88話 冬休み、始まる
「ぬぅ~~~……」
桜木先輩と電話をしてから一日。
今日が2学期の最終日ということも関係なく、俺はいまだ変わらず懊悩の只中にいる。
「織宮くん、どうかしたの?」
終業式が恙なく終わって担任を待っている間の実質の自由時間。机に突っ伏していた俺の唸り声を聞いたのか、水方くんが心配して声をかけてくれた。
「あぁ、水方くん。大丈夫だよ、ちょっと考え事してただけだから」
「そう? ちょっとにしては結構大きい唸り声だったけど……」
「あはは……心配しないで。よくあることだから」
そんなに驚くほど大きかったのか、俺の唸り声。今後は気を付けるよう心に留めておこう。
「よくあることなら、それはそれで考え物だと思うけど……」
ごもっともで。
「それも……気にしないで」
水方くんは、一応は引いてくれた。納得してくれたかどうかはわからないが。
「おーい席に着け―。お待ちかね通知表の時間だぞー」
さっきから同じようなことしか言ってない気がするなーなんて考えていると、前方の引き戸を開けて先生が入ってきた。
それを契機に、水方くんを含めて立っていた生徒たちが一斉に自席へと戻っていく。
そして、全員が着席したのを確認してから、先生がこの一年について、これからについてを話していく。要は進路に関することだ。俺もちゃんと考えないといけない頃合いなのだろうが……今は正直それどころじゃないな……
それも終われば、遂に通知表が渡される時間だ。
「じゃ、名前呼んだら前に取りに来いよー。見せ合いは全部終わったらいくらでもすればいいから、まずは受け取ったらすぐに自分の席に戻るように」
試験返却の時と同様に、出席番号1番の生徒から前方に自身の通知表を受け取りに行く。
成績を見てあからさまにガッツポーズをする人。良かったのか悪かったのか無言で即閉じ天井を仰ぐ人。逸る気持ちを抑えられず早めに立ち上がる人。いろんな人の一喜一憂を教室後方から眺めていると、知っている名前が呼ばれた。
「都島」
「はーい」
伸びた返事をした都島さんは、頬に当てていた両手を解いて席を立つ。先生から通知表を受け取ると、中を見ることなくそのまま自席に戻っていった。どうやら座ってから見るタイプらしい。
通知表を開いた都島さんは少しだけ頬を緩め、なるほどねーといった風に小さく頷いた。余裕の笑みか、それともまずまずだったのか、どちらにせよ納得のいく結果だったようだ。期末試験の順位が33位だったことからも、少なくとも悪いということはないはずだ。
「蓮見」
それから幾人か後。都島さんから目を離し前を向いた頃に名前を呼ばれた、蓮見という女子生徒。返事もなしに坦々と前へと赴いた彼女は、文房具屋で見かけた都島さんの友人だった。
(あの人、蓮見っていうんだ)
前は忘れていた……というか覚えてなかったから今回は忘れないようにしよう。そも言葉を交わしたことないし、今後接点があるかはわからないけど。
蓮見さんは都島さんと同じく、受け取ってすぐは開くことなく、戻ってから確認するタイプだった。
違ったのは見てからの反応。眉一つ動かさず、まるで興味などないというようにただじっと、灰色の双眸で見つめているだけ。あんなに通知表を興味なさげに眺める人初めて見たかもしれない。
「水方」
「はいっ」
俺の番もそろそろ近づいてきたかというあたりで、綾葉高校で一番交流がある人の名前が聞こえた。
やや強張った面持ちで、水方くんは前に出る。わかりやすく緊張しているな。
水方くんは大多数と同じく、受け取ってすぐに通知表を開く。上から順に見ていっているのか、表情は見えないがピクリとも動かない。やがて、先生に何かを言われて慌てて席に戻っていった。
(ははは……先に戻れとでも言われたかな)
水方くんの結果は……まぁ、そう遅くないうちにわかることか。
そして、またひとり、ふたりと生徒が各々の通知表を受け取っていき――
「織宮」
その最後にようやく俺の名前が呼ばれた。皆と同様に、返事をして先生から通知表を受け取る。
「織宮は皆より期間が短いから全体的に低くなっている。だが、期末試験の成績を見ても十分に学力はあるから、今回の結果を重く受け止める必要はないだろう」
「はい」
「かといって、胡坐をかいていていいわけじゃないがな」
「はい」
先生の言葉通り、俺だけは皆と評価基準が異なる。それも当然、時間にして1ヶ月半と少しの評価期間で、夏休み明けの9月から評価がスタートしている皆と同じように成績を付けられるはずがない。
自席に戻り、ゆっくりと結果を確認する。まぁ、副教科はそこまで気にしなくてもいいか。
国語:3
数学:2
英語:3
理科:2
社会:3
(おお……これはまた、見事と言うべきか)
文系と理系で綺麗に分かれている。先生は低く評価されてるって言ってたから、実際はもう少し上なのだろう。なら、1がひとつもないだけ上等というものだ。
