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12.兄帰る

 トントン


 ノックの音が部屋に響いた。間がある。きっとドアの向こうで佐々木先輩は迷っているんだろう。玄関にあった僕の靴に当然気付いているだろうから、声を掛けるべきか。鏡野はいたずらっ子の表情で人差し指を立てて唇に当てている。

 僕なら美咲が部屋に男を連れ込んでいても知らんふりをするだろう。後で何を言われるかわからないし、たいして興味もないし。けれど先輩は違ったようだ。


「アリスいるんだろう?」


 やはり佐々木先輩だ。緊張がさらに増してくる。


「いるよー。何? 桃李?」


 全く緊張感のない声で鏡野が答えた。


「誰かと一緒なのか?」


 佐々木先輩は中に入る勇気はないのか様子を探ってるようだ。


「うん。柏木君だよ。テニス部で一緒でしょ。そんなところで話してないで中に入ったら?」


 おおい、わざわざ僕のことバラすのかよ。しかも、部屋に入れるって……ドアノブが回りドアが開く瞬間鏡野は僕から離れた。が、完全に抱き合っていたとわかるタイミングだ。何でわざわざそんな事をするんだよ。避難がましい目で鏡野を見ている僕に佐々木先輩の射るような視線が当たる。い、痛い。見るのが怖いが挨拶しない訳にいかない。


「お邪魔してます。さっ、佐々木先輩」


 佐々木先輩は僕を完全に睨んでいる。いつもの温厚な先輩からは想像もつかない。先輩は僕の挨拶を軽く無視した。鏡野と話すつもりらしい。


「アリス、どういうこと? 何で柏木がいるんだ?」


 声がいつもの柔らかい声ではなく、完全に硬い声になっている。過剰反応じゃないか。これじゃ父親の反応だろ? と思いつつそれを助長する様に仕向けた鏡野を恨めしく思った。が、当人はいたって楽しんでいるようだ。


「今日柏木君に告白して付き合ったの。で、いろいろ話があったから部屋に誘ったの」

「アリスがか?」


 それはどこにかかっているんだろうか。驚いてる佐々木先輩はそう言って黙ってしまった。鏡野が僕に告白した事を驚いているのか、それとも家に誘った事を驚いてるのか、それ以前に鏡野が僕を好きだったことに驚いてるのか。


「そうだよ。柏木君、私と同じだったから」


 鏡野は気にせず謎の回答を続ける。まさか、今から先輩を勧誘するのか……。もう僕は頭が回らないんだが、鏡野はそうするつもりらしい。


「同じって何が?」


 先輩は立ってる場合ではないと感じたのか部屋に入ってきて、テーブルの向こう側、最初に鏡野がいた場所に腰をおろしてしまった。もう話を続行するしかないようだ。僕は腹を括った。この際ちゃんと話をした方が楽かもしれない。


「桃李が信じてくれないと話になんないからなあ。信じてくれる? 例え信じられない突拍子もない話を私がしても」


 こんな風に言われたらうんと言うしかないじゃないか。案の定先輩の返事もそうだった。


「わかった。アリスの言うこと信じるよ」


 これは完全に誘導だ。そう思って自分のさっきまでの反応を思い返してみた。ま、まさか僕も誘導されてた!? なんて今更に動揺している僕の横で鏡野は佐々木先輩にさっき僕にした話をしている。パソコンの準備も怠らない。鏡野は僕たちに話をするために何度も練習したのかもしれない。そう思うと誘導されても嫌な気はしなかった。

 第一どんな話の流れだろうと僕は鏡野の側に付くだろう。


 そんな今の話とは関係ない事を考えていたら、鏡野に話し掛けられた。テーブルにはなぜか男物の筆箱が乗っている。


「…………してよ」

「えっ! 何?」



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