第189話「ユウキとマーサ、グレイル商会を訪ねる(前編)」
数日後、コウモリのニールを通して、アイリスから連絡があった。
王宮で行われた会議についての情報だった。
リースティア王国は正式に、ガイウル帝国に外交使節を送ることが決まったそうだ。
使節の責任者は王国の大臣。
それに数名の貴族と魔術師が同行する。
護衛部隊は、バーンズ将軍の息子のロッゾ=バーンズさんが指揮を取るそうだ。
ロッゾさんが同行してくれるなら安心だ。
あの人は『聖王騎』との戦いでも活躍してくれた。
ロッゾさんなら、外交使節を守ってくれると思う。
俺たちは外交使節とは別ルートで、帝国に潜入することになる。
もちろん、外交使節とはこまめに連絡を取ることになるだろう。
使節の護衛がロッゾさんなら、俺も動きやすい。
あの人なら、俺からの情報を素直に受け入れてくれるだろう。
そんなことを考えていたら……『魔術ギルド』からも連絡が来た。
ギルドの方でも、帝国への潜入部隊を編成することが決まったそうだ。
具体的なことは、これから打ち合わせることになる。
書状には『ユウキ=グロッサリアは指定の日に、ギルドに来るように』と書かれていた。
ただ、それは10日以上先の話になる。
時間がかかるのはしょうがない。
外交使節とも連携を取らなきゃいけないからな。
潜入部隊が帝国に入ってから1年後に外交使節が来訪……ってことになったら、連携の取りようもないわけだし。
国が正式に外交使節を送り込む場合は、時間がかかる。
資金もいるだろうし、ルート上の安全も確保する必要があるからな。
国同士の付き合いって大変だ。
「それに比べると、個人の付き合いって楽でいいよな」
ここは、俺の宿舎の厨房だ。
俺はマーサと一緒に料理をしてる。
その途中でふと、俺は外交使節のことを思い出していた。
「親しい友人なら、すぐに会えるからな。そういう関係って大事だよな」
「そうですねぇ」
「グレイル商会のローデリアなんか『遊びに行ってもいいか』って連絡したら、即座に『準備します! いつですか? 明日ですね!?』って返事してくれたもんな」
「えっと……ユウキさま。なんのお話でしょうか?」
パンケーキを焼きながら、マーサは首をかしげた。
「マーサも一緒に、ローデリアのところに行かないかって話だよ」
外交の話は、まだ正式発表されていない。
だからマーサにも秘密にする必要がある。面倒だけど。
「それと……先の話になるけど、俺はちょっと遠出をしなきゃいけなくなると思う」
鍋のスープをかき混ぜながら、俺は言った。
スープには、褐色の木の実が溶け込んでる。いいにおいがする。
散歩で朝市に立ち寄ったら、栄養のある木の実が売ってたからな。
フィーラ村がある山の中でも、なかなか採れなかったやつだ。
それを使って、普段のスープをアレンジしてみた。
スープの名前は『不死スープ』だ。
もちろん、魔術がかかっているわけじゃない。
『栄養のあるスープを飲んで長生きしろ』という願いが込められている。
胃腸が弱っていて、ぞうすいも食べられない人間でも摂取できるすぐれものだ。
俺はスープをかきまぜながら、マーサの方を見た。
「ごめんな。留守にしてばっかりで」
「構いません。ユウキさまがお戻りになる場所を守るのが、マーサの役目ですから」
「ありがとう。マーサ」
「はい」
「あと、味見も頼む」
「いただきましょう……あら、すごくコクがありますね」
「リロララの木の実をすりつぶして入れてあるんだ。あれは熱を加えると、すごく柔らかくなるからな、すりつぶしたものを入れると溶けちゃうんだよ」
「貴重なものではないのですか?」
「家族の命より貴重なものはないだろ」
「…………もう。ユウキさまったら」
「食べ終わったら、マーサも一緒にグレイル商会に行こう」
「わかりました。ではレミーちゃん、配膳をお願いできますか?」
「はいですー」
俺とマーサが取り分けたスープとパンケーキを、レミーがトレーに載せていく。
レミーはお茶やスープ皿を運ぶのが上手くなった。
3回に1回はこぼさずに運べるようになったし、こぼすのも1滴か2滴くらいだ。
きっと、マーサが根気よく指導したんだろうな。
「それじゃあ、食べながら話をしようか」
「はい。ユウキさま」
「はーい」
俺とマーサとレミーは、食卓についた。
木の実が入った『不死スープ』は……うん。うまいな。
あとでローデリアにレシピを教えてあげよう。
「話というのは、俺が遠出する件なんだ」
食事が進んだところで、俺は話を切り出した。
「今回の旅は、少し時間がかかるかもしれない。だから──」
「『マーサは一旦、グロッサリア伯爵家に戻った方が』というお話なら、お断りいたします」
「まだ全部話してないけど?」
「マーサの予想は外れていますか?」
「……いないな」
「では、そういうことです」
マーサは有無を言わせない口調で、そう言った。
「ユウキさまも、マーサがどう答えるわかっていらしたのではないですか?」
「そうだね」
「それなら、わざわざ聞くこともないでしょう」
「マーサに選ぶ権利をあげたかったからだよ。家族なんだから、当然だろ」
今回の旅は、どれくらい時間がかかるかわからない。
その間、マーサとレミーはこの宿舎の留守番をすることになる。
なにかあったときはローデリアにお願いするつもりだけれど、それでも心配だ。
