである! わざわざのご来訪に感謝申し上げる!」
白い髪の男性が声をあげた。
「代表者の方はいらっしゃるか!? まずは、姿を見せていただきたい!!」
リースティアの外交使節が停止する。
外務大臣のロベルトが馬車を降り、前に出る。
デメテルは足を速め、ロベルトの後方に位置する。隣に立つのはロッゾだ。
ふたりの役目は外務大臣ロベルトの護衛。
そして、いざというときは、彼の盾になることだ。
「お出迎えに感謝申し上げる。ザッハス侯爵どの」
外務大臣ロベルトが口上を述べる。
「自分はリースティア王国で外務に関する大臣に任じられておるもので、ロベルト=ザンドーガと申します。我らの受け入れを表明してくださったこと、ありがたく思いまする」
「遠路よりようこそいらした。さぞや、お疲れであろう」
白髪の男性は目を細めて、うなずく。
友好的な態度に見えるが、内心はわからない。
デメテルはいつでも動けるように準備しながら、ロベルトの背後で息を潜める。
「よろしければ、我が町にてお話をうかがいたいのだが、いかがでしょうか」
帝国のザッハス侯爵が告げると、門の前にいた兵士たちが左右に分かれる。
デメテルたちの位置から、町の門までの道が開く。
「無論、使節の方すべてを迎え入れるわけにはいきませぬ。武装した方々が大勢入ってくれば、町の者も不安を感じるでしょう。領主として、それは避けたいところ。町に迎えるのは使者の方と、護衛の方数名とさせていただきたいが」
「承知した。では、私と護衛の者5名が、町に入るといたしましょう」
帝国側の出方を予想していたかのように、外務大臣ロベルトが答える。
「私は小心者でしてな。大国の懐にひとりで踏み込むのは緊張してしまうのですよ」
「我らが御身に危害を加えるとお思いか?」
「まさか。貴国が文化的に進んだ国でいらっしゃることは、皇女殿下からうかがっておりますでな」
ロベルトはナイラーラ皇女の存在をほのめかす。
ザッハス侯爵が一瞬、眉を上げた。
「いや、詮無きことを申し上げました。では、お招きにあずかりましょう。他の者は門外で待機させますが、それでよろしいですかな?」
「構いませんとも」
「天幕を用意しておりますでな。野営の許可をいただけると助かりますが」
「ご自由にされるといい」
ザッハス侯爵は表情を変えずに、うなずいた。
「交渉には……そう時間はかからぬでしょう。あなたがたが町に入れば、すぐに正しき答えに気づくことと思います。それでは、どうぞ中へ」
そうしてデメテルたちは、ダルードの町へ足を踏み入れたのだった。
(……見られているな)
デメテルが町に入って最初に感じたのは、視線だった。
リースティア王国の馬車を、その横を歩くデメテルとロッゾを、多くの者が見ている。
それらは主に、沿道にいる人々のものだ。
外国から使節がやってきたのだ。民が感心を持つのは当然だろう。
だが、別の視線も感じる。
感情を交えずに、外交使節をじっと観察している者がいるように感じる。
(使い魔が、我々を見ているのか?)
