犬神の村
白峰御前の町、御前町への山道は実にのどかなものじゃった。
木漏れ日の中で峠をのんびり走るかんじじゃね。
「町に入る前に茶屋で休むとしようかの」
「こんな峠の茶屋みたいなのマジであるんすね……?」
まあ、レトロな洋風の喫茶店じゃ。ロッジ風のむかし流行った感じじゃのう。
カランコロンとドアベルを鳴らして入るとなじみの顔の犬獣人がおる。
「いらっしゃいませ。あらあ、コンさまですか。お連れの方は後輩さんですか?」
「うむ、ちょっと御前に顔見せにのう。紅茶でもたのむのじゃよ」
「ええ、お二方ともぬるめですね?」
「うむ、見ての通りの猫舌じゃからな」
この喫茶店のおばちゃんは犬神の血を引いた一般獣人なんじゃ。
御前の町に入る前にはよくここで一休みしておるので顔なじみなんじゃよ。
さっそく茶が出てきてわしらは一息つく。
「はー……ここは常識的なお茶っすね……」
「ええ、ビーストパークに行かれたのでしょう?あそこは刺激が強いでしょうから、薄めにしておきました」
ミケの手がピタッと止まってわしを見る。
わしは平静な顔で喫茶店のおばちゃんに笑う。
「おお、それはお気遣いありがたいのじゃ。お察しの通りこやつ少し疲れておるようじゃからな」
「そうですか、それを飲まれて出発されれば、ちょうどよい時間に着かれると思いますよ」
「う、うむ」
わしは目線で『後で話す!』という顔をしておる。
ミケもかすかにうなずいた。ふう……
「では会計を頼むのじゃよ」
「いえいえ、御前様のお客様からはとてもとても」
「ではこれはよいおもてなしへのチップという事でじゃな」
「あらあら、まあまあ……ありがとうございます」
これじゃよ!あまりにも暗黙の作法が多すぎるんじゃ!
建物や商品が現代風なだけで基本的にここは因習村なんじゃよ!
車に入ったミケはまたビビり倒していた。
「ここもなんなんすか!?これが田舎の噂話が伝わるのが早いってやつすか!?」
「それじゃよ。それを群れ行動が得意な犬神の村でやるとこうなるんじゃ。今頃もう御前に電話が行っておる」
「なんか……道行く人全員から頭下げられてません?この車……」
「そりゃまあ、わしの紺野稲荷のロゴが入っておるからのう。わしと御前が友人なのは周知の事実じゃからね」
村人の御前への忠誠心が……重い!
それはまあ、犬系獣人の群れでブッチギリに強くて権力も金も嫌と言うほどあって、数百年も村の長として君臨すればこうもなろう!
「あの、白峰先輩って……そういう感じなんすか……?」
「ここは豊かな北朝鮮と思ったほうがええよ」
「そ、粗相とか」
「粗相は許されるじゃろ。じゃが、無礼や裏切りは許されぬ」
「どうなるんすかその場合!?黙らないでくださいよ、ねえ!怖いっすよその沈黙!ねえ!」
命があればまあ儲けものじゃろうな。
よその縄張りで裏切り者をどう始末するかなど、軽々しく口にできんわ。
この村ではたとえ車内でもそこまでは言えんのじゃ。
■
「なんつーか……ものすごく武家屋敷っすね……」
「うむ、広かろう?」
御前の家につくとすでに下男が待ち構えて列を作って頭を下げてきたのじゃ。
家自体もものすごく立派でいかつい武家屋敷じゃ。
瓦屋根に白壁、日本庭園という感じじゃな。
「ようこそいらっしゃいました。稲荷様、猫塚様。御前がお待ちです。お荷物とお車をお預かりいたします」
「うむ、よろしく頼むのじゃよ。あとこれは御前への土産のおまんじゅうじゃから渡しておいておくれ」
「はっ、確かにお預かりいたしました。どうぞこちらに……」
このご時世にタキシードを付けた執事と羽織袴の下男たちじゃよ。
みんな犬耳にしっぽで顔立ちがよく、筋肉バキバキじゃ。
ミケは相変わらず小鹿のように震えておる。
畳とふすまを抜け、奥座敷にはヘラジカくらいある白い犬が車を駐車できそうなくらいデカい座布団の上に寝そべっておる。
もうほぼモロの君みたいなもんじゃよ。
「コンか。久しいのう、三年ぶりほどか?横のは……」
「ね、猫塚ミケっす。さ、最近神になりまして……コン先輩のご厚意でか、顔見せに……!」
ミケのやつ緊張しすぎて声が震えておる。
「猫塚……ああ、造竜寺家の秘蔵っ子の。たしか去年、二級怪異を討伐したとか」
「う、うす……そうっす」
