81話 思わぬ繋がり
「あぁそうだ水方くん、写真部だったよね。あったよ、遠柳にも」
話題逸らしの意味も含めて、脱線しまくった最初の水方くんの質問に答える。
「遠柳!?」
声を上げたのは水方くんではなく、伊鶴さんだ。……今日の伊鶴さんはやたらと驚いている気がする。
「どしたの伊鶴くん?」
「いやっ……っと、織宮くん。ひょっとして、前の学校に緑川って女の子いなかった? 今3年の」
伊鶴さんから出てきたのは聞き覚えのありすぎる名前だった。さっきも思い出していたからか、顔まで鮮明に頭に浮かぶ。緑川という名前自体はそんなに珍しくもないだろうが、3年で他校の生徒にも印象に残るような人……十中八九俺の想像している「緑川」先輩で間違いないだろう。
とはいえ、一応確認はしておく。
「その人の下の名前って、茅沙ですか?」
「そうっ、その子! やっぱりそうだったんだ」
なんと言うか……やっぱりな。あの人ほど初対面短時間で強い印象を与えてきた人はいない。あの人と比較したらうるささに定評のある3バカが霞むほどだ。
「その、みどりかわちさ? って子がどーかしたの?」
「去年の、最後のコンクールでな」
「あー、確か優秀賞取ってたよね伊鶴くん」
「そう。その時最優秀賞取ったのが、遠柳の緑川茅沙って子なんだ」
なんと。緑川先輩ってそんなに凄い人だったんだな。……ただ賑やかな人だと思ってた。
「へぁ~。面白い繋がりがあるもんだね~」
「知ってるって言っても、一度だけ話したことがあるくらいなものですよ」
その一度のインパクトが強烈だったわけだが。
「でも、そんな食い入るくらい凄い写真だったの?」
「あぁ、今でも覚えてるぞ。野良猫が3匹重なって寝てる写真だった。3匹とも模様が違ってたから印象にも残りやすかったしな。光景の珍しさもそうだけど、ちゃんと全員の顔が映る構図だった」
俺はそこで伊鶴さんの言う情景を脳内検索にかけた。そう深く潜る必要もなく、思い出すのは文化祭の2日目。緑川先輩に連れられ訪れた写真部の展示エリアで目にした部員たちの作品。
……あったな、その写真。確かに先輩の写真の中で一番初めに目に入ったけど、コンクールの最優秀賞を取ったものだったとは。そんな文言一文字たりと書いてなかったよな。
「その時展示場で会ったんだけど、意気投合してそのあとコレクション見せ合ったり写真談義したりで1時間くらい話し込んだんだよ。いやぁー、あれだけ熱くなったのは初めてだな」
なんと。まさか先輩のあのテンションに対等についていける人がいるとはな……
今日この短時間だけで伊鶴さんの印象が大きく変わった。今まではユーモアはあるが基本的には物静かという印象だったが、どうやら好きなことに対しては緑川先輩並みに熱くなれる人らしい。
「あ、じゃあ織宮くん。甲斐野創くんって、知ってるかな?」
と、なんだかいいテンポで言葉を交わす兄妹を眺めながら世間の狭さを実感していると、またしても記憶に新しい名前が登場した。今度は、話題の旗振り役でありながら梶倉兄妹に流されていた水方くんだ。
「知ってるよ。写真部の今の部長で、緑川先輩とも仲が良かったから」
アレを仲が良かったと表するのかは疑問が残るところだが。まぁ、そこは今は置いておこう。
「そうだったんだ。彼、今年の最優秀賞取ったんだよ」
「えっ、そうだったの?」
