89話 選んだものは
「おおぉ~、デカいな」
沖田さんへのクリスマスプレゼントを求めて、俺は電車で数駅ほどの大型商業施設に足を運んでいた。なぜ休日でもないのにと思うかもしれないが、今の我が家の付近には凡そデパートと呼べるところがないのだ。ひと駅のところにショッピングモールはあるが、切符の値段変わらずでより大きいモールがあるなら数駅程度と、現在に至るわけだ。
外観からしてサクラモールよりも大きいことは一目瞭然で、軽く迷子になりそうだ。いや、これは初見じゃあ確実に迷子になるな。こういうトコって入り組みまくってて自分がどこからきてどこにいるのかわからなくなるし。
(取り敢えず、外にいてもしょうがないし入るか)
母に行き先を伝えた時、遅くはなるなと言われているので早速突入だ。
これほどの規模の大型商業施設は初めてということもあり、若干緊張気味に自動ドアを潜る。案の定というべきか、中は所狭しと様々な店が立ち並び、まるで迷路に迷い込んだかのようだ。
自分のいる場所がわからなくなることは想像に難くないので、そんなことは気にせず感覚のまま見てまわることにした。
さすがのショッピングモール、店の種類は豊富なのだが、だからといってそんな即座にピンとくることはなく。しばらく通路に沿って歩くだけの時間が続いた。
(服屋……はパスだな、センスに自信ないし恥ずかしいし。同じ理由で靴とかもないな。そもそも沖田さんのサイズ知らない)
あとは鞄とか? 確か水族館に行った時は淡い色のハンドバックだったよな。女の人って結構鞄持ってるイメージあるけど、沖田さんにはそんなイメージないんだよなぁ。
アクセサリー類だと前の髪ゴムと被るしそこは出来れば避けたい。
安直だが文房具とかの実用品を攻めるか……いやでもクリスマスプレゼント事務用品ってのも味気ない気が……
(んなぁ~~~~、何が正しいのかわかんねぇ!)
そんな風に、周りも見ずに考え事をしながら歩いていたからだろう。曲がり角にも意識が向かず、そのまま曲がろうとして、同じく曲がろうとしていた人と正面衝突してしまった。
「うぉっ!? ……すみません!」
完全に自分に非があったので即座に相手に謝罪する。
「いえ、こちらこそ……って、織宮くん?」
「へ?」
下げていた顔を上げると、そこにあったのは知っている顔――伊鶴さんのものだった。
「伊鶴さん……奇遇ですね。ってか、どうしてここに?」
「あぁ。俺の大学、この近くなんだよ。この時間は授業入れてないから暇潰しにな」
なるほど、そういうことだったか。
「大学って、確か芸大でしたよね」
「そ。写真のことが学べる学科があるんだよ」
写真の学科……世の大学にはそんなものがあるのか。大学で専門的に勉強するほど、伊鶴さんはそれほどまでに写真が好きなんだな。やはり将来は写真家とか、そういう方面に進むのだろうか。
「……で、織宮くんはなんでここに?」
「少し、買い物を……というか、探し物を」
「いやまぁ、そうなんだろうけど。なんでわざわざこんなとこまで……ってまぁ、あの辺デパートとかないもんな」
伊鶴さんの納得はまさにその通りで、どうやら伊鶴さんも家の近くにデパートなど大型の店がないことを不便に感じているようだった。俺と違いずっと住んでいるのだから、感じ方の度合いも一入だろう。
「――で、探し物って?」
「っと……クリスマスプレゼントを」
ここに来た目的を答えるが、なんとなく恥ずかしく感じるのは、頭の中に沖田さんの顔が浮かんでいるからだろう。
「あぁー、例のカノジョか」
「はは……そうです」
伊鶴さんは納得といった様子だ。
以前勉強会で祈鷺先輩に失言した時、店内には伊鶴さんもいたので当然知っている。それも照らし合わせれば、「クリスマスプレゼント」という単語だけで容易に想像がつくだろう。
「で、その様子だと難航してるみたいだな」
「そうですね。まだどこの店にも入ってないですし」
そもそもここ初見だからどこに何があるとかもわからないし。
「案内だけでよかったら手伝おうか。俺ここのことならほぼ把握してるし」
「いいんですか?」
「あぁ。次の講義までだけどな」
