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第188話「『魔術ギルド』、臨時の賢者会議を開く(後編)」

「そろそろ、こちらから積極的に動くときだ。帝国に使節を派遣し、話をつけるべきだろう」


 それが、カイン王子の意見だった。


 ガイウル帝国はこれまで、謎の多い国だった。

 だが、ナイラーラ皇女が証言を始めたことで、謎のヴェールは()がれはじめた。

 この機を逃さず、強気の外交をはじめるべき。

 それが決裂(けつれつ)して、戦いになるとしても、まずは正式な手順を踏んでおきたい。


 カイン王子は、そう考えているのだろう。


「まずは抗議(こうぎ)するための使節(しせつ)を帝国に送る。その上で、『ナイラーラ皇女の帰還について話し合いたい』と伝える。それなら先方も、話し合いを拒否することはできまい」

「よきお考えだと思います」


 老ザメルはうなずいた。


「ですが、皇女の帰還(きかん)については、何度も使者を送られているのでは?」

「ザメルどのの言う通りだ。これまでは、先方は話を引き延ばしてきた。まるで、皇女のことなどどうでもいいかのように。おそらくそれは──」

「帝国には……皇女の予備がおるからでしょうな」


 苦々(にがにが)しい口調で、老ザメルは答える。


「皇帝一族は魔術で調整されて生まれてくる。似たような姿かたちの者もおるだろう。ナイラーラ皇女がいなくなれば、その者が繰り上がって皇女となるのかもしれぬ」

「あり得ますね。『リースティア王国にいる皇女は偽物だ』と言えば、こちらは否定できません」

「ナイラーラ皇女を切り捨てれば、王国と交渉する必要はなくなるのだからな」

「『聖域教会』のやりそうなことです。ですが、こちらは彼らの手の内を知っています。それを踏まえた上で、交渉に持ち込むことはできるでしょう」


 そう言ってから、カイン王子は、オデットに視線を向けた。


「そういえば……ダーダラ男爵家(だんしゃくけ)で見つかった文書には『皇女の心臓のみを取り戻すように』と書かれていたそうだね」

「殿下のおっしゃる通りですわ」


 オデットもまた、苦いものを飲み込んだような顔をしていた。


「おそらく、ナイラーラ皇女の心臓には、魔術的ななにかが埋め込まれているのでしょう」

「いずれにせよ、これらの情報は外交の糸口(いとぐち)となる」


 カイン王子が立ち上がる。

 彼らは出席者たちを見回しながら、


「王国はガイウル帝国に外交使節を送る。使節には、魔術ギルドが護衛(ごえい)をつける。それに加えて、今回は少し高圧的に行くとしよう」

「高圧的に……ですの?」

「国境地帯に『王騎(ロード)』と『レプリカ・ロード』を配置する」


 カイン王子は不敵(ふてき)な笑みを浮かべてみせた。

 彼も、帝国のやり方に怒っているのだろう。


「帝国が所有していた『王騎(ロード)』が、すでにリースティア王国のものになったことを示せば、多少のおどしにはなるだろう。こちらにも、力があるところを見せるべきだ。オデット=スレイの『霊王(ロード=オブ)(=ファントム)』にも、それに参加してもらいたい」

「……その前に、殿下にご提案したいことがございます」


 オデットは深呼吸。

 記憶をたどるように、目を閉じる。

 それから、彼女はまっすぐに、カイン王子を見た。


「外交使節とは別に、帝国に潜入(せんにゅう)する部隊を用意するべきではないでしょうか?」

「帝国に……潜入する部隊を?」

「商人に変装すれば、帝国領土に入り込むことができますわ」


 オデットは説明をはじめる。


 ガイウル帝国とリースティア王国は、ほとんど交流がない。

 けれど、商人は行き来している。

 もちろん、ガイウル帝国の首都まで行くわけではない。

 国境地帯の町と、商品のやりとりをするだけだ。それでも帝国内に入ることができる。


 だったら、商人に化けた部隊を、帝国領土に送り込むべき。

 そうすれば(かげ)から外交使節を支援できる。

 帝国の状況や、敵の動きも探ることができるはず。


 ──それが、オデットの意見だった。


「『オデット派』は、グレイル商会の支援(しえん)を受けております」

「……グレイル商会は多くの国に支店を持つ大商会だったね」

「あの商会の協力があれば、帝国に部隊を送り込むこともできましょう」

「だが、それではグレイル商会が危険を(おか)すことになる」


 カイン王子は真剣な表情で、


「失敗すれば、グレイル商会は帝国での販路(はんろ)を失うのだ。それでも、商会は協力してくれるだろうか?」

「くれると思いますわ」


 オデットは、あっさりと答えた。


「グレイル商会は協力的です。断られることはないでしょう」

「確信があるのだね?」

わたくし(・・・・)たち(・・)から、商会長に話をしてみますわ」

「商人に化けて帝国に侵入する……確かに、有効な手段だ。グレイル商会の力を借りるのであれば。知人であるオデット=スレイの存在は欠かせない。だが、そうなると国境地帯に『霊王(ロード=オブ)(=ファントム)』を配置することはできなくなるな」

