第184話「ユウキとオデット、ダーダラ男爵家を調べる(後編)」
「こちらが使用人の部屋です。ここは料理人が使っていたものですね」
部屋へと案内してくれたのはカナルカさんだった。
彼によると、正直なところ調査は手詰まりになっているらしい。
新たな視点を得るために、俺とオデットに手伝って欲しいということだった。
「狭い部屋ですから、あるのはベッドと机くらいです。もちろん、隅々まで調査しました。見落としはないと思ってはいるのですが……」
「承知しましたわ。では、どのような調査をされたのか教えていただけますか?」
「わかりました。まずは机の方を見ていまして……」
オデットとカナルカさんが、窓際に置かれた机に向かう。
打ち合わせ通りだ。
ここに来るまでの間、俺とオデットは役割分担を決めていた。
オデットは調査役の人と一緒に、常識的な調査を行う。
そうすることで調査役の人の注意を引きつける。
その間に俺が、ちょっと変わった調査を行う、という感じだ。
「カナルカさん。お願いがあります」
俺はカナルカさんに声をかけた。
「空き部屋の方を見てきてもいいですか?」
「空き部屋ですと?」
「ここに来る前に、執事とメイドの部屋も見せていただきました。その2箇所と、この部屋の中間地点に、空き部屋があったように思うのです」
「確かに……ありますが。それがなにか?」
「使用人たちが頻繁におたがいの部屋を行き来していたら目立ちます。だから、空き部屋を連絡地点として使っていたんじゃないかと思って」
メイドが掃除の名目で空き部屋に入っても、誰も気にしない。
だからその人物は、空き部屋に手紙などを隠すことができる。
執事だったら部屋の見回りくらいはするだろう。
戸締まりの確認のために、空き部屋に入ってもおかしくはない。
料理人は……人目を避けて空き部屋に入るくらいはできるはず。他の使用人の部屋に入るよりは目立たない。メイドと執事が残した手紙を回収するくらいは簡単だ。
おたがいの部屋を行き来するよりも、空き部屋を経由した方が、安全に連絡を取り合うことができる。
……というか、人間って空き部屋を使うのが好きだからな。
『フィーラ村』でもそうだった。
いつも古城で子どもたちの面倒を見て、午後くらいに家に帰していたんだけど……ほぼ毎日、帰ったふりをして空き部屋に隠れてる子がいたからなぁ。あとで俺がチェックするのが日課だったんだ。
しかも年代を重ねるごとに、子どもたちの『帰ったふり』が巧妙になってた。
あいつら『何時間マイロードに見つからずに、空き部屋に隠れていられるか』って競ってたみたいだったからな。
使われていない空き部屋には、人を引きつける魅力があるんだろう。きっと。
だから転生したあと、小さなころに男爵家の空き部屋をよく使ってた。
マーサの母親のメリーサが元気で、マーサがまだメイドの仕事に就く前のことだ。
メリーサが『メイドの娘がお仕事以外で、男爵家のご子息のお部屋に入ってはいけません』と注意してたから、俺とマーサは隠し部屋で内緒話をしていたんだ。
『男爵家のご子息のお部屋』じゃなきゃいいだろ、って理屈で。
もちろん、あとで見つかって怒られたんだが。
とにかく、空き部屋には人間を引きつける魅力がある。
そして、意外とその場所は盲点だったりするんだ。
だから念のため、この屋敷の空き部屋を調査してみたいんだが……。
「わかりました。ユウキ=グロッサリアさまは、空き部屋の調査をお願いいたします」
「ありがとうございます。では、オデットさまは……」
「わたくしはカナルカさまと一緒に、使用人部屋を調べ直してみますわ」
オデットは作戦通りの言葉を口にした。
オデットが『魔術ギルド』の調査員を引きつける。
その間に俺が、あんまり見られたくない技で、屋敷の調査を行う。
そういう作戦を、あらかじめ決めてあったんだ。
「本当に空き部屋が連絡場所になっていたかは……わからないけどな」
一度廊下に出て、逃げた使用人たちの部屋を確認。
その中間地点にある空き部屋の扉を開ける。
中のつくりは、他の部屋と変わらない。
