第183話「ユウキとオデット、ダーダラ男爵家を調べる(前編)」
『獣王騎』の起動実験が行われてから、数日後。
俺たち『オデット派』は、ダーダラ男爵領に来ていた。
男爵の屋敷の調査に参加するためだ。
男爵家当主のテトラン=ダーダラは、王都に『煙の王騎』を持ち込んだ。
『煙の王騎』の使い手たちは、パーティに出席した貴族たちを拘束した。
その目的は不明。
『魔術ギルド』の者たちは、奴らが貴族たちを人質にしようとしたのだと考えている。
その上で、なにか重要な目的を果たそうとしていたのだ、と。
ただ、それがなんなのかは、今のところわかっていない。
テトラン=ダーダラは『煙の王騎』に魔力を吸われて意識不明。
『煙の王騎』の使い手たちは、『煙の王騎』を封印されたときに衝撃を受けたのか、寝込んでいる。今のところ、まともな話もできない状態だ。
パーティ会場になった王都の屋敷は、隅々まで捜索された。
けれど、手がかりになるようなものは見つからなかった。
王家と『魔術ギルド』はダーダラ男爵領にも兵士と調査員を派遣した。
男爵の家族と使用人たちを拘束するためと、物的証拠を探すために。
男爵の家族と使用人たちは、すでに別の場所に隔離されている。
現在は男爵領にある屋敷の調査が行われている。
その調査に俺とオデットが参加することになったんだ。
ちなみにアイリスは、王都で別の仕事を担当している。
コウモリを経由して、おたがいに情報交換しながら作業をする、といった感じだ。
そんなわけで──
「がんばって調査をしよう。リーダー」
「リーダーはやめなさいな」
俺が声をかけると、オデットは苦い顔になる。
でも、しょうがない。
『オデット派』のリーダーはオデットなんだから。
調査を行うのはオデット。
俺はそれをサポートする助手という立場だ。
今はちょうど男爵領の屋敷に着いたところ。
王都から……途中までは馬車を使った。
人目につかないところからは空路だったけど。
男爵領に入ってからは『身体強化』して、徒歩で。
そうして俺たちはテトラン=ダーダラの屋敷へとたどりついたのだった。
「まずは『魔術ギルド』の調査員に話を聞いてみましょう」
オデットは言った。
屋敷の玄関前には天幕が張られている。
ここに常駐して調査をしている人たちだ。
メンバーは『魔術ギルド』の魔術師が数名。王家が派遣した兵士もいる。
彼らはオデットの姿を見て、姿勢を正す。
スレイ公爵家の令嬢にして、『オデット派』のリーダー、オデット=スレイ。
その名前はギルドにも、王家の兵士にも知れ渡っているようだ。
「お忙しいところ失礼しますわ。調査団の皆さま」
「はっ! ご足労いただき光栄であります。オデット=スレイさま」
答えたのは若い、男性の魔術師だった。
「自分は調査隊の責任者を任されております、C級魔術師のカナルカ=スプリンガルと申します」
「スプリンガル? ということは、もしかしてデメテルさまの……?」
「不肖の弟です」
カナルカさんは俺とオデットに頭を下げた。
デメテル=スプリンガル先生はカイン王子の側近だ。
俺やオデット、アイリスにとっては、『魔術ギルド』の指導者でもある。
調査員を率いるカナルカさんは、そのデメテル先生の弟さんらしい。
まわりには『カイン派』と『ザメル派』の魔術師たちもいる。
調査は両方のギルドが協力して行っているようだ。
「オデット=スレイさまとユウキ=グロッサリアさまのご活躍については、姉から聞いております。お若いのに、数々の成果を上げていらっしゃると」
「ありがとうございます」
オデットは公爵令嬢としての完璧な礼を返した。
「調査に参加させていただくことをうれしく思いますわ」
「こちらこそ、ご助力に感謝いたします」
「これまでにわかったことを教えていただけますか?」
挨拶を切り上げ、オデットは質問する。
会話の進行の上手さは、さすがオデットだ。
「可能な限り、情報は共有しておきたいのです。お願いいたしますわ」
「この屋敷にいた使用人が、数名……姿を消したことがわかっています」
カナルカさんは手元の書類を見ながら、答えた。
「『煙の王騎』の事件のあと、我々は即座にこの男爵領に来ました。証拠品を押さえるためと、関係者に話を聞くためです。使用人たちを拘束することはできたのですが……彼らの話によると、数名の者が姿を消しているようなのです」
「数名の使用人が……」
「正確には3名です。執事とメイドと料理人がそれぞれ1名ずつ、姿を消しています。彼らはテトラン=ダーダラさまによって雇用されており、他の使用人よりも高い地位についていたそうです」
「その者たちはどのような経緯で男爵家に?」
「使用人によるとテトランどのは『取引先から紹介された』と言っていたそうです」
「取引先……そういえば、パーティでテトランさまは『煙の王騎』を取引先から入手したと言っていましたわね」
「自分もそのような報告を受けております」
……なるほど。
テトラン=ダーダラは『取引先』から『煙の王騎』を手に入れた。
姿を消した使用人たちも、その『取引先』の紹介で男爵家にやってきた。
つまりはその『取引先』が帝国……あるいはその関係者ってことだ。
「テトラン=ダーダラさまが……こともあろうに王都で事件を起こしたなんて、自分にはまだ信じられません」
カナルカさんは頭を振った。
「テトラン=ダーダラさまは『魔術ギルド』の賢者会議に参加するほとのお方です。その方が、敵対的な連中を王都に引き入れるなんて……」
