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最期の一歩

むき出しの悪意と暴力にさらされてはじめて、田村は自分の罪の重さを知った。今まで、彼に味方がいなかったことはなかった。父親からの虐待じみた躾を受けていた頃でさえ、外には彼を慕ってくれる者がいた。しかし、今は誰もいない。


殴られるのは、蹴られるのは、これほどまでに痛かったのか。痛みには慣れていたはずだったのに、今日ばかりはなかなか立ち上がることもできない。苦痛のなかで、彼は比山の強さを知った。誰も救ってくれない状況で、彼は自分たちの残虐ないじめを受け続けた。思えば、相当な苦しみだったにちがいない。いま、自分が受けている苦痛とは比にならないはずだ。


自分を蹴る生徒たちに、かつての自分が重なったのを思い出す。そうだ、暴力は人を虜にする。暴力は目の前にいる相手の生殺与奪を握っているという錯覚を生み、そしてそれは麻薬のように魅力的な代物だった。一時的な万能感に囚われ、気分が高揚し、打ち付ける拳の感覚などまるでなく、ひたすら醜い悦びに震えていた。


思えば、これまで相手の気持ちを考えたことなど一度もなかった。比山のことはもちろん、坂倉や横溝、上原たちのことさえ。自分たちは結局、うわべだけの関係に過ぎなかったのだ。互いに理解しあえない関係など、まるで不毛ではないか。ただ単に、比山への暴力から生まれる快楽を共有するだけの、いわば同じ阿片窟にいただけの関係だったのだ。



涙が溢れぬよう、彼は目を瞑った。すると瞼の裏に、いくつもの光景が見える。それは比山の苦しみだった。自分が今まで彼に与えてきた苦しみと痛みが、自分のことのようにありありと、リアリティーをもって迫ってきた。それを拒むこともできた。目を開けば、そこには冷たい教室の床が広がっているだけ。しかし、彼はそのすべてを受け入れた。この痛みと苦しみだけが、いま、自分が許されるために必要なものだと彼は思った。



そして、気が付くと田村は学校の屋上にいた。もはや無意識だった。空は青く澄みわたっている。自分は何をするためにここへやってきたのだろう。わけもわからぬまま、一歩、また一歩、足が勝手に前へと動く。いや、分かっていたのかもしれない。自分がどこへ向かおうとしているのか、自分が何をしにここへ来たのか。


もう一歩、そのときだった。



「し、し、しね、人殺し…!」



振り返ると、そこには小野口がいた。クラスでも特におとなしく、特に気の弱い男子。彼の口から放たれた言葉に耳を疑ったが、すぐに疑念は失せた。彼の背後に、にやついた上原がいるのが見える。彼に言わされたにちがいない。田村は粗暴ないじめっ子だったが、頭は良かった。自分が逝ったあと、小野口の身に起こるであろうことを悟る。まだ、まだ死ぬわけにはいかない。しかし、田村は落ちた。どこからか頭に飛んできた石にひるみ、後ろへ下がってしまった。その一歩が命取りだった。


駄目だ、俺が死ねば、あいつが。


手を伸ばすが届かない。田村はひたすら落ちていく。坂倉の顔が浮かぶ、彼は焼けてただれていた。横溝の顔が浮かぶ、彼は犯罪者というレッテルに苦しんでいた。上原の顔が浮かぶ、彼は自分の死を娯楽としか思っていないようだった。自分には、誰もいなかった。小野口の顔が浮かぶ、彼はこれから地獄を見ることになる。すまない、許してほしい。俺はみんなの人生をメチャクチャにしてしまった。


空は青かった。田村は目を閉じた。

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