ふたりをグロッサリア伯爵家に預ければ、安心できるんだが。
「だけど……わかったよ。マーサはこの宿舎を守っていてくれ」
「承知いたしました」
マーサは立ち上がり、俺に一礼した。
レミーも席を立ち「しょうちー」と、手を挙げてる。
「よかったです。もしも『伯爵家に戻っているように』と命令されたら、どうやって反論しようかと思っていました」
「俺が命令すると思うか?」
「思いません。ただ、念のためです」
「命令はしないよ。家族に……やりたくないことを無理にやらせると、あとが怖いって知ってるからな」
「経験がおありですか?」
「ああ」
「家族に恨まれたりしたのですか?」
「それはないよ。ただ、文句は言われた。しかも、長い間残るかたちで」
「マーサはそこまで執念深くないですよ?」
「だよな」
「そうですよ。マーサのすることといったら、ユウキさまがお戻りになったとき、朝昼晩と髪を洗ってさしあげることくらいです」
「それはやめてくれ」
「だめですー」
「よくわからないけど、だめなのですー」
声をそろえて笑う、マーサとレミー。
マーサには敵わないな。
彼女は腰に手を当てて、「絶対にお留守番しますからね?」って顔で俺を見てるし。
隣でレミーも同じポーズを取ってるし。
「それじゃ、俺が戻るまで、マーサはこの宿舎を守っていてくれ」
「仰せの通りに」
「おおせのとおりー!」
「長期間、特別な仕事を頼むことになるからな。マーサにはプレゼントをあげようと思う。だから明日、一緒にグレイル商会に行こう」
マーサとローデリアを引き合わせて、連絡や連携が取れるようにしておこう。
そうすれば俺も安心して、旅に出ることができるからな。
「そういうわけだから、明日は1日、俺に付き合ってくれ」
「はい。わかりました!」
「レミーはどうする? 欲しいものがあれば買ってあげるけど」
「レミーは留守番ですー!」
迷いのない表情で、レミーは手を挙げた。
「ごしゅじんがいない間、マーサさまがおでかけすることもあるです。そんなときのために、レミーはひとりでお留守番をする練習をしたいのですー!」
「わかった。じゃあ、おみやげを買ってくるよ」
「レミーちゃんの欲しいものを教えてくださいな」
「ありがとうですー。ごしゅじん。マーサさま!」
というわけで、俺はマーサと一緒にグレイル商会に行くことになったのだった。
「いらっしゃいませ! ユウキさま。マーサさま!!」
翌日。
グレイル商会を訪ねた俺とマーサは、支配人室に招き入れられた。
支配人室に来るのは久しぶりだ。
部屋には高級そうなテーブルがあり、客用にはふかふかのソファもある。
まわりに設置されている彫像や貴金属類は、支配人としての権威を示すためのものだろう。
──うちの商会はこんなに豊かです。
──だから安心して取り引きしてくださいね。
というメッセージなんだろうな。
まあ、そんな権威も必要ないほど、グレイル商会は繁盛しているんだけど。
この大商会が辺境の小さな村からスタートしたなんて、普通は信じないよな。
どんだけ優秀だったんだよ。『フィーラ村』の連中は……。
「久しぶりだな。ローデリア」
「ごぶさたしております。マイロ……いえ、ユウキさま」
「マイロードでいい。マーサは俺の事情を知ってる」
「は、はい。存じ上げています」
マーサは緊張した表情で、頭を下げた。
「マーサにとってユウキさまは大切な主人です。ユウキさまがどのようなお名前で呼ばれていても、それは変わりません。ですから、ローデリアさまのお好きなように呼んでください」
「ふふっ。素敵な方ですね。マーサさまは」
「俺の自慢の相棒だからな」
俺とローデリアは笑みを交わした。
俺の隣でマーサは、真っ赤になってるけど。
「手紙で伝えた通り、俺はしばらく王都を離れることになりそうなんだ。留守の間、ローデリアにはマーサを助けてあげて欲しい。頼めるか?」
「聞かれるまでもございません」
ローデリアは立ち上がり、胸に手を当てて、頭を下げた。
「グレイル商会はマイロードのために存在するのです。マイロードの大切な方であれば、全力でお助けするのは当然のことです。マーサさまの生活と身の安全は、グレイル商会が保証いたします」
「ありがとう。助かるよ」
「……あの、ユウキさまにローデリアさま。そこまで気を遣っていただかなくても」
「マーサは俺の大切な家族だ」
「マイロードの家族は、我が商会にとっても重要人物です」
マーサを見ながら、俺とローデリアはうなずく。
「もちろん、ローデリアだって俺の身内みたいなものだからな。なにかあったら、マーサが相談に乗ってあげて欲しい。それでおあいこだろ?」
「い、いえ、マーサは家事しか取り柄がありません。なんの能力もない、普通の人間です。そんなマーサにできることなんて……」
「そんなことはございませんよ?」
ローデリアは羊皮紙とペンを取り出した。
それをテーブルに置いて、メモを取る体勢になる。
「商品開発には、普通の人の意見こそが重要なのです。『グレイル商会』は普通の人々の、地に足のついた発想を活かして、商品開発を続けてきました。それこそが我が商会の発展のルーツとも言えましょう」
「そうなのか?」
「そうなんですか?」
「そうなのです。たとえばですね……マーサさま」
「は、はい」
「私たちの村に、とても長生きで物知りな守り神がいたとしましょう」
……おい。
それ、たとえ話じゃないよな?