机がひとつ。窓がひとつ。壁際にベッドがひとつあるだけだ。
清掃はされている。床にも机にも、ホコリひとつない。
きれいに整備された空き部屋ってところか。
特に不審なところはないんだが……。
「『魔力血』──『侵食』」
俺は指に『魔力血』を付着させてから、壁に触れた。
『侵食』を使って、魔力の痕跡を探す。
『侵食』は魔術やマジックアイテムに干渉し、その痕跡をたどることができる。
部屋に魔術的な仕掛けがあるなら、見つけ出せるはずだけど……。
「…………ん?」
反応があった。
位置は、壁の下の方。ベッドに隠れている場所だ。
残っているのは本当にかすかな魔力だ。
俺でも、意識を凝らさなければ気づかないくらいの。
この部屋を使っていたのは……かなり腕の立つ魔術師だったんだろう。
空き部屋に隠れた収納スペースを作っておけば、そこで情報のやりとりができる。
魔術で封印しておけば、一般人には気づかれない。
テトラン=ダーダラは魔術師だけど、使用人の居場所までは足を運ばないだろうからな。
ここを中継ポイントとして、奴らは情報をやりとりしていたんだろう。
「開けられるか……試してみるか」
俺はふたたび『侵食』を発動。
壁に仕掛けられたロックを外していく。
──内部魔術を解析。
──防壁を確認。突破を……いや、これ……トラップが仕掛けられてる。
たちが悪いな。これは。
魔術を解除する順番を間違えたら炎を噴き出すようになってる。
たぶん、証拠を消し去るためだろう。
奴らは魔術で壁の中に空間を作っていた。
それは魔術師にしかわからないもので、魔術師にしか解除できないものだ。
奴らは壁のロックを解除していなかった。
中身も……おそらくは、残ったままだと思う。
『煙の王騎』の事件のあと、この屋敷には王都から兵士がやってきた。
テトラン=ダーダラも倒れた。
たぶん、屋敷内がパニックになっていたはずだ。
男爵家に入り込んでいた連中は、素早く逃げる必要があった。
持ち物を処分することはできても、空き部屋のものを取り出す暇はなかったんだろう。
というか……取り出す必要はなかったのかもしれない。
『こんなところに隠しスペースが』と思って開けようとすれば、炎が中身も、開けようとした人間も焼き尽くすようになっているんだから。
というか……これ、一定時間で自動的に発火するようになってるじゃねぇか。
期間は5日。
それまでに本人が回収に来なければ、中身を焼却する仕掛けだ。
かなり強い炎が出るから、下手をすれば屋敷が全焼しかねない。
……ろくでもないなぁ。まったく。
魔力の流れから解析すると……よし、この順番で解除すればいいな。
内部魔術の解析完了。
空間のロック機構に到達。隠れていた空間をオープン、っと。
かちり。
音がした。
ベッドをずらすと……壁に小さな穴が空いているのが見えた。
本当に、複雑な仕掛けだ。
手順通りにロックを解除しなければ発火。
5日間ロックを解除しない場合も同じ。
たぶん、これは使用人たちが捕まったときのことを想定している。
数日間、口をつぐんでいれば証拠は消える。そういう仕掛けだ。
弱点はロック機構が複雑すぎて、中身を取り出すのに時間がかかること。
今回のような事件が起こったときは、中身を放置して逃げ出すしかない。
空間に書類が残っているのは、そのためだ。
「オデットさま。カナルカさま。空き部屋で仕掛けを見つけた……ような気がします」
俺は空き部屋を出て、ふたりに声をかけた。
「自信はないのですが。本当にかすかな直感のようなものなのですが」
「本当ですか!?」
「はい。確認してみてください」
俺はオデットとカナルカさんを連れて、空き部屋へと戻った。
壁の空間には書類が収められていた。
書かれているのは……なにかの見取り図だ。これは……塔か?
「帝国皇女ナイラーラがいる、牢獄塔ですわ」
「オデット=スレイさまのおっしゃる通りです」
オデットとカナルカさんは、うなずいた。
書類に書かれているのは、帝国皇女ナイラーラがいる牢獄塔の地図。
ということは、この書類は皇女を救出するための計画書か?