「うん。落ち葉が風で渦状に舞ってる写真でね。角度や葉の見え方が絶妙で、本当に風が見えるみたいだったんだ。葉が舞うくらいの短時間でよくあんな構図が取れるよなぁって思ったよ」
あ、それも知ってる。甲斐野くんの展示の中にあったな。
確かに葉が、それも渦状に舞うのなんてそんなに長く続くことじゃない。その間に激写できるなんて、俺にはまず無理な技だ。
「それと、題名が『無力』っていう変わったものだったのもあってよく覚えてるんだ」
あぁー……そう言えば甲斐野くんの題名付けのセンスって独特だったなぁ。
「え、何そのタイトル。ちょっと怖い」
どうやら祈鷺先輩はお気に召さなかったらしい。俺は好きだけどなぁ、あのセンス。
それにしても……あのふたり凄ぇな。文化祭で写真部があれだけの展示スペースを与えられたのも肯ける。緑川先輩が言ってた「実績がある」というのは俺が想像していた以上だったようだ。
思わぬ話題で賑わいを見せてきたこの場だが、予想外の介入で4人ともが現実に引き戻されることとなった。
「盛り上がってるところ水を差して申し訳ないが……伊鶴、祈鷺。そろそろ水方くんを座らせてあげたらどうかな」
大人が子供を諭すように店長がそう言う(事実そうだが)。
「あっ、ホントだぁ! 水方くんお客さんじゃん!」
「話が弾みすぎて完全に忘れてたな……」
そう。客として来たはずの水方くんだが、今の今まで入口で立ったままなのだ。
「ごめんねぇー、水方くんっ」
「い、いえっ、気にしないでくださいっ。僕も忘れてたので」
両手を合わせ深々と謝る祈鷺先輩と、それに慌てて……というより焦ってフォローする水方くん。
(ふーむ……さっきから気にはなっていたけど、もしかして……)
そんなもしかしてという疑念も、後で訊けばいいやと一旦頭の隅へ追いやる。
そして、せっかく居合わせたんだしという理由で、俺は水方くんと相席をすることとなった。祈鷺先輩によって。
「それじゃあ、あたし着替えてくるからごゆっくりね~」
その祈鷺先輩は早々に店奥に引っ込んで行ってしまった。
「えっと……ブレンドコーヒーと、チーズケーキを」
オーダーを取り終えた伊鶴さんも仕事に戻り、今は俺の対面に水方くんひとりだけ。
さっきも言ったが、俺たちは毎朝の挨拶以外まともに話したことがない。そんな相手と唐突にふたりきりにされても何を話せばいいのやら。
そんなことを考えていたら、水方くんの方から動いてくれた。
「それじゃあ、改めて。水方雄星……雄大の雄に星で雄星だよ。よろしくね」
どうやら今一度自己紹介と行くようだ。
「織宮悠灯。悠久の悠に灯で悠灯。こちらこそよろしく」
うわぁ……初めてやったけど、なんか恥ずかしいなこの自己紹介。灯はともかく悠久とか日常生活で使わないだろ。
なにか他にないかな……悠長、とか? いや、ソレは自己紹介で使うのヤだなぁ。
「織宮くんはいいね。名前負けしてなくて」
俺が羞恥と苦悩に暮れていると、そんな羨望の言葉が水方くんから零れた。
「名前負け?」
「うん。悠然とした灯火、何事にも動じず静かに悠久に燃え続ける……そんな感じするよ」
「……」
想像もしていなかっただけに思わず言葉を失う。なんと言うか……なんだろう。それは買い被りすぎだ。彼には俺がそんな悠久に燃え続けるような大層な人間に見えているのだろうか。俺だってよく動揺するぞ。そりゃあもうとてもよく。
……水方くんって、もしかして詩人の気質でもあるのかな?