「申し訳ありません」

「構わない。アイリスの『獣王(ロード=オブ)(=ビースト)』がいるからね」


 数日前、アイリス王女による『獣王騎』の起動実験が行われた。

 彼女は『獣王騎』を完璧に操ってみせた。

 アイリスなら、十分に役目を果たしてくれるだろう。


(そういえば、ナイラーラ皇女の協力を取り付けたのも、アイリス殿下でしたね)


 カインとオデットの会話を聞きながら、ふと、デメテルはそんなことを思い浮かべる。


 オデット=スレイ、アイリス=リースティア。

 まるで、ふたりの少女を中心に、物事が進んでいくようだ。

 王国の危機に直面したことで、ふたりの才能が開花したのだろうか……。


(だとしたら……ユウキ=グロッサリアは?)


 彼の立ち位置だけが、わからない。

 存在感を示し始めている『オデット派』の中で、彼はどのような役割を果たしているのだろう?


(……調べてみたいところですね)


 そんなことを考える、デメテルだった。


「私はオデット=スレイの意見に賛成です。ザメルどのはいかがですか?」


 カイン王子は言った。

 老ザメルは(ひげ)をなでながら、うなずく。


「私も賛成だ。だが、潜入部隊(せんにゅうぶたい)には誰が参加するのだ? 危険な役目だ。スレイ家のご令嬢(れいじょう)ひとりというわけにはいくまい?」

「『オデット派』の一員である、ユウキ=グロッサリアに同行してもらいます」


 オデットは迷いなく答えた。


「ユウキは多くの使い魔を操ることができます。その力を活かせば、外交使節と連携(れんけい)を取ることもできるでしょう」

「そうだね。ユウキ=グロッサリアなら適任だ」

「うむ。私にも異存はない」

「ありがとうございます。カイン殿下、ザメルさま」


 オデットは立ち上がり、スカートの(すそ)をつまんで、一礼した。


「それでは、わたくしは潜入部隊を編成し、外交使節を支援することといたします」

「わかった。正式な決定は陛下の許可を得てからになるが……準備を進めてくれて構わない」


 カインはうなずいた。


「王家は協力を惜しまない。必要なものがあったら言ってくれるように」

「『魔術ギルド』は全面的に協力するぞ。スレイ家のご令嬢(れいじょう)


 こうして、賢者会議は、王家に新たな提案をすることとなった。

 正式な判断を下すのは国王と高官たちだが、おそらく、外交使節は送られることになるだろう。

 オデット=スレイの提案も通るはずだ。


 王都での事件は、王国の安全を揺るがすものだった。

 二度と同じことが起きないように、対策をする必要がある。

 その危機感は、王家も、高官たちも抱いているのだった。


 そして、賢者会議が終わったあと、デメテルは──


(オデット=スレイは、やはり次世代の『魔術ギルド』を背負って立つ人材なのでしょう)


 そんなことを思いながら、ため息をついた。


 老ザメルはオデットを高く評価している。

 それは『ザメル派』の者たちにも伝わっているだろう。


 将来、老ザメルが(とし)を取って引退した後は、オデットが『ザメル派』を受け継ぐことになるかもしれない。

 そうなれば『オデット派』と『ザメル派』はひとつとなり、大きな派閥を形成することになる。

『魔術ギルド』は『カイン派』と『オデット派』が競い合い、高め合うものに変わって行くはずだ。


 オデット=スレイにはそれだけの能力がある。

 まだ若い彼女は、賢者会議の席で堂々と意見を述べていた。

 彼女の気品に満ちた姿は、皆の注目を集めていた。

 また、彼女の言葉には、不思議なくらい説得力があった。


 人を引きつける人望と、人々の期待に応える能力──オデットはその両方を()(そな)えているのだ。


(あの方の指導員だった者としては、うれしい限りです)


 C級魔術師デメテルの名は、オデット=スレイを育てた者としてだけ、残るのかもしれない。

 それでいいと思う。

 彼女のような人物に出会えたことが、デメテルの幸運なのだろう。


(私は、才能ある人々を支えるだけです。それでいいのでしょうね)