これは……願ってもない申し出だ。土地勘がある人がいるだけで効率は格段にあがるし、何より道に迷わなくて済む。それに、伊鶴さんは祈鷺先輩と違い茶化してくることもないから一緒に行動していて安心できる。
なんにせよ断る理由などなく、
「よろしくお願いします」
俺はふたつ返事で申し出を受けた。
「で……早速だけど贈るものは決まってるのか?」
「いえ、まだです」
今更だけど、結構危機的状況だよなぁ。イヴはもう明後日に迫っているんだから。
「じゃあまずはそこからだな。一番妥当なのは相手の好きなもの、趣味嗜好に合ったもの……モノで絞るんならアクセサリーとかも定番だよな」
「アクセサリーは、以前に髪ゴムをあげてるのでなしですね。それに、装飾品とか身につけるタイプじゃないですし」
その辺は、前に「Pastelregina」で髪ゴムを選んだ時と同じだな。
沖田さんが貴金属などキラキラしたもので飾るのを想像できない。もちろん、自分から進んで身につけるのであれば過ぎなければ止めはしないが、恐らく俺から勧めることはないと思う。
「じゃあ、趣味とか好きなことは?」
「それなら、手芸ですね。俺もハンカチを貰ったことがあります」
あれは今では俺の一番の宝物だ。肌身離さず……というわけにもいかないが、できるだけ持ち歩くようにしている。使いすぎてダメになるのが早くなっても困るので、毎度使っているわけではないが。
「あぁ~……だったら、ちょうどいいトコがあるぞ」
ちょうどいい所……って、どこだろうか。
さすが迷いのない伊鶴さんに連れられ、建物内を往く。
「着いたぞ。ここだ」
結構な距離を歩いて辿り着いたのは、3階の比較的ひと通りの多い一帯にある店の前。
「ここって……」
外観こそ記憶のものとは違うが、入口の上に掲げられたロゴと店名には見覚えがあった。
「『Cra-Ha』っていう手芸や裁縫の専門店だ。見ての通りかなり広いから、いいのが見つかるかもよ」
そう。サクラモールで沖田さんと会った時に訪れた「手芸広場 Cra-Ha」だ。だがその規模は、サクラモールのものを優に超えている。
「はい……知ってます。前にいた所にもありました」
「おっ、そうか。俺もよくは知らないんだけど、業界の中ではかなり有名らしいぞ、この店」
確かに、これほど売り場を確保できるなら相当大きな企業なのだろう。
俺はもう一度、店先のロゴを見上げる。サクラモールで初めて訪れ、結構気に入っていたロゴマーク。初めて沖田さんの「好きなこと」を知った場所。
(そっか……変に悩まなくても、沖田さんが確実に『好きだ』ってわかってるものにすればよかったんだ)
――沖田さんの手芸ライフの助けになるもの
それをクリスマスプレゼントにしようと決めて、ようやく第一関門をクリアできた俺は勇み足で「Cra-Ha」へと入る。
「どっから見てく?」
「そうですね……糸や針見ても仕方ないですし、便利グッズのコーナーなんかがあればいいんですけど」
糸や針を贈ろうものなら、それはもうプレゼントではなくただのお使いだ。しかもただのお使いではなく「頼まれていないお使い」だ。
「それじゃあ向こうの壁際だな。あっちだ」
なんか凄いノータイムだったな。もしかして全部把握してるんだろうか。
「伊鶴さん、ここ来たことあるんですか」
「ん? まぁ、入学した時から空きコマの暇潰しにこの辺ブラブラしてるからな。ここも、何かを買ったことはないけどひと通りは見てまわったな」
これは……とんでもなく頼りになる助っ人を得られたかもしれない。もし今度来ることがあったら伊鶴さんも誘おうかな。
その頼りになる伊鶴さんの後に続いて店内を見ながら歩いていると、一番大きいと思われる布地系のコーナーに差し掛かる。目移りしそうなほどバラエティに富んだ柄に、さすが手芸の専門店だと思わざるを得ない。
「便利グッズのコーナーは、店内にある商品から店側がおススメのものを厳選して集めてるから、ピンとくるのがあるかもな」
なるほど。有名店のお墨付きとあらば、期待は無条件に膨れ上がる。
「ほい、到着。ここがお目当てのコーナーだ」
そうこうしている間に、布地コーナーを抜けてすぐに目的地の「便利グッズコーナー」に着いた。壁には「あなたの手芸ライフのお供に」とキャッチコピー(?)が掲げられている。