「ほら。転校してきた日だって、それまでとは全然違う環境で、周りは知らない人ばかりなのに緊張もせず堂々としてたし」
それは経験しすぎて慣れてるからだし、堂々としてたわけじゃなくて普通にしてただけなんだよなぁ……
「さっきも言ったけど、僕の名前って雄大な星って書くでしょ。でも正直僕は気が強い方でもないし、何か輝けるものを持っているわけでもないし、名前と見合ってないって思うんだ」
笑って自分を下げるように言う水方くんには、どこか慣れのようなものが感じられた。嫌な慣れだなと思う……でも、俺は何か助言になるような言葉を持っていない。繰り返しになるが、そもそも俺たちがまともに話すのはこれが初めてだ。そんな相手に何を言えと。
「俺は、気にしないかな。自分の名前の通り、親が込めた思いの通りに生きていける人なんて、ごく少数だと思うし。それに、俺も普通に動じるしね」
ゆえに俺は、自分の考えを伝えるだけに留めておいた。あと俺に対する印象も否定しておいた。
「そっか……って、なんかゴメンね。いきなり重苦しくしちゃって」
水方くんのその言葉で会話が一度途切れ、ちょうどと言うべきか伊鶴さんが水方くんの注文したものを持ってきた。
俺は好都合と、すっかり冷めてしまったコーヒーの残りを一気に流し込み、伊鶴さんが離れる前におかわりを注文した。
(さてと……こっからどうするか……)
水方くんは届いたばかりのチーズケーキに舌鼓を打っている。
さすがに対面で黙りこくっているのは気まずすぎる。直近の話題が話題だし。
少し考え、写真部の話を掘り返そうかとも思ったが、ちょうど保留にしておいた件を訊くことに。ちょいちょいと手招き耳を借りる。
「違ったら否定してくれてもいいんだけど……もしかして水方くんって、祈鷺先輩のこと……」
軽く身を前に乗り出し右手で口元を隠し、他の人に聴こえない程度の声量で尋ねてみる。全ては言わずに。
チラリと横目で反応を見る……と、わかりやすく動揺した様子が窺えた。
「ど、どうして……わかったの?」
左手で口元を隠し、小さく告げられたのは肯定の言葉。
(あーーー…………やっぱりかぁ)
予想通り、どうやら水方くんは祈鷺先輩に恋をしているらしい。
「んーー。まぁ、祈鷺先輩と話す時だけ極端に緊張してるみたいだったし、手も結構強く握ってて震えてたし。あと、先輩が肩に手置いた時固まってたよね」
俺は考えられる、というかわかった理由を挙げられるだけ挙げて伝えてみた。
「そ……そんなに?」
「他の人は知らないけど……俺は見てて結構わかりやすかったよ」
まぁ実際、好きな人相手に妙に緊張するとか、俺も似たような経験があったからというのもあるが……わざわざ言うまい。
「ひと目惚れ……だったんだ。最初はね」
最初は、ということは本格的に好きになったのは関わっていくうちにということか。あれだけあっけらかんとした性格だからこそ、そういう人を好きになる人もいるのだろう。
楽観的というのはともかく、明るい、楽天的な性格というのはそれだけで長所たり得る。水方くん本人も言っていたが、気弱と言うか、祈鷺先輩とは対極の性格の人ほど憧れたり惹かれたりするのだろうか。
「どうした? 内緒話か?」
「ふあっ!?」
内に秘めた思いを暴かれ羞恥に陥っていたところで虚を突かれた水方くんは、反射的に声を上げ目に見えてビクッとした。
伊鶴さんだ。俺が注文したコーヒーの2杯目を手に立っていた。
「おぉっ……びっくりした」
どうやら俺たちの様子が気になって、コーヒーを持ってくるついでに窺いに来たらしい。
確かに、片方が身を乗り出し、口元を手で隠しながら会話しているとなると周りからは奇妙に映るだろう。
「伊鶴先輩! あ、い、いえっ……なんでもありませんよ……!」
「お、おう。そうか……」
慌ててなんでもないと強く否定する水方くんと、若干気圧され気味の伊鶴さん。まぁさすがにこのタイミングで「あなたの妹が好きです」とは言えないわな……
状況を掴めず疑問顔の伊鶴さん、自身の恋愛の情報漏洩が防がれ安堵する水方くん、そしてどう形容すればいいのかわからない微妙な表情をしているであろう俺。
重い空気から脱しようと始めた話題だったが、結局微妙な終わり方をしてしまった。……もしかして、話題振り間違えたかな。




