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30.自分自身との戦い*九条*

 

 ***


「あのさ、柏木君」


 アリス……本人を前にしてアリスちゃんとは言えないな……鏡野さんは柏木君に話しかける。


「えっ!」


 柏木君は急に話しかけられて驚いたようだ。


「これとこれをここに移して」


 と鏡野さんはテーブルを指差してる。いったい彼女は柏木君に何をお願いしたんだろう?

 そこに現れたのは見たことのあるものだった。父と母のヘアブラシだ。今朝も洗面所で見た。勿論家族全員が出かけた後にだ。何をするつもりなのか……というか柏木君は今何をしたんだろう?


「あ、あのさ今のどうやったの? 柏木君の力っていったい……」

「ああ」


 柏木君は爽やかな笑顔で答える。


「鏡野が彼女の千里眼で見たビジョンを送ってくれたんだ。そのビジョンを見て移動したんだ。僕の力は物や人の瞬間移動。君を移動させた時と同じだよ」

「へえー。そういうことも出来るんだ……だったらお兄さんにも証明出来たんじゃ」


 僕が鏡野さんに言う。ビジョン送れば良かったんじゃ……


「それがその能力に気付いたのが桃李に柏木君の力を見せる時だったの」


 確かに力を持ってない、話してない人物に映像を送ろうなんて考えないよな。


「で、それ何に使うの?」

「ちょっとついて来て」


 鏡野さんはブラシを持って部屋を出て行く。僕も慌ててついて行った。柏木君も鏡野さんのお兄さんもついて来る。二人には場所がわかっているようだが彼女が何をするのかわからない様子だった。部屋を出て階段を降りてすぐにやたらとセキュリティーの高い扉があった。彼女はそれを手慣れた様子で開けて行く。すぐにドアを開けこちらを見ている。僕らは部屋に入り彼女はドアを閉めた。


 ガシャン


 あの扉どれだけ厚いんだろう。

 鏡野さんは入ってすぐ手前にある機械の電源をいれた。そして父と母のヘアブラシからそれぞれ髪の毛をとり機械に設置した。そして自分の髪の毛も。それから僕の方へ向き直った。


「九条君の髪の毛ももらうよ」


 と言って間髪いれず僕の髪も抜き、機械にセットできるように準備した。


「九条君は家族に不満がある」

「へぇ?」


 僕は思わず変な声を上げた。が、確かにそうだ。学校に行かないのはイジメていた奴らの事もあるが、家族に対して持っていた不満が溢れ出たからだ。その後の態度にも不満だらけだった。さっきの鏡野さんの話でも心揺るがないのは、また父や母と顔を合わせ兄と比べられ、タラタラと文句ばかり言われると思うからだろう。二年もこもっていたんだ文句どころじゃすまないだろう。そんな、僕の様子を鏡野さんは見ている、いや、他の二人もか。

 仲の良い兄妹だ。鏡野さんとお兄さんは。僕の気持ちがわかるんだろうか。柏木君も優等生って感じだし……。だんだん自分が惨めに思えててきた。と、そこで機械の音が変わった。電源が入ったんだろう。いったい何をするつもりなんだろう。


「じゃあ、はじめるね。はじめは私のクラスメートと九条君の遺伝子を見るね。見ると言っても個人識別の場所はこの機械じゃ古くってあまり精度が良くないの。それに九条君と私のクラスメートとでは勿論遺伝子が違う。見るのはこの力を持つものの遺伝子情報がある部分。ここ、違っているでしょ?」

「う、うん」


 それはさっき聞いたことだった。実際に見ると実感するがそれと父と母の遺伝子がどう関係するのかわからない。彼女はなにがしたいんだ?


「じゃあ、私のと九条君。ここ、さっきの部分が同じだよね。じゃあ、次は桃李と比べるね」


 僕のと彼女のお兄さんのも同じ遺伝子だった。能力の発揮とそうでないのは関係ない。なんなんだ? いったい?


「じゃあ、次は九条君のお父さん、ここを見て」

「えっ! なんで? 父さんは違うの?」

「じゃあ、次はお母さんと」

「……なんで二人とも違うんだ。」


 どういうこと。遺伝子なんだから遺伝するんだよね……。僕は混乱した。じゃあ、兄貴は?


「兄貴のも、兄貴の遺伝子も見てよ!! ああ、でも違ってるんだ。いつも兄貴ばかり褒め、僕と比べてばかりいた。兄貴は母さん達の息子なんだ……じゃあ、僕は……?」


 僕を取り巻いていた糸がどんどんほどけて行くように感じた。


「お兄さんのもみてもいいけど、多分あなたの言う通りあなたとは違っていると思う」

「何でアリスわかったんだ? 何か見たり聞いたのか」


 彼女のお兄さんが聞く。鏡野さんは誰かの会話を聞いたんだろうか?