ここは国境地帯の町だ。帝国の警戒が厳しいことは予想していた。
使い魔がデメテルたちを観察するのも当然のことだろう。
そんなことを思いながら、デメテルたちは町を進んでいく。
やがて、一行がたどり着いたのは、町の奥にある屋敷だ。
広い庭があり、それを鉄製の柵が囲んでいる。
正面には巨大な門があり、その向こうでは槍を構えた兵士が巡回している。見張り台も見える。
ここが、領主であるザッハス=シャルテの屋敷だ。
両国の会談はここで行われることになっている。
デメテルは、すでにここを敵地として見定めている。
使節の者たちにとってもそうだろう。
だからこそ町の外には護衛部隊がおり、国境付近にはカイン王子の率いる支援部隊がいるのだ。万が一のときは、彼らが力となってくれる。
デメテルは全力で魔術を使い、外務大臣ロベルトを町の外まで逃がせばいい。
そんな覚悟を決めて、デメテルは領主の館の門を潜ったのだった。
「我が主君、アベル=リースティア陛下からのお言葉をお伝えいたします」
領主の館の応接間で、外務大臣ロベルトが告げた。
部屋の中にいるリースティア王国側の人間は、はロベルトとロッゾとデメテル。
対する帝国側は、ザッハス侯爵と護衛の男性ふたり。
同数の護衛を同席させての、外交交渉の場だった。
すでに訪問の目的は伝えている。
ここから先の言動ひとつで、国の運命が変わる。
彼らがいるのは、そういう席だ。
「先日、貴国の皇女殿下であるナイラーラさまが『聖王騎』を駆り、我が国内に侵入されました。また、王国の貴族であったテトラン=ダーダラが帝国からの密使を迎え入れていたことも、すでに確認済みです」
ロベルトは淡々と、言葉を紡いでいく。
「国王陛下はこれらの件について、貴国の皇帝陛下に正式な抗議文を送ることとされました。同時に、今後このようなことないような不可侵条約を結ぶことを望んでいらっしゃいます。この書巻を、皇帝陛下にお渡し頂けるように願います」
「お話はわかりました」
おだやかな表情で、ザッハス侯爵はうなずく。
彼はテーブルに置かれたカップに口をつけ、優雅な動作で紅茶を一口、飲み込む。
そうして口を湿らせてから、また、笑顔を浮かべる。
「ですが、貴国は少し、勘違いをされているようだ」
「勘違いとは?」
「あなたがたの国と、我が帝国の力の違いを理解されていないのでは? と申し上げているのです」
「それと皇女殿下の件に、どのような関係があるのですか?」
挑発とも思える言葉に、外務大臣ロベルトは淡々と答えを返す。
「貴国が大国であることは承知しております。ですが、隣国である以上、我々は理性的な付き合いをしなければなりません。それがわかっていらっしゃるから、あなたは交渉のテーブルについてくださったのでは?」
「おっしゃる通りですな」
「皇女殿下は、多くのことを話してくださいましたぞ」
ロベルトは声を潜める。
「よろしければ、この場で教えて差し上げてもよろしいのですが?」
「帝国の秘密ですか。貴国は、危険な情報をお持ちのようだ」
「それなりの備えをした上でのことです」
「備えをするのは重要なことです。ですから我が帝国も、国境付近には強力な備えをしているのですよ」
ザッハス侯爵は指を鳴らした。
それから、彼は窓の外に視線を向ける。
「ここダルードの町に備わっている守りの技を、皆さまにお目に掛けましょう」
「お待ちください。我々に、あなたがたと敵対する気はありません!」
「こちらにも敵対の意思はありませんよ。ただ、あなた方に、ご自身の立場を理解していただきたいだけです。そうした方が話がしやすいでしょう」
ザッハスが立ち上がり、窓を開ける。
ここは屋敷の二階。窓の外はバルコニーだ。
そのバルコニーの手すりに、白い鳥がとまっていた。
純白の、フクロウだった。
真っ赤な眼球を動かして、室内にいるロベルトとデメテルとロッゾを見つめている。
「ダルードは、平常時は交易の町とされています。ですが、いつでも難攻不落の場所にできるのです」
「難攻不落の場所……ですか?」
「魔術の結界とでも言えば、わかりやすいでしょうか」
ザッハス侯爵がまた、指を鳴らす。
直後、白いフクロウの瞳が、輝きを増す。
デメテルは思わず目を見開く。
フクロウの体内に、強力な魔力が宿っているのがわかったからだ。
