87話 増えては消えぬ悩みの種
俺は今、絶賛ピンチの只中にいる。その理由は今日が何日かということにある。
今朝目を覚まし、アラームを止めるためにスマホをワンタップ。そのまま引き寄せ、映し出されたロック画面に書かれていた日付は――――12月21日。明日は綾葉高校での今年最後の登校日である終業式。だが今のピンチにそれは関係ない。
「これは……非常にマズい……」
何がマズいかというと、4日後はもうクリスマスだ。そう、あのクリスマスだ。イエス・キリストの誕生日もとい、カップルにとってのスペシャルイベントとされているところのクリスマスだ。そして3日後はクリスマスイヴだ。
ここ最近、いつもならないことが色々とありすぎてすっかり頭から抜け落ちていた。というか、今まで縁がなさ過ぎてただの平日だったから全く意識してなかった。
つい先日、クレーンの景品とはいえプレゼントを贈ったばかりで畳みかけるようになってしまうかもしれないが、このイベントを逃すわけにはいけない。
「でも……そもそも会えるのかな」
沖田さんの都合がつくまで待つと言った以上、俺の方から行ってしまうとそれがどんな理由であれ偽ることになる。沖田さんだって事情があってのことなんだし。……いやでもさすがにこんな状況だし構わないんじゃ……それに国が違うわけでもないのにクリスマスプレゼント郵送はどうかと思うし。……いやでもなぁ~~……
(沖田さんの意志を尊重し自分の発言を貫くことを優先するか、プレゼントを直接渡すことを優先するか……)
どちらを選ぶべきなのか、どちらを選ぶのが正しいのか。頼むから誰か答えをくれと叫びたい。
俺の本心だけで言うなら、正直何よりも沖田さんに会いたい欲が一番強いのだが。
「こういう時に優柔不断なのが、なんか『俺』って感じだな……」
いっそのこと例の無意識状態にでもなれないだろうか。そうしたらその後の羞恥と引き換えに勝手になんでもやってくれるのに。言うつもりのなかったことまで声に出てたみたいに。何気に俺の無意識発言って沖田さんに対して有効らしいからなぁ。
(というか、行く行かないで迷ってるけど、そもそもプレゼントないと話になんねぇよな……)
なのだが、いつものことながら何を渡すべきかわからない。
そもそもクリスマスプレゼントって普通のプレゼントと何が違うんだ? クリスマスだからこそあげるものとかあるのか? せめて、沖田さんが欲しているものがわかれば……それこそわからねぇ。
「ぬぅーー……」
沖田さんの趣味である裁縫……を、俺ができるはずもない。できたとしても3日4日じゃロクなものが完成しないだろう。
お菓子作り……は、できたとしても駄目だ。念のため、直接渡すのにも郵送にも支障をきたさないものにするべきだ。
装飾品の類にすると髪ゴムと被るしなぁ……
ベッドの上でゴロゴロと寝返りを打ちながら模索していく。前回調べた時の記憶を辿ったり、新しく別の候補がないか考えたり、いつも通り検索にかけたりといろいろやった。
「あ、そうだ。桜木先輩なら何か聞けるかも」
いろいろやっている途中で、それは唐突に降りてきた。逆になぜ今まで気が付かなかったのかと自分自身に問いたい。
桜木先輩は、家族を除いて一番付き合いが長い人だ。それに、先輩なら沖田さんに漏れる心配もない。
俺は早速起き上がって、足だけベッドから降ろして座り、桜木先輩へと電話をかける。
『もしもし?』
幾度かコール音が鳴り、少し待つと沖田さんよりも長く聞いていなかった声が耳に届いた。
「先輩、お久しぶりです。織宮です」
『うん、久しぶりだね。どうしたの?』
「実は、折り入って相談したいことがありまして……」
先輩の様子に特に変わりはないようで、俺は早速事情を話すことにした。
『ふむふむ……なるほど。つまりは、耀弥ちゃんのことをすっぽかして、これまで経験のなかったあれこれをエンジョイしてたってことだね』
「人聞きの悪いこと言わないでください! 絶対ワザと言ってますよね!?」
『あははっ。冗談冗談~』
あぁ……そういえばこの人もイジりを入れてくる節があったな。
「つい先日プレゼント贈ったって言ったじゃないですか……クレーンの景品ですけど」
『私は別にいいと思うけどなぁ。彼氏が彼女にクレーンゲームの景品を取ってあげるなんて、ベタもいいところなんだし』
「そうなんですか?」
世のカップルはそんな高確率でゲームセンターに行ってるのか?
『漫画とかではお約束ってだけで、実際はどうか知らないけどね』
「なんですか、それ……」
『まぁでも、心配しなくてもいいと思うわよ』
ぬ? どういうことだ?
