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弟、誕生

 小走りでお母様の部屋の前までたどりつくと、そこにはお父様もいた。部屋の前でちょこまかと動き回っているところを見ると、どうやら部屋の中まで入るのは使用人に止められているようだ。


 私も焦っていたしドキドキもしていたけれど、お父様の私以上の焦りっぷりに、焦燥感は少しばかりおさまった。自分より焦っている人がいると、冷静になるというのは本当のようだ。あまりにも酷いので声をかける。


「お父様、少しは落ち着いたらどうです?」


 そう言うとお父様は動きを止めた。動き止めたのは一瞬で、次の瞬間には、大きな身振り手振りをつけながら話し出していた。いやだから落ち着きましょうよ、お父様。


「落ち着いてなんかいられないよ! あぁなんだかマジュリスが産まれた時のことを思い出すな、あの時もダイスに……」


 胸に手を当て目を瞑りながら話すお父様。せっかく昔を思い出し、涙ぐんでいるところ悪いのですが、お母様の部屋のドアがキィと開き、メイドが私達を呼んでいるんですよ。手をひっぱり過去から現在にもどってもらう。過去を思い出すのはいいけど、大事なのは今ですよお父様! その話はまた後で。と私は心の中で呟く。


 そのままお父様の手をひきながら部屋に入り、ベッドに横たわっているお母様のそばに寄る。お母様はぐったりとした様子だったが笑みを浮かべ、手に抱いた赤ちゃんを見つめていた。赤ちゃんはおぎゃあ、と元気そうだ。


 すると隣からズズッという音がする。ギョッと隣を見ると、お父様も泣いていた。嬉し泣きというやつだろう。お父様の涙腺はゆるい。さっきも泣いていたしね……


 抱きかかえられた赤ん坊をじぃっと見る。生まれたての赤ん坊を見るのは初めてだから、なんだか奇妙な生物のように感じる。この子は……男の子のようだ。赤ちゃんって本当に赤いんだな。人類の神秘を感じた。


 


 産まれた男の子……つまり私の弟はネオと名付けられた。立派に育つようにいっぱいかまってあげようと思う。ただお母様やお父様はそっちにばかりかまいすぎだ。私が普通の4歳児だったら確実に拗ねていただろう。


 納得はできるけどね。ネオはすごく可愛い綺麗な赤ちゃんなのだ。産まれたばかりの奇妙な姿が嘘のように思える。まさに天使。地上に舞い降りた天使!


 お父様が言うには昔の僕にそっくりだ! ということなのだが、さすがにそれは盛りすぎでは……と思わずにはいられない。お父様が美しかったとはいえ、さすがにこの天使ほどとは思えない。



 そんな美しいネオを産んだお母様は、ほんの少し痩せた。ネオが産まれたからその分の体積が減っただけというわけではない、と私は思う。


 巨デブからどっしりとした母ちゃんくらいの体積の変化を見ると、そこにはお母様の意思があったに違いないはず、と期待をよせる。



 そんな私の期待を知ってか知らずか、今日お母様は私に用があるようで私を呼び出した。そのためお母様の部屋にお邪魔することに。


 コンコンと控えめにノックをすると「入って良いわよ」という言葉が聞こえたため、遠慮なくドアを開ける。


 そしてベッドに横たわるお母様のすぐ傍にあるソファに腰掛けた。


「お母様、お話って?」


 そう尋ねるとお母様はニコリと微笑み、そして起き上がり私をぎゅっと抱き寄せた。


「マジュリス、ありがとう」


 何が? なんていうとぼけたことは言わない。優しさに包まれながら放たれたその言葉は、じんわりと私の胸に染み渡った。


「あの日は取り乱してしまってごめんなさいね」

「いえ、大丈夫です」


 そう言うと、お母様は自分の膝のあたりをポンポンと叩く。おいでってこと? その動作に私は頷き、お母様の脚の間にすっぽりと収まる。ぎゅっと後ろからお母様の温もり。


「マジュリスのおかげで少し自分に自信がもてるようになったわ」


 後ろから穏やかなお母様の言葉が紡がれる。


「きっと、ずっと認められたいと思っていたのね。それなのに他の人の言葉を疑ってしまう私がいた。ずっとそんなわけがないって暗示をかけてしまっていたみたい」


 ふふっと後ろから笑う声がする。


「でもマジュリスがあの日、一生懸命伝えてくれて、なんて馬鹿な暗示をかけていたんだろうってハッと気がついた。これからはもっと周りの褒めてくれる声もしっかり聞こうと思ったわ。本当に思ってくださっているかもしれないのに、社交辞令なんて思うの失礼よね」


