正義の人
結局、菅原は優木の自殺についての疑惑を払拭できず、くわえてクラス内のいじめを傍観、助長したとされる密告が届いたことで、ついに学校を去った。無論その密告者とはすなわち俺のことだが、もはやそのことに興味はなかった。いま、教室では面白いことが起きていたのだ。
大勢の生徒に囲まれている、ひときわ大柄な少年。田村だった。イレギュラーな出来事が続き、神経質になっていた生徒たちを上原が煽動したらしかった。彼は集団の先頭に立って、さも正義の味方のように、堂々と胸を張って言った。
「近頃、イヤなことが続いてる」
「坂倉くんが死んで、横溝は犯罪者になり」
「挙げ句の果てには菅原まで辞めた」
「ここまで重なると偶然とは思えない、誰かの意思を感じるんだ」
上原はわざとらしく首をかしげた。
「じゃあ、誰が?」
「僕は考えたよ。人の不幸を面白がるやつ、人の不幸を願うやつが周りにいなかったかをね」
「するとすぐに浮かんだのが、君の顔だよ」
彼は笑った。明らかに人を侮蔑し、見下した笑いであるのに、彼の端整な顔立ちがその歪みを隠した。しかし田村にだけは、それがいやらしく歪んだ笑みに見えた。
上原が俺を指差す。
「みんなも知ってのとおり、田村は比山をひどくいじめてた」
「誰も救おうとしなかったが、それを咎めようとは思わない」
「僕だって、田村が怖くて傍観するしかなかった」
「でももう違う。僕は比山を助けたいし、田村に立ち向かいたい」
「いいか、田村。もう君の味方はいない」
「もう僕たちは君のことなんて怖くないんだよ」
上原が合図をすると、控えていた山田と太田が前に出た。二人は田村と同じくらいに大柄だが、性格は温厚だったはずだ。しかし、二人の目には明らかな憎悪と闘争の色が宿っていた。
田村は表情を変えず、二人を見つめている。そのときだった、死角から別の生徒が現れて、田村を殴った。さすがに対応できず、彼は体勢を崩す。そこを山田たちが突いた。喧嘩慣れこそしていないものの、その体重から放たれる打撃はやはり重かった。田村も応戦するが、いかんせん四面楚歌の状態では具合が悪い。はじめこそカウンターを織りまぜながら戦えていたものの、じきに一方的なものになった。倒れ込んだ田村を二人が蹴り、そしてその人数は次第に増えていった。
やがて暴力が終わると、集団は俺のもとにやってきた。彼らの背後には力なくうずくまるかつての支配者がいた。
「比山くん」
上原は大袈裟に申し訳なさそうな顔をして僕に頭を下げた。それに合わせて、先ほどまで暴力に酔いしれていた大勢もまた頭を下げた。
「僕たちは君がいじめられているのを目の前にしながら、恐怖に負け傍観に徹した。本当にすまなかった」
俺はしばらく考え込んでから、言った。
「上原くん、もう過ぎたことだから」
「だから、みんなも頭を上げてよ」
「ありがとう、じゃあ、僕たちは友達だね」
上原が手を差しのべてくる。俺はそれに応じた。
拍手と歓声。誰もが正義に酔っていた。友情と平和のすぐ後ろで、傷だらけの少年が横たわっている。彼はしずかに、今までの自分の罪を悔いていた。