図面には牢獄塔の位置と、見張りの兵士たちの配置が書かれている。
見張りの交替時間についての記載もある。
どのルートから近づくのが安全か。
『煙の王騎』を使う場合、どのように侵入するか。人質をどのように盾にするか。
牢獄塔に近づいた後の対応方法についてまで。
「使用人たちは皇女ナイラーラを救出するために、ダーダラ男爵家に入り込んだようですね」
カナルカさんはうなずいた。
「『煙の王騎』を使ったのも、人々を人質に取ったのもそのためだったのでしょう。けれど、その計画は黒い『王騎』によって撃ち砕かれた。だから使用人たちは、すべてを捨てて逃げたのでしょう」
「……いいえ」
「……違うと思いますわ」
俺とオデットは、同時に首を横に振った。
「時期が合いません」
「カナルカさま。使用人たちがダーダラ男爵家に来たのはいつでしたか?」
「は、はい。他の使用人の証言によると半年前……あ」
「そうです。その頃にはまだ、皇女ナイラーラは捕虜になっていませんでした」
「おそらく使用人たちは、王国を探るために男爵家に入り込んでいたのですわ。皇女ナイラーラに関わる計画を立てたのは……皇女が捕らわれたからでしょう。本来は、もっと別の計画があったと考えるべきです」
「それに、これは皇女救出計画ではありません」
書類の最後にはこう書かれている。
『最悪の場合、心臓だけでも回収すること』
『その後は「都」へと侵入せよ』
『別命あるまで、最奥で待機』
「言葉の意味だけなら……連中の目的は皇女ナイラーラの『心臓』だったようです」
俺は言った。
「皇女の生死は問わない。これは、そういう計画ですね」
「『都』とは、『エリュシオン』のことですわね」
「そうですね。奴らは奥の階層まで入り込み、そこで潜伏する予定だったのでしょう」
「帝国は『聖域教会』と繋がりがあります。『エリュシオン』の内部構造を熟知していても不思議はありませんわね」
「俺たちの知らない隠れ場所があるのかもしれません」
「『魔術ギルド』の者たちが『エリュシオン』に入ったときに闇討ちできるような、ですわね?」
「はい。そうなれば俺たちは『エリュシオン』に入れなくなります」
「奴らが中でなにをしても、手出しできなくなりますわね……」
たぶん、それが奴らの本当の目的だったんだろう。
『エリュシオン』に侵入して、潜伏。
そこでなにをやるのかはわからないが……ただ、あの『煙の王騎』は別の『王騎』の一部でもあるんだよな。
おそらくは第一司祭が使っている『ロード・オブ・アローン』の。
それを使って……なにか妙な儀式でもやろうとしていたんだろうか。
『ロード・オブ・アローン』に関わる、なにかを。
「ユウキ。『ドノヴァン派』のことを覚えていますか?」
ふと、オデットがつぶやいた。
「『オデット派』と同時に立ち上げようとしていた派閥ですわ。派閥の中心になっていたのがドノヴァン=カザードスさまでした。そのドノヴァンさまを応援されていたのが、テトランさまでした」
「覚えています。おかげで『オデット派』を立ち上げるのに苦労することになったんですよね?」
「ええ」
「その『ドノヴァン派』の目的は……『エリュシオン』地下第6階層の探索でした」
「それが実現していたら……どうなったと思いますか?」
「めんどくさいことになっていたと思います」
「もう少し具体的に」
「……ダーダラ男爵家に入り込んでいた魔術師が『エリュシオン』の深層に入り込むことになっていたと思います」
俺とオデットの言葉を聞いて、カナルカさんが目を見開く。
彼も、事の重大性に気づいたんだろう。
テトラン=ダーダラだが『ドノヴァン派』を応援していたのも、誰かに誘導されていたから……という可能性もある。
帝国の配下を、『エリュシオン』に送り込むために。
「あの者たちは『ドノヴァン派』を利用して、『煙の王騎』使いを『エリュシオン』の深層に送り込むつもりだったのかもしれませんわね。でも、それが失敗したから──」
「王都で強硬手段に出た……ってことか」
「そうまでして『エリュシオン』の深層に入りたい理由があるのでしょうね」
俺とオデットは顔を見合わせて、うなずきあう。