 そう言うお母様の声にうんうんと私は頷く。


「それに、自分を隠そうとするのもやめようと思うの」

「どういうことです?」


「いつも伯爵夫人として恥ずかしくないように、醜くて暗い自分を隠すように豪華な物を身に纏ったり、醜い身体を見たくも見せたくもなくて脂肪ばかりをたくわえたり、醜い顔を見せたくなくて厚化粧をしていたんだけれど、全部やめようと思うの」


「すごくいい事だとは思うけれど、どうしてですか?」


「私、自分で痩せていた時の姿も、厚化粧をしていない時の姿もまともに見ていないのよ。ありのままの私を知らないの」


 おかしいわよね、とお母様がふふっと笑った。


「知らないのに、言われたまま醜いんだ醜いんだってまるで呪いのように、自分にその言葉をかけていたわ。ばかみたいよね」


 そう言うお母様の目は、このあいだのような光のない瞳ではなく、きらきらとした未来に思いを馳せた少女のようだった。


「だから私はもっと自分を知ってみようと思うわ。私に似合うもの、似合う体型、得意なこと、よくよく考えたら全部知らないんだから」

「私はお母様は痩せたらすごく綺麗なんじゃないかなって思います」


 そういうとお母様は照れてはにかんだ。以前のお母様だったら私なんかと言っていただろうに。この変化は私の話に気持ちを傾けてくれた大きな証拠なんだろうな。お母様の良い変化に私も嬉しくなる。



「色々なことに挑戦するときっと楽しいですよ。今まで気付かなかった才能が芽生えるかもしれないですし」

「そうねぇ。……! 今まですっかり忘れてたけど、どうせ私なんかと思って、手が出せないものがたくさんあったのを思い出したわ」


 お母様はどこかうずうずした様子で、遠足を明日に控える子どものような、そんな雰囲気をまとっていた。


 そして、ベッドから飛び起きどこかへ行こうとするが、私はグイと手を引き、それを阻止した。



「ウキウキ、ルンルンするのはいいのですけど、まだ身体が本調子じゃないんですから、大人しくしててください」


 そう言うと、お母様は「はぁい」と気の抜けた返事をし、ベッドに潜り込んだ。赤ちゃんを産んでからそう時間は経っていないのだから、無謀なことはしないでほしい。心配だ。


 なんだかなぁ。一般的に父と母というものは、すごく頼りになる人というイメージがあるのだが、お父様やお母様は見ているとどこか不安になるというか……目を離せないというか。


 心配する必要はないんだろう。お父様は若くから当主というものを継いで、しっかりやっているようだし、お母様もそれを支えているし。


 でもどこか心配なんだよなあ。お父様もお母様も若いからか? 20代半ばぐらいだったっけ。日本の感覚で見たらすごく若いわけだしな。心配になるのもしょうがないのかもしれない。


 そう考えていたが、そうじゃないなと途中で考えを改める。2人が私に弱さを見せてくれるからなんじゃないだろうか。お父様もお母様も過去の辛いできごとを話してくれた、だからなのかもしれない。


 それまで2人とも、誰にも話すことができなかったのだ。弱いところを見せて楽になった部分もあるのだろう。


 2人とも不器用だな、と思わず顔がにやけてしまう。だったら私は、2人が今までの苦しい人生に終止符を打って、楽しく幸せな人生がおくれるよう全力でサポートしよう。


 大好きなかけがえのない家族のために。

 

 


 


 部屋に戻った私はソファに腰掛けふぅとひと息。気が抜けたため、猫背になってしまうが、いけないいけないと姿勢をぴんと伸ばす。


 お母様を見習わないと。お母様が自分自身を、今まで以上に磨き上げようとしているのだから、私も頑張ろっと。


 貴族らしく、お嬢様らしくって、意識してみるとけっこう難しいんだよねぇ。一応ダイスが色々教えてくれてはいるんだけれど、私にどれくらい身についているんだか。


 歩くときの姿勢、座っているときの姿勢。気が抜けているときじゃなければ、問題ないとはおもうんだけれど、気を抜いているときでさえも美しく、ができないとね。お母様はいつだって素敵だもの。


 お母様の所作は本当に素敵だからなぁ。すこしでも近づこうと、私は貰った扇子を取り出す。いままで扇子なんて使ったことないので、お母様を思い出し扇子を口元に近づける。


 そして上品におほほとかうふふとか笑うんだよね。鏡の前に移動し、おほほと笑ってみる。鏡にうつる私は、背伸びしたアホの子にしか見えなかった。残念、修行が足りん!

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