21.未来*アリス*
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「すごいよ。あと五ページ。無理なんじゃないかと、実は半分諦めてたんだけど……」
今日も桃李のご飯は美味しい。以前よりも格段私の好みの味になっている。メニューも好きなものが多い。桃李が私のフリをしてるからなんだけど……。本当に桃李は優しい。父も私の料理ではなく桃李が私のフリをしてまで料理をしているのに気付いてるが、桃李がそこまではしているのがわかったら、何も言えないんだろう。桃李の好意を利用してるとはわかってるが、監視の対象が多すぎて処理する時間が足りない。ノートの事も考えないといけないし。それだけですっかり消耗してしまった精神では料理を嫌々やってしまう。甘える訳にはと思いつつ、最近はすっかり桃李に甘えてしまっている。
「俺もいろいろ調べてみるよ。アリス今日は元気だな」
「昨日は信じてもくれそうにない話を二人に信じてもらうためにいっぱい話をしたからね。ご飯食べずに寝ちゃいたいぐらいだったんだから」
それもあるが、桃李に柏木君との事を認めさせるのが一番の辛い事だった。桃李は私にとって特別な存在だった。母がいなくなり一人の世界に入ってしまった私を外の世界と繋いでくれた人だ。恋愛感情ではなくて愛情なんだとわかってホッとした。恋愛感情はいつか色あせる時が来るだろう。そういう感情ではなくて本当に兄妹になれた気がした。これからは私一人じゃないんだと。だけど、桃李の気持ちは違う。いつかこの試みが成功したら、簡単に色あせてしまう感情かもしれない。だから柏木君との仲を話しても見せても、いつもと変わらない桃李で安心した。桃李を失うことは何よりも辛かったから。
そうだった。ホッとしていて忘れていた。保険のことだ。今話すべきか迷うが……。
「あのね。あのノート最初は数式最後まで書かれていたし、そこまでは高度でもなかったんだけど、ページの後ろになると数式が途切れてたり、条件を入れたりしないと解けなくなる。だから、ずっと前から物理学の専門でどことも繋がりのない人を見つけたから見張っていたの」
「いるの?」
食器洗いぐらいはすると言ったのに桃李は横に並び一緒に食器を洗うのを手伝ってくれている。桃李は柏木君よりも大きい。三十センチ近く離れているので顔は見えないが、きっと希望を持った顔だろう。声が嬉しそう。
「うん。多分大丈夫。桃李より前からこの千里眼でだけど見てきた。信頼しても大丈夫な人だと思う」
「でも、アリスのお母さんも……」
「そう。他の人を巻き込むのは危険よ。いろんな意味で。だから避けたい。そうならない様に、桃李と私と柏木君でなんとかしたいの」
そうそれだけ長く見張っていても、他人を巻き込むのは危ない。柏木君も賭けだった。彼は私に対して好意と能力を持っている、そしてその能力が必要だった。いろんな意味で彼に賭けるのは危険が低いけれど得る物は多かった。柏木君の能力無しで桃李を味方にするのも難しいし、最後の装置の移動も柏木君がいればぐっと危険が少なくなる。
一方この人はただ物理学の専門家というだけで味方にするにはリスクが大きいように思える。最適な人材は見つけ、ずっと見張っているが、出来れば接触するのは避けたかった。今日ページが進んで何とかなるかもと、はしゃいだのはそれもあったからなんだけど。でも、だけど……。
「そうだな、いろんな手を打っていたんだな。この事でアリスはほとんどの時間を使ってたんだ」
「実はね。この味方候補には母が関わってるの」
「えっ! アリスのお母さんの知り合いなの?」
驚いたんだろう桃李は私の顔を覗き込んできた。母が死んだのはいろいろな専門家に聞き回ったのが原因かもしれないのにその人は危険なんじゃないかって桃李は思ったんだろう。
「大丈夫。お母さんもその人には会った事ないんじゃないかな? 母の死んだ時にはまだ大学生だったから。もちろん私も会った事も話した事もない。千里眼で見つけただけだから。母がその人をヒントにくれたの」
「どういうこと?」