「……今さらだけど……『オデット派』を立ち上げられて本当によかった」
「……同感ですわ」
「……『魔術ギルド』は……本当に危険な状態にあったのですな」
俺とオデットとカナルカさんは、そろってため息をついた。
「それで、カナルカさんに確認したいことがあるのですが」
俺は質問する。
「ここで得た情報を王家の方にお伝えしても構いませんか?」
「王家の方に?」
「そうです。この調査には、もともと『オデット派』の全員が参加する予定でした。ですが、その方には他に仕事があるため、参加できなくなってしまったのです。ですから、その方にも情報を共有しておきたいのです」
「……もしかして、情報を伝えられたいお方というのは?」
「アイリス=リースティア殿下です」
「ここで得た情報は、アイリス殿下のお役に立つはずですわ」
俺の言葉を、オデットが引き継いだ。
「ユウキの使い魔ならば、すぐに殿下に情報をお伝えすることができますわ」
「許可をいただけますか? カナルカさま」
俺とオデットは同時に、カナルカさんに頭を下げたのだった。
──数十分後。王都で──
『以上が、ごしゅじんからの伝言なのですー』
「ありがとうございます。よくわかりました」
アイリスは肩に乗せたコウモリに向かって、うなずいた。
「マイロードとオデットに伝えてください。『貴重な情報をありがとうございました。アイリスは役目を果たします』と」
『しょうちですー』
「テーブルの上におやつと水を用意しました。戻る前に一休みしてください」
『ありがとですー。アイリスさまは、どうするですか?』
「私は、そろそろ出かけなければいけませんから」
アイリスが答えた直後、ノックの音がした。
「アイリス殿下。お迎えの方がいらしております」
続けて聞こえたのは、離宮に務めるメイドの声だ。
「『魔術ギルド』のデメテル=スプリンガルさまです。離宮の前でお待ちになっていらっしゃいます」
「今、用意が整いました。すぐに参ります」
「……姫さま」
「どうしました?」
「本当に牢獄塔に行かれるのですか?」
「申し上げましたよ。『魔術ギルド』の仕事だと」
「……はい」
「デメテル先生も一緒です。心配することはありませんよ」
そう言って、アイリスは部屋を出た。
心配そうな表情のメイドに向けて、優しい表情でうなずく。
それで安心したのか、メイドが、ほっ、と息をつく。
離宮の外には馬車が用意されていた。
カイン王子が手配した、4頭立ての馬車だ。
馬車の横に立っているのは兵士たち。
それと『魔術ギルド』C級魔術師のデメテル=スプリンガルだった。
「わがままを聞いてくださってありがとうございます。デメテル先生」
「いえ……ですが、本当によろしいのですか?」
「私が決めたことです。カイン兄さまとザメルさまの許可もいただいております。今回の事件には、親友のオデットも関わっております。『オデット派』による調査の許可もいただいておりますから」
「ですが……なにもアイリス殿下が……」
「王女と皇女なら、話ができるかもしれません」
アイリスはスカートをつまんで、一礼した。
「私はリースティア王国の王女として、ガイウル帝国の皇女、ナイラーラ=ガイウルさまとお話をしたいのです。あの方がなにを思っているのか、帝国がなにを考えているのか……それらのことは、私と……私の大切な人の将来に関わってくるかもしれませんから」
「アイリス殿下……」
デメテルは感動したように、膝をつく。
「……承知いたしました。そこまで王国の将来のことを考えてくださっているのなら、もう、なにも申し上げることはありません」
「あ……はい」
「C級魔術師デメテルが、ユウキ=グロッサリアに代わって、アイリス殿下の護衛を務めさせていただきます」
「……はい。よろしくお願いいたします。デメテルさま」
デメテルに一礼してから、アイリスは馬車に乗り込む。
向かう先は、王都にある牢獄塔。
そうしてアイリスは、帝国皇女ナイラーラ=ガイウルと面会するために出発したのだった。
次回、第185話は番外編になります。数日中に更新する予定です。
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