 そんな想いを抱きながら、会議場を出て行く、デメテルなのだった。







 ──数時間後、ユウキ視点──



「ほんっとうに大変だったのですからね!!」

「ごめん」


 俺はオデットに頭を下げた。


 オデットには無理をさせたと思う。

 彼女は、俺が合法的に帝国に潜入できるように手配してくれたんだもんな。

 それも『魔術ギルド』の賢者会議の席で。


 オデットが賢者会議に参加するという話を聞いたのは数日前だ。

 俺とオデット、アイリスは話し合って、会議でどんな話になるかの予測を立てた。


 結論は『王国は帝国に外交使節を送る』だった。

 アイリスは王宮で情報収集をしてくれたからな。それを参考に推測したんだ。


 俺はそれに便乗(びんじょう)することにした。

 帝国に外交使節を送るなら、それをサポートする人間がいた方がいいからな。

 商人に化けて、帝国に潜入することにしたんだ。

 商人なら帝国に入れるというのは、グレイル商会のローデリアに確認済みだ。


 でも、俺が勝手に帝国に潜入すると、アイリスに迷惑がかかる。

 俺はアイリスの護衛騎士なわけだし。

 まわりまわって、実家の父上と兄上も困らせることになるかもしれない。


 だから、賢者会議で許可を取ってくれるように、オデットにお願いしたんだ。

 うまく行くか心配だったけど……上手く話をまとめてくれたらしい。さすがはオデットだ。


 オデットが老ザメルやカイン王子に信頼されてるってのもあるんだろうな。

 その信頼を積み上げて、賢者会議に出るまでになったんだ。

 オデットは本当にすごいと思う。


 だけど──


「どうしてオデットも潜入部隊に参加することになったんだ?」

「あなたを野放(のばな)しにできないからですわ」


 じーっと、横目で俺をにらむオデット。


「ユウキひとりだと、どこまで行ってしまうかわかりませんもの。あなたのことだから、そのまま帝国の中枢部(ちゅうすうぶ)に入り込んで、ひとりで問題を解決しようとするかもしれません」

「そこまでするつもりはないけど?」

「わたくしの目を見て言ってください」

「本当だって。俺が帝国に潜入したいのは、ライルたちの手がかりを探すためだから」


 以前、俺はジェイス侯爵領(こうしゃくりょう)で、ライルの娘のミーアの音声記録をみつけた。

 その中で、ミーアは言っていた。



『ライルお父さんとレミリアお母さんは「聖域教会」との戦いを、私たちの時代で終わらせようとしていました。

 だから……不死になった第一司祭を追って、北の地に向かったんです』



 ──と。


 北の地は王国との帝国の国境付近だ。

 だけど、その位置はあいまいだ。

 王国側なのか、帝国側なのかもわからない。


 王国側の国境地帯には、いつでも行ける。

 だとしたら、今は帝国側の国境地帯を調べてみたい。


 そこにライルたちの手がかりがあれば、王国の役にも立つはずだ。

 そのためなら、外交使節に便乗(びんじょう)するくらい許してもらえると思う。


 気になるのは、ナイラーラ皇女は『裏切りの賢者』の妻──レミリアのことを『策謀(さくぼう)淑女(しゅくじょ)』と呼んだことだ。

 見た目は淑女だけど、強烈(きょうれつ)な策謀をめぐらす女性……レミリアにぴったりの異名(いみょう)だ。


 それはさておき、異名があるということは、帝国にもレミリアの存在は知られているということだ。

 となると、レミリアの手がかりが、帝国側にあってもおかしくない。


 俺はあいつらが残したものを探したい。

 ライルもレミリアも、俺が見つけてくれると思ったから、色々なものを残したんだ。

 たぶん……すごい苦労をしたと思う。

 俺はその(おも)いに応えたいんだ。


「帝国の奥深くには入らないと約束する」


 俺は言った。


「俺が調べたいのは帝国の国境地帯だ。帝国の中枢を調べるのは……きちんと準備をしてからだ」

「わかりました。信じますわ」


 オデットはうなずいた。


「でも、わたくしが同行するのは変わりません。王国の貴族として、隣国(りんごく)のことは知っておきたいですから。王国と『魔術ギルド』の未来のためにも」

「オデットはすごいな」

「貴族として当然のことです」

「オデットが『魔術ギルド』の賢者になればいいのに」

「…………」

「どうした?」

「な、なんでもありませんわ。とにかく、準備をいたしましょう!」

「了解だ。『グレイル商会』でローデリアに相談してみよう」


 帝国は(なぞ)が多い。

 少しでも情報を手に入れておく必要がある。


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