「カナルカさまは、テトランさまと親しかったのですか?」
「いいえ。何度かお話をした程度です。自分は賢者の地位にある方々にあこがれがありましたから、機会をみつけてお話をするようにしていました。ただ……」
「ただ?」
「……最近のテトラン=ダーダラさまは、様子がおかしかったように思います」
考えこむような表情になるカナルカさん。
「他の者からも、テトラン=ダーダラさまが高い地位にこだわりを見せたり、不安定な言動をされていたという証言を得ております。あの方は会計を任されるようなお方ですから、真面目な人ではあったのですが……」
「カナルカさま。確認して欲しいことがあります」
俺は一歩前に出て、発言した。
「逃げた使用人たちが雇われた時期について確認してもらえますか?」
「使用人たちが雇われた時期、ですか?」
「そうです。その者たちがいつから男爵家にいるのか、他の使用人ならわかるはずです」
「それは可能でしょう。でも、どうして?」
「料理人が雇われた時期と、テトランさまが変化された時期の関連性を調べたいのです」
「……それって、まさか」
オデットが目を見開く。
俺の言いたいことに気づいたみたいだ。
「テトランさまが口にするものに、なにか細工がされていたと? そのせいであの方が不安定になったと? ユウキはそう言いたいんですの?」
「あくまでも推測ですけど」
「それはおかしいですわ」
「貴族が口にするものなら、毒味役がいるからですね?」
「そうですわ。側にいるものが毒味を……いえ……そうですわね。側近である執事が仲間なら、意味がありませんわね」
「なんと!?」
カナルカさんがおどろいた顔になる。
「では、テトランどのは薬物を盛られていたと? それで様子がおかしかったというのですか!?」
「仮説ですわ。そうですわよね? ユウキ」
「オデットさまのおっしゃる通りです」
ただ、怪しい連中が調理を担当していたというのは気になる。
食事ってのはすべての基本だからな。
『フィーラ村』にいたときもそうだった。
村人たちには子どものころから、食べられるものと食べられないものについて教えてきた。
悪いものを食べて体調を崩せば、判断力も鈍る。
そんな状態で狩りに出たり、採取のために山に入ったりすれば、命にかかわる。
それだけ食事ってのは重要なんだ。
事件のあとで料理人が逃げたことに引っかかりを感じたのは、そのせいだ。
「薬物が使われていたとは限りません」
俺は続ける。
「ただ、料理になにか細工がされていた可能性はあります。長い時間をかけて、自然と、身体を弱らせるようなものを」
「長い時間をかけて……ですの?」
「身体が弱れば、精神も不安定になります。そこに言葉の毒を吹き込めば……人の心を誘導することもできるでしょう」
前世の自分、ディーン=ノスフェラトゥが殺されたときのことを思い出す。
あのときは、世の中に『死紋病』が流行していた。
あれは人の命にかかわる、重大な感染症だった。
そんなものが流行していたせいで、村の外の人々は不安定になっていた。
『聖域教会』はそれを利用して、影響力を高めた。
その結果として前世の俺……ディーン=ノスフェラトゥを殺しに来たんだ。
料理人が帝国の手先だったのなら、テトラン=ダーダラの体調を操ることもできた。
そこに執事やメイドが巧みに言葉を吹き込み……テトラン=ダーダラを誘導したと考えると、あの人が不安定になった理由もわかるんだ。
あくまで仮説なんだけどな。
「調理場を調べてみるべきだと思います」
俺は言った。
「食材や調味料、残飯を調べれば、なにかわかるかもしれません」
「承知しました!」
カナルカさんは部下を呼んで指示を出す。
話を聞いた魔術師と兵士たちが、おどろいた顔になる。
彼らはそのまま、調理場に向かって走っていった。
「そういえばオデットさま。男爵家のパーティでの料理って、どうだったんですか?」
「わたくしの記憶が正しければ、王都の名店の料理が出されていましたわ」
「ダーダラ家の料理人が作ったものじゃなかったんですか?」
「おそらく……違いますわね」
オデットは頭を振った。
「逃げた料理人は……あのときの現場にはいなかったのでしょう。彼らには他の役目があったのかもしれません。それを突き止めなければ」
そう言ってオデットはカナルカさんに向き直る。
「他に気づいたことはございますか? 逃げた使用人の部屋で見つかったものなどは……?」
「……残念ながら」
カナルカさんは首を横に振った。
「使用人の部屋には、なにかを燃やしたような形跡がありました。逃げる前に、奴らは証拠を消していったのでしょう。今、わかっているのは、それくらいです」
「テトランさまの言う『取引先』に関わるものは?」
「それも……焼かれてしまったようです」
……手際がいいな。
だけど……すべてを処分することなんかできるのか? この短期間に?
なにか見落としがあるような気がするんだが……。
「……オデット」
「わかってますわ」
俺とオデットは視線を交わす。
それからオデットは、カナルカさんの方を見て、
「使用人の部屋へと案内していただけますか?」
──俺が言おうと思っていた言葉を口にした。
「わたくしたちの方でも、念のために調査しておきたいのですわ。もちろん、調査チームの方が立ち合ってくださって構いません。お願いいたしますわ」
次回、第184話は、明日か明後日くらいに更新する予定です。




