52.合図*アリス&八雲&桃李*
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今日のメンバーは私と桃李、柏木君と九条君の四人。八雲さんの映像をみんなに送る。八雲さんはパソコンに何やら打ち込み、一匹だけマウスが入ったゲージを持って研究室を出て行く。二匹のマウスが入った方はその場に置いている。何人かの人が研究室にいるが皆気にしてないみたい。八雲さんが長く何だかわからない研究をしていたからなんだろう、誰も気にしないみたい。一応パソコンには“触るな”と書かれた紙が貼られてるけれど、私はそちらも見張っている。
八雲さんは別の学部へ移動して、今度は高温をマウスにあてる装置がある研究室に入って行った。そこにいた人と何やら話をした後で時計を見ている。時間間近にマウスを中に入れる。時計とマウスを見比べる。時間が過ぎた。少し待って八雲さんはマウスを取り出しゲージに戻す。また何か話をしてその場を立ち去り、研究室に戻った。
マウス二匹の入ったゲージも持ち、別の場所へと急いでいる。人気のない部屋に入ったそこには十匹ぐらいのマウスが入ったゲージがあった。八雲さんはそれを指差しこちらに合図を送ってきた。柏木君は八雲さんとそのマウスのゲージを私の部屋へと移動した。桃李がそのゲージを持ち、私たちは昨日と同じように無言で部屋から出て、研究室へと急ぐ。これで実験最後になるんだろうか。
研究室に入るとすぐにマウスの遺伝子を機械にかける。もう何百回と繰り返してきた作業にだった。
「……終わった」
思わずため息と共に言葉が出た。皆も息を吐いた。マウスの遺伝子は変化していた。念のため、他のマウス全てを調べて八雲さんの遺伝子も調べた。全てが普通だった。
「後は……九条だな」
桃李の言葉に皆が九条君を見る。八雲さんはUSBメモリーを九条君に渡した。
「後は頼んだよ」
「は、はい!」
九条君の声は責任の重さに怯える声ではなかった。あんなに自信を持てなかった九条君が何時の間にか変わっている。
「じゃあ、明日からは九条君一人ですることになる。僕らが集まっても仕方ないし、なるべくなら普段通りの方がいいだろう。今バレたら元も子もないからね。僕は別の自分の研究の続きをする。桃李君は受験勉強を。アリスちゃんと柏木君もいつも通りで。九条君、完成したら合図を。で、いいかな」
「はい」
「ええ」
「わかりました」
「はい!」
私たちは皆返事をかえした。合図は学校で九条君が柏木君に話しかけるという事になった。話はネズミについて。これなら不自然はないし、九条君を私がずっと見張らないで済むから開発に専念できるって。
それからは何もない日々が続く。いつも通りを皆が続ける、時折柏木君に九条君が話しかけるけれど、フェイクの為にしているようだった。その度に柏木君はどきりとすると言っていた。私は相変わらず休み時間は映像の処理に忙しく見てはいない。確かに突然話しかけたら不自然になる。九条君はいろいろ考えてくれてる。
もどかしい日々が続くが、九条君を焦らす訳にもいかない。今の九条君は全てを一人で背負っている。その苦悩は痛いぐらい知っている。これ以上追い詰めることはしたくない。だから私達はいつも通りの日常を続けるしかない。
十一月ももうすぐ終わろうとしている。肌寒い季節になって来た。もう少しすれば柏木君の部活中、校舎に入る季節になりそう。……寒すぎて待てないかも。寒いのが苦手な私は寒い校舎の中を想像する。うう、寒そう。あんなに暑かった日々がウソのよう。
そんな想像を私が出来るようになった頃、九条君がいつものように柏木君に話しかけた。わざと私がいる昼休みにしてくれた。ネズミではなくパソコンのマウスの話だった。ネズミの話題は難しかったんだと思う、私達にこっそりと目配せをしている。
私はこの映像を八雲さんに送る。八雲さんはお昼ご飯の途中で、一瞬驚いてお箸を落としていた。桃李にも送る。桃李は私達と同じくお昼を食べ終わり友達と話をしている途中だった。突然黙った桃李に友達が目の前で手を振る。ごめん、桃李。今日の集合が決まった。いよいよなんだと思うと、ドキドキが止まらない。
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昼ご飯の途中、大学の食堂で突然頭の中に九条君が急に出てきて驚いて箸を落としてしまった。この感覚は久しぶりだ。あの未来が見えていた頃のように。そうか、出来たんだついに。彼らから遠く離れ、未来も見えなくなって、ずっと昔あの力を持たなかった頃のように生活を送っていると、つい忘れてしまいそうになっていた。
未来が見えなくなって、苦悩から解放された時は平穏な毎日がどれだけの幸せか身にしみていたが、人はそれが続くと慣れるもんなんだな。この平穏な日々がまるでずっと続いていたように思えてきていた。
そんな時、九条君が見えた。学校の教室のようだった。柏木君も映っているから九条君が柏木君に話しかけた瞬間なんだろう。今日の予定を全てキャンセルだ。といっても、僕一人の予定だけど。このまま助手の役目を果たしてないといつか降格されるかもな。教授はあまり助手らしくない助手の僕の事を気にしてない様だけど。そろそろ普通に戻る頃だろう。これが上手く行けば。ずっと待っていたんだ。この未来を。
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お昼休み俺は友達との会話中に思わず声が出そうになり、慌てて抑え込んだ。アリス、場所と状況選べよ。お昼も食べ終わり友達との雑談の途中で突然映像が頭の中に浮かんだ。アリスの合図なんだろうけど。確かに誰かと放課後約束したら困るけど、滅多にない。皆受験勉強真っ只中だ。進学校でもある、余裕のある者などいない。
まあ、アリスが映像を送った気持ちもわかる。皆焦っていた。まだかと待ちわびていたんだから。だけど、危ないところだった。