俺が自分の成績を眺めている間に、先生が最後の話を進めていく。と言ってもさっきほど長くはなく、そう時間をかけず終礼の終わりを告げる号令がなされた。
かくして、終業式の全日程が終わり、明日からはいよいよ冬休みが始まる。……俺の気はまだまだ休めることはできないけど。
◆◇◆◇
学校が終われば、今日は午後が丸々空いている。なので本来であれば、家に直帰して昼を済ませてから沖田さんへのプレゼントを探しに出かけるところだが、そうもいかなかった。
ひとつ、予定があったからだ。
「じゃあ、ぜーいん揃ったところで、通知表発表会のか~いさ~~い!」
喫茶店「Frieden」の片隅。
高らかに宣言するのは、俺とそして水方くんの正面に着座している、右の拳を突き上げた祈鷺先輩だ。俺たちふたりは、先輩の音頭に応えるように、かつ迷惑にならないように控えめに拍手をする。
「それじゃあおふたりさん、準備はよいかな~?」
俺たちはそれぞれ、自分の通知表を閉じた状態でテーブルに置く。……というか、この人なんでこんなに楽しそうなんだろ。
「そいじゃあ、せ~のっ!」
先輩の掛け声で3人一斉に通知表を開く。各々自身の結果は知っているので、他ふたりの結果を見ていく。
祈鷺先輩は、理数が5、国語が4、英語と社会が3。
水方くんは、理数が4、英語と社会が3、国語が2だ。
正直、この結果は大体見えていた。
なぜなら、これは学校の通知表。体育科や芸術科のような専門学科でもない限り、最も重視されるのは学力であり、定期試験の点数。もちろん授業態度や忘れ物なんかも判定基準に含まれるが、重視されるのはもっと後、内申だ。
「まぁ……予想通りっちゃ予想通りだね」
そう。結局のところ、テストの点がよければ通知表も5に近づき、悪ければ1に寄る。露骨な授業妨害や目に余るほどの忘れ物、そして遅刻や欠席を繰り返していなければそんなものだ。
「先輩が一番テンション下げちゃいけないと思いますよ」
「だってビックリするほど期末と一緒なんだも~ん」
いや、それは確かにそうなんだけど……企画者がそれ言っちゃ本末転倒だろう。
「あーでも、織宮くん思ったより低かったかもね」
「確かに、それは僕も思いました。英語なんて95点あったのに」
「あーー、それは――」
俺はふたりの疑問に対して、担任から言われたことを伝え説明した。
「なーるー。つまり、織宮くんは実際はもうちょい上ってこと?」
「そういうことですね。でも、水方くんも期末の影響で2学期より上がってるじゃん」
通知表には、1学期の成績の欄もある。俺は今学期からだったため空白だったが、水方くんや祈鷺先輩のものはしっかり記入がある。
「うん。これも勉強会のおかげだよ」
水方くんの成績を以前のものと比較すると、期末で最も点数が低かった国語以外が全て1段階上がっている。苦手な文系でも英語の成績が上がっているのは先生の違いといったとことか。
「この調子なら、3学期は国語も上がりそうだね」
「うん。でも、まずは落とさないように……かな」
水方くんは消極的に言うが、俺は多分その心配はないと考えている。なぜなら恐らく――
「じゃあ、そーならないよーに、次の中間も勉強会開催けってーい! だねっ」
――恐らく祈鷺先輩がこう言うと思うから……そう考える間もなく、第2回勉強会の開催が決定した。
俺も、あの時間に対して否定的に思う部分はないし、賛成しておく。祈鷺先輩のおかげで理数の成績伸びたのも事実だし。
水方くんも、若干食い気味だったが賛成の意を示した。まあ、祈鷺先輩と勉強会なんて断る理由ないだろうしね。
「すみません。俺、午後から用事があるので今日は失礼します」
と、全員が賛成したところで、キリもいいと思い俺は席を立つことにした。時間的にはそれほど長居はしていないが、今の俺の最優先事項のことを考えると取れる時間は多い方がいい。
「そぉ? せっかく盛り上がってきたのに~、残念。冬休みは大体シフト入ってるからまた来てねー」
「はい。近いうちに」
申し訳ないとは思うが、恐らく年内にもう一度くらいは来るだろうからそれで勘弁願おう。
「織宮くん、またね」
「うん。それじゃあ、また」
祈鷺先輩と水方くんに見送られ、俺は店を後にした。
さて――家に帰って昼食を取ったら、沖田さんへのプレゼント探しに出発だ。
皆さんはテストや通知表を受け取る時ってどんなタイプでしたか? 筆者は自分のふたり前くらいには既に立って前に出る準備してました。なんか気が急くんですよね。
でも結果はその場で見ずに席に戻ってから見てました。多分座って落ち着いてから見たかったんだと思います。
あと、前話を投稿した後に気づいたんですが、どうやら合計30万字を超えていたようです。書き始めた当初は50話くらいで終わるかなーなんて思ってたんですが、今では100話行きそうですね。想定と全然違う……
この調子だと100話は行くと思うので、もうしばらくお付き合いいただければ。