「見たといえば見たし、聞いたと言えば聞いた。はっきりと九条君だけが血が繋がってないと確信していた訳ではないんだけど、何か不思議だったの。彼に対する態度が。強引すぎたり冷たすぎる割に学校は辞めさせずにずっと在籍させている。諦めているのに、学校に戻れるようにしてる。愛情が薄いような素振りなのにその事を悩んでいる。昨日九条君のお母さんが電話で愚痴っていた相手はお兄さんなの。お兄さんは無理矢理にでも外に出さないと一生出れないって心配していた」

「兄貴が……」


 意外だった僕の事なんて気にもとめてないんだろうと思っていたのに、僕を心配してたのか。そう言えば時々何か物がなくなったと言っては身に覚えもない話でドア越しに話しかけていた。あれは絡んでたんじゃなくて僕と話をするためだったんだ。不器用な兄の振る舞いにいつもとは違う一面を見た。


「そう。でも、お母さんの心配はあなたの力だった。なんであんなことが出来るのかって。だから、強引には出せないんだと。ただね、最後電話切る前にいつも言っていたみたいなんだけど、あの力のことは他人には言わないようにってお兄さんに注意していたの」

「えっ!? 母さん知ってるの? 力のこと?」

「わからない。だけど、普通子供を養子にするのって子供ができないからとかいう理由だよね?」

「あ……兄貴がいるのに…」


 そうだ。あんなに自慢する息子がいるのにわざわざ他人の子供を養子にするってどういうっことだろう? 考えてみれば変だ。


「それに、二人目が欲しくても出来なかったから養子にしたにしては九条君に対する愛情がお兄さんと違いすぎる。そこまでして欲しかったにしてはその後がね。九条君って成南高校だよね? 私達城東なんだけど確かレベル同じだよね?」

「あ、ああ」


 頭が混乱している。やっとそう答えた。


「進学校に進める頭があるのに、そんなに差をつけることないよね。今話してても何か劣っているとも思えない。じゃあ、なんでお兄さんと区別をつけたがったのか?」

「わざとって事?」

「わざとっていうよりも、無意識的に自分の子の方が優秀だと思いたがったんじゃないかって気がするの。だから、あとから後悔しないように事実がそうなって欲しいと。でも、あなたを直接苦しめたりは出来ない、何らかの事情があるんじゃないかなって。お母さんパート行ってるよね? 金銭的にもそんな余裕ないのに、引きこもりされるのも、学校に在籍させるのも、どちらも余裕ないとできないよね? なのにどちらもそのままにしてる」

「確かに、僕が引きこもりする前は母さん専業主婦だったのに。だから、家をうろつくのが楽に出来るようになったんだけど」


 母さんは僕の為にパートに行ってたのか?


「まあ、真相はわからない。でも、はいこれ」


 鏡野さんが僕に電話番号を手渡した。携帯電話ではない。


「な、何これどこの番号?」

「わからない。お兄さんと電話が終わってお母さんが押し入れの奥の箱からこの番号を書いた紙を取り出して見ていたの。電話をかけようかどうか迷っている様子だったけど、その後元に戻して押し入れに戻してたわ」


 僕が何も言わないので彼女は話を続けた。


「これ多分あなたに関係する番号だと思う。あなたの力ならあなたが養子か本当の両親は誰か、いろいろ探ることも出来ると思う。だけど、本当の自分に向き合い家族と向き合いたいなら、直接聞くべきだと思う。真相は話を聞かないとわからないものだと思う。人の想いが必ずしも何かに記載されていたり残っているものではないから。そうやってあなたはあなたを知って、始めてそこからどうするべきか決めればいい。学校の事も将来の事も、そして私達とのことも」

「ああ、う……ん。今は聞くか決めれないよ……。頭が混乱してる」

「うん。ごめんなさい。勝手なことして。いろいろ聞きたくない事言って。ただこのままでいて欲しくなかったし、そのままの状態で世界の終わりだのなんだの言っても決めれないだろうから。本当にごめんなさい」


 鏡野さんは本当に申し訳なさそうにしている。他の二人もどう入っていいのか困っている。


「いや、いいよ。そんなに謝らないで。僕に時間をくれないか? どうするか決めるから。決まったら君のパソコンにまた合図を送るよ。今後は力も使わないし、ハッキングもしない。約束するから」

「うん。待ってる」


 やっと鏡野さんが僕に微笑んだ。なんだかそれだけで、自分の今までの価値観がぐるっと回転したように思えた。ただ、すぐに話が出来るかはわからないけど。いつか自信をもって彼女に会いに来れるように。

 僕らは彼女の部屋に戻り二つのヘアブラシと電話番号の書いた紙を手に柏木君によって部屋に戻された。また孤独の世界に帰って来た……いや、そうじゃない。僕は戦いに戻って来たんだ。自分自身との戦いに。


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