「母のノートの途中に何かのロゴが描かれていたの見た?」
「そういえば何でちょこちょこ絵があるんだろうって思ったけど」
ちょうど手詰まりになったページにまるで母が手を差し伸べるように絵が描かれていて、私にヒントをくれた。昔母が私に話してくれた事だったりと私でなければ意味をなさない絵が多かった。その中でまた行き詰まった時にそのロゴがあった。でも、なんの絵なのかすぐにはわからなかった。その後まるで、そう時を読むかのようにそれはやってきた。
そのロゴが何かずっと悩んでいた私が郵便受けから自分の郵便物と父の郵便物に分けていた時、思わず手に持っていた郵便物を落としそうになった。父宛の封筒を見て驚いたから。慌てて家に入り母のノートのロゴと照らし合わせた。間違いなく同じだった。それは父の、そして母の母校の大学のロゴだった。父宛の封筒は大学からの同窓会の手紙かなにかの案内なのか。そういえばたまに見かけたことがあるのを思い出した。だけど、大学のロゴなんていちいち見て覚えてなんかいない。
そのページのヒントをくれる何かを大学中千里眼で探しまわった。膨大な人がいる大学内部から探すなんて難しいと思っていたら、案外早くに答えは見つかった。
「大学よ。母と父の。母が描いてたたのは大学のロゴだった。母はノートに行き詰まる箇所には絵でヒントを私にくれていたの。私が見つけた人物の研究テーマがヒントだったの。その人は当時は院生で今は助手をしてるんだけどね。テーマが母の研究に近かったから、今後の事も考えて追跡していたの。それが……」
「ん? あれっ? 仲間にする専門家探して見つけたんじゃないのか?」
すっかり食器を洗い終わったのでテーブルに移動して話は続く。
「そうじゃないの。実はね、さっき柏木君が解いてくれたページの次のページにも同じロゴがあるの。ノートをその院生を見つけて問題を解いた後に、パラパラめくってみたの。今までにも何度もノートを先まで見てたんだけど同じロゴがあるのには気付かなかった。だけど、その時にはそのロゴで散々悩んでロゴばかり見てたからその先のページにもロゴが描いてあることに気づいたの。またその院生に用がある時が来るんじゃないかって、でその院生を追跡してたんだけど、途中から自分の知識に限界を感じてきていたの。それで、母はこの人に頼れって言ってるんじゃないかって思えて来たの」
「じゃあ、次のページは今その人に関係する研究か何かって事か? 今まで通りのヒントなんじゃないのか? ていうか、アリスのお母さん未来そんなに見えてるのに……」
「きっと未来は変えられないんだよ。母は今からすることじゃなくて、した事を見たと思っていろいろしてたんだと思う。決められた未来を変えれなかったんだと思う。私なら逆らう。意にそわない未来なら。だけど、何度も無理だとわかって最善な選択をするしかなくなったんじゃないかな? 人ってそんなに簡単に自分の死を受け入れたりしないと思うよ」
私も何度も考えた。母の遺した数々のヒントで母の力を実感すればするほど、どうして死を避けれなかったのかと。母が死んで孤独になり、さらにはこんな事まで引き継がなくてはいかない、こんな私の未来を見ていたならばなぜなんにも手を打ってくれなかったんだろうと。……結論は避けられない。死ぬべき人はどうやっても死ぬ運命なんだと。そう思わないと自分を納得させられなかった。それに母があっさりと自分の死を受け入れるとはどうしても思えなかった。
「そうだよな」
「そう。それに、その人にこだわるのは実は、ノートのヒントそこから先には最後のページしかないの。これまで以上に専門知識がいるはずなのに………ヒントがまるでないなんて……なんか嫌な予感がして。まあ、一人監視の対象者が増えるくらいだからね。だから、保険だよ、保険」
「うん。三人でやれば何とかなるって。今日みたいに何か思いつくかも」
桃李が励ますように言ってくれた。そうだよね。私には今しか見えない。見る人、場所、沢山ある。考えたり、調べたりすることも。この先の未来を考え過ぎてる場合じゃない。今やれることをやろう。




