18.出会い*桃李*
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柏木が遅刻なんてめずらしい、昨日の今日だ。さすがいろんなことを納得するには時間がかかったり、興奮状態になって眠れなかったのかもしれない。まあ、遅刻は遅刻だ。罰則は受けてもらう。
柏木がランニングに行ってすぐにアリスが通りかかるのを見た。アリスは朝が弱い。俺が家を出る頃に声を掛けても全く起きない。父も母も抱えている案件で朝は不定期になりがちだ、夜もだけど。だから、朝が弱いという理由でお弁当と朝食作りは俺の担当になっていたのだが、気付くとアリスの担当だった晩飯も俺が作るようになっていた。
アリスは時に部屋に時に研究室にこもって出てこないからだ。母親の結婚前も料理をしていたのは俺だったし、料理をするのは苦ではないし、アリスはちゃんと食器の洗い物はしてくれる。だから、気にしていなかったが、父が盛り付けや味付け野菜の切り方まで見てるらしく、アリスに苦情を言うので困った。俺は出来るだけアリスが作ったように見える料理を作るように心がけた。
受験生であり部活をしている俺がそこまでやるのはと思うが、机でそのまま疲れて眠っているアリスの姿を見ると何も言えなかった。ただ何をそんなに一生懸命しているのか不思議だった。誰に聞かれても興味のあることを調べてるとか、勉強してるとか言っているだけだったが、まさかあんな苦労を背負っているなんて思ってもみなかった。そりゃあ晩御飯どころではない。毎日疲れ切っていて当然だろう。
アリスに会ったのは中三の夏だった。母から会わせたい人がいると聞いて再婚話なんだと思った。母にそう告げるとどこか苦しい表情を隠しつつ笑って母は言った。
「あの事件の担当検事さんなのよ。私の恩人なんだから会ってよ」
あの事件か。母がその当時からも五年も前に担当した殺人犯の事件の事だ。母が担当したのはその犯人の一件目の事件だった。殺害動機はあったが、決め手となる証拠もなくあるのは状況証拠だけだった。たいした証拠はなに一つなかった。犯人は最初すぐに自供した。が、裁判が始まってすぐに証言をひっくり返し無罪を主張した。自供は毎回異なっていて曖昧な事しか言っておらず、犯人の話を聞いた母は無罪を確信し弁護した。
当時小学生だった俺はあまり事件のことを覚えていない。もちろん母が裁判の話を家ですることもないからだが。母が今どんな事件を担当しているのかさえ興味がなかった。一人家にとりのされることが嫌で母の仕事の話にはほとんど触れなかった。父は記憶さえない幼少の頃に病死していた。だから、一人でいるのが当たり前だった。アリスに出会う前は。
結局その事件は証拠不十分となり犯人は無罪を勝ち取った。が、母は見てしまったのだ、無罪判決が言い渡された瞬間犯人がニヤリと笑ったのを。無罪なら喜ぶか冤罪をかけられたその後の人生を思い、手放しでは喜べないがホッと肩を落とすであろう。だがニヤリと笑ったのである。本当は無実ではなく犯人だったのだ。母はそう確信した。このことは覚えている。ぼろぼろに泣き崩れて帰って来た母を初めて見たからだ。
俺がいくら聞いても
「お母さん悪い人を自由にしちゃった」
としか答えてはくれなかった。
それから母は民事専門の弁護士になった。もう二度と犯罪者を自由にさせる事などしたくはなかったからだろう。その後もその犯人の動きや一件目の事件と類似する事件に母は目を光らせていた。奴が再度犯罪を犯すか心配だったからである。
事実そうなった。母はすぐに警察に情報を渡したが、一件目の事件のような犯人と被害者を結ぶ線が全くなかった。そうやって犯人は五人を殺害後ようやく捕まった。だが今度も以前と同じように、いやそれ以上に犯人だという証拠はなかった。母は悔いていただろう。一件目の事件で終わらせられなかった事、そして、その後5人の犠牲者を出したこと。そして、この裁判では有罪に出来ずまた快楽殺人犯が世に放たれる事を。自分があの時に無罪にしてしまったからだと。
ところが、多くの予想を裏切り判決は有罪になり、犯人は死刑となった。母は安堵した。これで、殺人を止めれれたからだ。勝因は検事の巧みな質問の罠にかかり、重大な犯人しか知り得ない事を犯人が言ってしまったことだった。そこからは、犯人のポーカーフェースは崩れ落ち、最後は自分の犯罪行為を見事な芸術作品だと言ってのけていた。罪の自供までさせたのだ。その検事がアリスの父であった。
母は鏡野検事に深く感謝していた。鏡野検事も母の事を噂で聞いたみたいで、裁判終了後尋ねて来てくれたのだ。それが父と母の出会いだった。
歳が近い子供がいると言う話になったのか、始めから再婚目的だったのか、アリスと俺は会うことになった。初めて会った時のアリスはまだ幼く恋愛対象になるなんて思っていなかった。ただ、話していると楽しく、家が近かったので母や父抜きでアリスに会いに行くようになった。一人でいることにウンザリしていた俺は、同じく一人でいたアリスといる事で救われたのだ。あのコロコロと表情を変え、何にでも興味を示し、キラキラした目で俺を見つめるアリスに何時の間にか心奪われていた。
そんな時に再婚話をされた。まさかアリスが好きだから反対だとは言えなかった。アリスの父は父親として文句のつけどころもなかったし、俺はごねるような性格でも歳でもなかった。鏡野検事ともアリスとも関係は良好だったから、反対する理由はどこにもなかった。そうして、アリスと兄妹になってしまった。
柏木がランイングから帰ってきた。思っていたよりも早かった。授業に遅れないように相当頑張ったみたいだ。顔を真っ赤にし息も荒い。
「着替えて教室に行けよ」
「は……い」
柏木は部室へとまた駆け出した。俺もそろそろ教室へ行かないと、と思いテニスコートを出たところでアリスに会った。どうやらずっとここで柏木を待っていたようだ。
「そこまで一緒にいる必要あるのか?」
単なるヤキモチだ。昨日気持ちを何とか抑えようとしたが、どうやら無理みたいだ。だいたい今までずっと抑えようとして来たんだ。それでも無理だったんだ。今急に気持ちや真実を告げられてもどうにもできない。何とか表面に出過ぎないようにするのがやっとだ。
「昨日から付き合ったってわかりやすくアピールする為だよ。桃李との関係を疑われているからね。はっきりさせないと、何言われるかわからないから」
「俺とのことでなんか言われてるのか?」
「うーん。まあちょっとね。桃李モテるからいけないんだよ。お昼もほっといてくれて良かったのに」
「ごめん……」
お昼を食堂で一人でとっているという噂を聞いて、一緒に食べるようにしたが余計な敵を作ってしまっていたのか。アリスが一人でいたい理由など知らなかったとはいえ余計な事をしてしまった。
「いいよ。冗談だよ。誰にも何も言われてないよ。ただこれからは学校では必要以上に親しくしないでね。どっちと付き合ってるのって、本当に言われそうだから」
「わかったよ」
本当にそうなのかはわからないが、今さらどうすることもできない。ここはこれから気をつけるしかないだろう。
後ろから駈けて来る足音がする。柏木だ。柏木が急いでた理由はアリスの事もあったのだろう。俺は邪魔にならないように立ち去る事にした。
「じゃあな。アリス」
「うん。またね」
俺は教室へ向かった。後ろの二人を気にしながら。