「取り敢えず、順番に見ていこうか」
俺たちはそれぞれ自由に探していく。
「目打ち、紐通し、クリップ……アイロン定規ってなんだ? ……シャーペンって、チャコペンと同じ用途なのか? こっちは……ハンディミシンに、裁縫用の文鎮? そんなのもあるんだな」
俺でも知っているものもあるにはあったが、手芸の初心者ですらない俺にはよくわからないものも多い。
「こうしてみると、手芸のグッズって結構いろいろあるんだな」
今更だが、いいと思って選んだやつを沖田さんが持ってる可能性って十分あるよな……そういうの全然考えてなかった。
「織宮くん、こんなのどう?」
少し離れた場所で独自に探してくれていた伊鶴さんが、ひとつの商品を持って手招く。
「これ、なんですか?」
伊鶴さんが持っていたのは、ちょうど片手で持てるサイズのプラスチックの柄が付いた、やや小さめの円盤型の刃物だった。ぱっと見ピザカッターだ。
「ロータリーカッターって言うらしい。布の裁断に使うんだって」
「正直工具にしか見えないんですが……」
ホームセンターにこういうの売ってそうだ。
「でもこの会社、手芸用品作ってる会社だぞ? ほら」
そう言うと手近な商品をひとつ取って、カッターと並べて見せてくる。……確かに、同じ会社だ。
「それに、このデザインは工具っていうにはファンシーだろ」
言われてみると、工具用のカッターって金属製でもっと無骨な感じだが、これにはそれを感じない。
「でも、クリスマスプレゼントに刃物ってどうなんですかね……?」
裁縫道具とはいえ、ムードの欠片もないような気もする。でも、紐通しとかクリップとかって、普通に持ってそうなんだよなぁ。
道具の場合、同じものがあれば持て余す。かと言って糸なんかの消耗品になると、さっきも言ったがプレゼントとは呼べない。
(こんなことなら、1回でいいから沖田さんが裁縫してる姿見ておくんだったな……)
そんなチャンスは一度としてなかったわけだけど。
「そうか? 俺は別にいいと思うけどな」
俺の懸念を、伊鶴さんはサラッっと否定した。
「もし、バリバリの運動部で工作にさして興味ない相手にカッターナイフあげたとしたら、どう思う?」
バリバリの運動部で工作に興味のない相手にカッターナイフをプレゼント……それは、普通に考えたら……
「なんで? って思いますかね」
「じゃあ、ガーデニングが趣味の相手に園芸用のハサミをあげたとして、どう思う?」
それなら、同じ刃物でもガーデニングという明確な用途と関係性があるから……
「十分納得に足るかと」
「そういうことだ。一概に刃物といっても、ものと条件によっちゃプレゼントとして相応になる。それに、裁ちバサミよりは見栄えもいいと思うぞ」
なるほど、確かに一理ある。ロータリーカッターは刃物である以前にれっきとした手芸道具だ。伊鶴さんの例え通り、ちゃんと沖田さんにあげることに違和感のないものという条件は満たしているし……なにより、俺自身いいなと思っている。
「……これにします。彼女がこれを持ってるかどうかは別として、一番ピンと来たのは事実ですし」
俺は複数あるカッターの色の中から、薄い緑色のものを選んで手に取る。ちなみに後はピンクとオレンジだ。
「あぁ。決めるのは織宮くんだ」
人生初の、誰かにあげるクリスマスプレゼント。これでいいのかという不安がないと言えば嘘になるが、これが俺が沖田さんに贈りたいと選んだものだ。
「まぁ、俺彼女いたこと1回しかないし、プレゼント渡す間もなく1ヵ月ちょっとで破局したからアテになんないかもしれないけどな」
「なんですかその後出し……」
まるで俺が決めるのを待っていたかのように、伊鶴さんは自分の助言を否定するようにカラっと笑った。しかもなんか1ヵ月ちょっとで破局とかサラッと衝撃の事実をブチ込んできたぞ……本人は特にネガティブに思ってなさそうだが、これは触れないでおこう。
「はははっ。まぁ適当は言ってないからそこは安心してくれ」
なんというか、伊鶴さんがこんな風におどけるのは珍しい気がする。いつもは祈鷺先輩に突っ込みを入れたり拳骨を落としたりしているからイメージになかったけど、こんなコミカルな一面もあるんだな。