『私も見たから』
「見たって……?」
『キミとおそろいのウサギのぬいぐるみ、だよ。ちゃんと部屋に飾ってあったわ』
……そっか。正直最後まで不安な部分もあったけど、改めて贈ってよかったと思う。
『話は戻るけど、織宮くんの用向きは、耀弥ちゃんへのクリスマスプレゼントを何にしたらいいのかわからないってことかな』
「まぁ……その通りです」
そう言えば本題が飛んでいた。
一番沖田さんに近い先輩の助言なら、きっと大きなヒントになるに違いない。俺は佇まいを改め身構える。
『せっかく電話してくれたのに悪いけど、私からは何も言わないでおくわ』
「えっ、どうして……」
正直予想していなかった先輩の言葉に、動揺を隠せぬまま訊き返す。
『だって……』
意味深に言葉を一度切った先輩の次の言葉は――
『そっちの方が面白そうだし』
耳を疑いたくなるような、まさかの「面白そう」だった。
「それはないですよ先輩っ!」
こんなところで悪戯心を発動させてほしくはなかったですよ!
普段はしっかり者の頼れる人なのに……こういうところが玉に瑕だ。それともこれも魅力のひとつなのだろうか。
『あははっ。いいじゃない、実績はあるんだし』
「実績って……なんですかそれ?」
『紫苑の髪ゴム』
「それ……知ってたんですね」
沖田さんとの関係性もより深まったそうだし、今のふたりには何のわだかまりもないのだから知っていても不思議はないか。
『知ってたよー。って言うか、織宮くんが行っちゃった直後に気づいたんだけどね』
「さすが、よく見てますね」
『ま、だてに何年も片思いしてないからね』
これまでの桜木先輩の6年間の軌跡を「片思い」と表すとは……言い得て妙だな。
『それじゃあ、耀弥ちゃんと両思いのキミがどんなプレゼントを選ぶのか、楽しみにしてるね。バイバ~イ』
「えっ!? ちょっ……先パ――」
ツーツーと、耳元で通話終了を報せる音が鳴る。それは同時に、沖田さんへのプレゼントのヒント……その一縷の望みも断たれたことを意味する。
「…………マジでどうしよ」
まずプレゼントを何にするか。
そして、それをどうやって渡すか。
依然として解決しない悩みに、俺は後ろに大の字で倒れた。
◆◇◆◇
同時刻。場所は変わり、サクラモール。
悠灯との通話を終えた知春は、スマホを仕舞うとフードコート内に設けられた席のひとつに向かう。
「おまたせ。ゴメンね」
「ううん、大丈夫」
同席者――耀弥は、気を悪くした様子もなく戻ってきた知春を迎える。
「……誰?」
「ん? 友達だよ。お正月時間空いてるかって」
今の悠灯の状況を知っていてかつ、楽しんでいる知春は流れるように嘘をつく。だがそれを耀弥が悟ることはない。それはひとえに耀弥のためであり、悪意も後ろめたさも、負の感情によるものが一切ないからだ。
更に言えば、せっかく悠灯がサプライズを用意しようとしているのに、それを勝手にバラすのは無粋以外の何物でもない。知春は、悠灯が耀弥にどんなサプライズをするのかが楽しみで仕方なかった。
「ふふふっ」
不意に知春が笑みを漏らす。
「……?」
「ううん。耀弥ちゃんが電話の相手を気にするなんて、前までは考えられなかったからね」
その理由は、耀弥の反応だった。
耀弥は基本的に自分に関係のないことには全くといっていいほどに干渉しない。知春の電話相手も、その範疇にあった。あらかじめ電話相手が耀弥の両親や悠灯だと知っていたならまだしも、もし知春の個人的な知人とわかっていれば訊くことはなかっただろう。
「迷惑、だった?」
「ううん全然、むしろ逆。こーんな他愛もない話を耀弥ちゃんとできるようになった……私はそれが嬉しい」
一緒にいる人の電話相手が誰か気になる――そんななんでもないありふれたやり取りを交わせるようになったささやかな変化が特別に思える。「6年の片思い」が結実した知春にとって、その感情は当然のものだった。
「……そう」
知春の純粋なその言葉に、耀弥は思わず頬を薄赤く染める。
それを見て知春もまた、喜色の笑みを浮かべる。
(さーって、織宮くんはどんなプレゼント持ってくるのかなぁー)
知春は静かに、目の前の妹と、遠くで悩む後輩の恋路に思いを馳せるのだった。
「クリスマスはキリストの誕生日ではない」……ということを知りビビり散らかしてます。正しくは「キリストの誕生を祝う日」だそうですね。
長年の常識が思い込みに変わった瞬間でした。
ただまぁ、そんなトリビアを本編に入れてもなぁということで、悠灯には勘違いしたままでいてもらいました。