「その方はいつも村人のことを考えてくださっていました。生活を楽にするために『こんなやり方はどうだろう』『あんな方法もいいかもしれない』と、皆の意見を聞きながら、生活環境を良くしていってくださいました」
「……はい」
「けれど、その方は亡くなってしまいました」
静かな口調で、ローデリアは続ける。
「守り神を失った村人は商売を始めることにしました。そして商品開発をするときに『守り神のあの方ならどう思うだろう?』『守り神のあの方なら、どうやって問題を解決するだろう?』と考えるようになったのです」
「そうやって、お仕事をされてきたのですか?」
「そうです。それこそが『グレイル商会』の発展の秘密なのです」
初耳なんだが!?
え? じゃあ、代々の『グレイル商会』は、商品開発をするたびに脳内にいる前世の俺──ディーン=ノスフェラトゥに話しかけてたのか?
記憶の中にいる俺と会話して、俺だったらなんと答えるかを考え抜いて、商品開発のヒントにしてきたの?
それで商会を発展させてきたって……すごすぎるだろ。
200年間それを続けてきたのなら、前世の俺より、商品開発用の脳内ディーンの方が優秀になっているんじゃないのか……?
「『グレイル商会』を作り上げたのは、普通の人間でした」
ローデリアは説明を続ける。
「けれど、大切な人を思いながら商品開発をすることで、商会を発展させることができたのです」
「そうだったのですか……」
「ですから、普通の人間には、大きな力があるのですよ。これも『グレイル商会』の守り神がおっしゃっていたことですけど」
俺を横目で見ながら答えるローデリア。
うん。言ったけどな。200年前に。
マイロードのおかげで『フィーラ村』が発展しました、と言われたのに対して『村が発展したのはお前たちが一緒にがんばったからだ。普通の人間にだって、大きな力があるんだ』って。
今になって話題にされるとは思わなかったけどな!
「そこで、マーサさまにおうかがいします」
「え? あ、はい。なんでしょうか?」
「ユウキさまと一緒に生活される上で、気になったことはございますか? こんなものがあればもっと快適に暮らせるのに、と思ったことはございませんか?」
「もっと髪を洗いやすい桶があれば助かります」
マーサは迷いなく答えた。
「マーサの側には、顔が濡れるのが嫌いな方がいらっしゃるのです。なので、顔に水がかからないような桶が欲しいです。そうすればマーサは、毎日その方の髪を洗うことができると思います」
「マーサさまは、その方の髪を洗ってさしあげたいのですね?」
「はい。マーサにとっての楽しみですから。ぜひ、最高の桶を」
「なるほど。桶ですね?」
「はい。髪を洗いやすいように、底が浅い桶があるといいですね。あとは……首を支えられるように、桶の側面の一部がへこんでいるとうれしいです。そうすると桶に頭全体を入れることができますし、洗われている方も疲れないと思います」
「なるほどなるほど! これは……商機を感じますよ!」
ローデリアは一生懸命にメモを取っている。
マーサもいつの間にか、身を乗り出して話をしている。
「そのような商品は、私も見たことがありません。だとすれば、隠れた需要があるのだと思います。まずは試作品を作ることにしましょう」
「作っていただけるのですか?」
「マイロードには、マーサさまへのプレゼントを用意するように頼まれております。これもそのひとつです。まずは……使う方の頭のサイズを測る必要がありますね」
「はい。そうして頂けると助かります」
「承知いたしました」
ローデリアはポケットからメジャーを取り出した。
それを伸ばして、目盛りを確認してから、俺の方を見る。
「それでは、マイロード」
「お願いします。ユウキさま」
「「頭と首のサイズを、測らせてください」」
意気投合したマーサとローデリアによって、俺は頭まわりと、首まわりの寸法を計測されることになったのだった。
後編は明日か明後日くらいに更新する予定です。




