第25話 強者の余裕
黄金郷の王宮に滞在して2週間後の夜。
エミリアはフィリアと食事に出かけた。
アスランは部屋のベランダに出て、夜空を眺める。
体調や固有能力の異常など、考えたい事が多い。
アスラン
「明日は新月か…」
久々に1人になったアスランは少し気を休めた。
エミリアと一緒にいるのは苦ではないと言えど、やはり一人で過ごす方が静かで気負わない。
そんな中、一瞬突風が吹いた。
そして、誰も居ないはずの真後ろから──
「不用心だな……」
アスランは、全身に怖気を感じた。
鳥肌が立ち、瞬時に後ろを向く。
だが振り向いた瞬間に首を掴まれ持ち上げられた。
アスラン
「あっ………」
「対面するのは初めて…いや、覚えがある。」
アスラン
「っ……お…お前は…」
冥魔ベルゼビュート
「聞いた事があるはずだ。"暴食"の名を…」
アスラン
「なっ………」
冥魔ベルゼビュート
「陛下を追い詰めた男が…何たる無様。」
アスランは、ベルゼビュートの瞳を見て確信した。
格が違いすぎると。
ここは黄金郷王宮内部。
世界で最も安全な王都の最深部。
天帝の魔素感知、アスランの本能的察知をすり抜け音も無く真後ろに立たれ、今正面から首を掴まれている。
そして王宮内が静かな事を鑑みれば、冥魔の侵入が誰にも悟られていない。
アスラン
「なっ……なんで…ここにっ…」
冥魔ベルゼビュート
「俺が張っていた地に何の警戒も無く現れたのはお前だ。」
アスラン
「っ……張って…」
冥魔ベルゼビュート
「まぁ良い…明日の新月の夜、月が最も高く上がった時、王都後方の山岳地に来い。」
アスラン
「な……なんで…」
冥魔ベルゼビュート
「妙な真似をすれば……ここは壊滅する。」
ベルゼビュートは、首を掴まれて苦しむアスランの顔をまじまじと眺めた。
そして、僅かに目を見開いた。
冥魔ベルゼビュート
「貴様……そうか…あの時の──」
ベルゼビュートは、アスランの首を離した。
アスランは床に落ち、首を押さえ息を荒らげている。
そして再び突風が吹き、ベルゼビュートは小さな蝿となり姿を消した。
体の震えが止まらなかった。
魔王と対峙した時と同じ。
圧倒的な格と存在感を、目の当たりにした。
彼は震える肩を握りしめた。
アスラン
「あぁ……嫌だな…」
壁にもたれかかり、頭を抱えた。
感覚的に理解した。
亜空間が開けない事に。
今の状態で戦闘を行えば、確実に死ぬ。
死への恐怖は、既に乗り越えているはず。
それでも彼は、理解不能な恐怖に襲われていた。
そして数時間後。
エミリア
「ただいま戻りました!って……」
アスランが、真っ暗な部屋の隅に体育座りをしていた。
エミリア
「え…なんで部屋真っ暗なんですか。」
アスラン
「もう寝るから。」
エミリアはランタンに火を灯し、アスランの顔を心配そうに覗き込む。
エミリア
「どうかしました…?」
アスラン
「何も。」
エミリア
「なんかいつもより暗いですよ。」
アスラン
「同じだろ。」
エミリアが寝た後、アスランはまだ起きていた。
彼女は気持ちよさそうにベッドで、彼は杖を抱えて壁に寄りかかって寝た。
次の日。
アスランは早朝から古書をゆっくり読む。
エミリアは彼が早起きしている事に驚いた。
だが、彼の手が僅かに震えている事に気づき、そっと手を添えた。
エミリア
「アスラン様、何かありましたか?」
アスラン
「何も。」
エミリア
「昨日の夜から少し変ですよ。」
アスラン
「気のせい。」
エミリアは聞くのを辞めた。
アスランは話したくない事を聞かれても言わないからだ。
だがその日中彼女は、彼を心配そうに眺めていた。
その夜。
エミリアが寝た後、アスランは淡々と支度をした。
もうすぐ月が最も高い位置に来る。
アスランは部屋を出る直前、寝ているエミリアの顔を見下ろした。
そして王宮の塔へと向かい、翼を広げて王都後方の山岳地帯へ飛び去った。
山頂には、ベルゼビュートが上空で浮遊していた。
冥魔ベルゼビュート
「来たか。」
アスラン
「あぁ…」
冥魔ベルゼビュート
「覚悟に免じて、王都には手を出さぬ。」
アスラン
「あぁ…」
冥魔ベルゼビュート
「決闘だ……距離を取れ。」
古より伝わる、魔法を扱う者同士の作法。
両者は距離を取り、静かにお辞儀をした。
その後、両者は杖を構える。
悪魔としてでは無く、彼と同じく魔法を扱う者として、ベルゼビュートはアスランに対して敬意を払った。
ベルゼビュートは、微動だにしない。
だがアスランは、緊張と焦りで段々呼吸が荒くなる。
冥魔ベルゼビュート
「深呼吸をしろ。何も焦るな…貴様から仕掛けろ。」
ベルゼビュートは最高位悪魔。
普段なら耳を貸さず、殺しに行く。
だが今は、自然と彼の言う言葉に耳を傾ける事が出来た。
威圧や恐怖を感じるが、それとは別に自分に対して敬意を払っている事が感覚的に理解出来たからだ。
アスランはゆっくりと深呼吸をし、杖を構えた。
「いくぞ……"暴食"。」
冥魔ベルゼビュート
「来い…"殲命"。」
アスラン
「闇夜砲」
闇の魔力砲がベルゼビュートに迫るが、彼が腕を振り払っただけで、魔力砲が反れる。
冥魔ベルゼビュート
「どうした……その程度か。」
アスラン
「チッ…闇夜連撃」
冥魔ベルゼビュート
「なるほど…」
闇の連続魔力砲を放ったが、ベルゼビュートの掌に全て吸収されてしまう。
アスラン
「くっそ…」
冥魔ベルゼビュート
「俺は空間魔法を極めし者…今のような魔法では嗜みにもならん。」
アスラン
「チッ…」
冥魔ベルゼビュート
「やはり…"亜空間"無しでは何も出来ぬか。」
アスラン
「は…なんで知って…」
冥魔ベルゼビュート
「固有能力封印、固有能力開示…それが俺の固有能力だ。やはり…貴様は魔力の全てを、亜空間に貯蔵した魔素で補っているか。」
アスラン
「覗き魔かよ。」
冥魔ベルゼビュート
「だが……これではあまりにも分が悪いな。」
ベルゼビュートは、アスランに施していた固有能力封印や精神の持続攻撃、生命力搾取を全て解除した。
アスランの身体は、急激に楽になった。
冥魔ベルゼビュート
「これなら、全力が発揮されるだろう。」
アスラン
「後悔するよ。」
冥魔ベルゼビュート
「ふっ…では全力で、俺を昂らせてみろ。」