おそらくこのフクロウは、デメテルの使い魔よりもはるかに強い。いや、『魔術ギルド』で使われている使い魔に、このフクロウに匹敵するものは数少ないだろう。
このフクロウは単体で、強力な戦闘力を備えているのだ。
鳴き声が聞こえて、デメテルは顔を上げる。
いつの間にか窓の外に、大量のフクロウが集まっていた。
見える範囲だけで十羽以上。鳴き声を聞く限りでは、さらに数がいそうだ。
それが空中を飛び回っているのが見える。
まるで兵士のように、空中で列を成し、町の上を巡っているのだ。
「あの鳥たちは、町を守る優秀な兵士です。無論。ダルードの町の備えは、これだけではございませんが」
おだやかな声で、ザッハス侯爵が告げた。
国境地帯に居を構えているだけのことはある。
ダルードの町は魔術的に管理され、強い防御能力を備えているのだろう。
「私どもには力があります。貴国との外交を拒絶し、扉を閉ざしても構わないほどの。今回、門扉を開き、こうして話をしているのは、我々の厚意によるものとお考えください。いいですか? 私たちは、話を聞いてあげているのですよ?」
そう言ってザッハス侯爵は、笑った。
「では、改めてお話をうかがいましょう。それに対してどう対応するかは、こちらの自由で……」
「…………ん?」
不意に、デメテルは首をかしげた。
バルコニーにとまっている白いフクロウが、ぐらついたように思えたからだ。
気のせいではなかった。
フクロウの身体が力を失っていく。
手すりに食い込んでいた爪が外れ、大きな身体が倒れる。
ぱたん、と音がして、そのまま白いフクロウは、床へと落ちた。
「な、なんだこれは!?」
ザッハス侯爵は真っ青な顔で、床に落ちたフクロウに近づく。
何度も呼びかけるが、フクロウは反応しない。
力を失ったように、ぴくぴくと身体を震わせるだけだ。
直後、窓の外で声が響いた。
住人たちが大きな声をあげている。悲鳴のようにも、歓声のようにも聞こえる。
デメテルたちが窓に近づくと……住民たちが集まっているのが見えた。
彼らの足元には、地に落ちたフクロウたちがいる。
住民たちはそれを取り囲み、木の枝のようなもので突っついている。
フクロウは抵抗しない。ただ、力なく羽を動かしている。
ザッハス侯爵は、白いフクロウを『町を守る重要な兵士』だと言っていた。
それがすべて力を失い、地面に落ちているのだ。
バルコニーに立つザッハス侯爵は呆然としている。
彼にとっても予想外の出来事なのだろう。
ついさっきまで『町の守り』を自慢していたのだから当然だ。
「さて……お話の続きをいたしましょうか。ザッハス侯爵」
ロベルトは当たり前のように、そんな言葉を口にした。
彼は好機を逃さない人物だと聞いている。
ザッハス侯爵が自慢していた『町を守る優秀な兵士』が弱体化したのなら、ちょうどいい。
向こうは『話を聞いてあげる』と言った。
言質は取った。交渉を進めるのに不都合はない。
「どうか、テーブルについてください。侯爵どの」
ロベルトは椅子に座り、じっとザッハス侯爵を見ている。
「あなたは私どもの話を聞いてくださるとおっしゃったではずですな?」
「…………そ、それは」
「私どもは帝国のご厚意に甘えるとしましょう。大国の侯爵ともあろうお方が、前言を翻すことはないと信じておりますよ」
表情を変えないまま、書状を取り出すロベルト。
その書状はナイラーラ皇女直筆のものだ。
表面には彼女のサインがある。それを見たザッハス侯爵の表情が変わる。
余裕の表情から、苦虫をかみつぶしたような顔に。
こうして、リースティア王国の外交使節と帝国側は、外交のテーブルにつくことになったのだった。
(しかし、なぜ帝国側の使い魔が急に落下したのだ?)
もしかして、この町にいるオデットとユウキが、なにかしたのだろうか。
デメテルにはわからない。
(だが、外交の好機であることは確かだ)
デメテルのやるべきことは、外務大臣ロベルトを守ること。
そして、魔術師としての目で、この町に存在するという『結界』の正体を見極めることだ。
その覚悟を胸に、デメテルは外交の場に立ち続けるのだった。
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けれど、『魔術ギルド』内部にも、色々と問題があるようで……。
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