これじゃよ。おそらくビーストパークに入った時点で内偵しておるんじゃ。
そろそろ助け船を出しておこうかのう。
「近頃のダンジョン関係でちと退魔仕事を頼んだ縁でのう。こやつも出雲の会議に出ねばならんじゃろ?まあ、ぽんから聞いておろうが。そういうわけでわしもつきそいで顔を出したんじゃよ」
「おお、そうだったそうだった。たしか……ミケとやら。立身出世を願っておるのだろう?」
「う、うす……」
この白々しさじゃよ!すっとぼけておる。
こやつの頭の中には確実にミケの履歴書が入ってるじゃろうに。
「ならば、ちょうどよい宿があってなあ。そなたの退魔一門の保養施設にせぬか?そなたはそこのオーナーという事にすればよい」
「あ、ありがたいお話っすけど、経営とかぜんぜんわからないんで潰しちゃうと思うとっすねえ……」
「店子であれば我が一族から信用のおける者を出せばよい。そなたは時々顔を出してねぎらいの言葉をかけてやる程度でよいのだ。どうだ?」
この圧じゃよ!話の強引さがあまりにも体育会系なんじゃ。
距離の詰め方がエグい……!わしはこやつのこういう所が苦手じゃ。
「お、大きなお金の話なんでえ……家の人とも相談してからでいいすか……!?」
「ふふふ、賢明だな。そなた。とはいえ、手ぶらで帰すのも心苦しい。そうだなあ、東京に私の持っている土地があってな。格安で譲ってやろう。自販機付きの駐車場だ。毎月定期的にいくらか金が入ってこよう。金の心配がなくなるというのは良いぞ。心に余裕ができ選択肢が広く見える」
ほらきた!
手土産で不動産は普通はドン引きするんじゃよ!
「そなたと誼を結べるのであれば私にとってはほんのはした金よ。安い物だ」
好意が重いし威圧の圧がヤバいんじゃ。
これはもう少し助け船がいるのう。
「ま、まあまあ。こういうのは急いで決めることもあるまい。ミケはデカい取引は家の人と話し合いたい年頃なんじゃよ」
「ふむ……このくらいであればそなたの予算でも買える金額かつ、そなた個人に帰する財産だがな?」
ここでミケの目をガン見してるんじゃよ。圧じゃ。
「若者にそう判断を急くでない。悩む時間も必要じゃという事じゃよ」
「ふふふ、それも一理ある。私は若い時こそ即断即決する度胸が肝要だと思うがな」
ここで御前が手元のベルをチンッと鳴らす。
さっとふすまが開いて犬耳の下男が紙袋を出してくる。
「先ほどの保養施設の件も含め、書類にまとめておいた。心が決まればサインすればよい」
「あ、ありがとうございますっす……!」
そんな泣きそうな顔せんでも。
というかこやつ最初からここまで読んで用意しておったな?
その陰険さがこわいんじゃ。
「御前様。ユキ様がお帰りになられます」
「おおそうか。コンよ、ミケを連れて共に出迎えようではないか。なあ?」
圧じゃよ……
「ユキの相手はおぬしに頼む前提ならばよいぞ」
「ふふふ、まあアレの相手は私にしかつとまるまい」
そう、ユキはこの時期は早く着き過ぎたら御前の所で世話になってるんじゃ!
「ユキさんて誰すか?」
「サプライズヒグマじゃよ。キムンカムイじゃ」
「逃げたほうがよくないすか?」
「背中を向けたら本能的に追われるぞ。じっとしておれば狙われん」
「それって本当に友達なんすか?」
ユキの咆哮が都会での三倍増しくらいで響いた。
ふすまがガタガタ言っておる。
「グオオオオオーッ!」
「ワオォーン!」
御前まで返答で吠えるから耳がキーンとするんじゃ。
「グルルルルッ!ゴゼンちゃん!タだいマッ!」
「おおよしよし。相変わらず骨に響く剛力よな。たまにはかような相手と運動せねば体がなまろうぞ」
車が衝突したような轟音で庭の芝生スペースでじゃれつくからたまらんわ。
じゃれあってるだけなんじゃが見た目が神話の戦いなんじゃよ。
二メートル超えの筋肉大女と五メートルの巨大犬が地響き立てて取っ組み合ってるわけじゃからな。
「ミケよ。こういったものが神の尺度というものなんじゃよ」
「……私やってけるんすかねえ」
「わしも最初はそんなもんじゃったからじきに慣れる……はずじゃ」
「そこは断言してほしかったっす……」
ほぼほぼ工事現場みたいなユキと御前の取っ組み合いを見ながらわしらはずっと黄昏ておった。
まあ……こういうのは慣れじゃよ!慣れ!




