80話 先輩と後輩と、クラスメイトと転校生と
74話の瀬良家についてからの部分を少し加筆しました。物語の進行自体に影響は出ませんが。
瀬良家から帰ってきたその夜。既に父が帰宅していて、家族3人揃って食卓を囲んでいた。
話題はもっぱら昨日今日の出来事がメインだったが、あったこと、瀬良がやらかしたことをそのまま話せばそれだけで、食卓は盛り上がった。
そしてそれもひと通り話し終わり、ひと段落すれば、自然と話題も変わる。
「悠灯、学校はどうだ?」
父にそう尋ねられ、ご飯を口に運んでいた手を止める。
「特に問題ない。授業進度自体は遠柳の方が進んでたからついていけてるし。来週期末試験あるけど皆と同じように受けられる」
なんなら、こんな時期に瀬良の家に泊まりで遊びに行けるくらいには余裕がある。
答えてから表情を窺うと、そうじゃないと言いた気な様子だった。
父の意図は理解していたので、俺は「わかってるよ」とわざとらしく薄く笑ってから訂正した。
「良くも悪くも変わりない、かな。特別仲のいい人がいるわけでもないけど、孤立してるわけでもない。少なくとも、父さんたちが心配してるようなことにはならないよ」
両親の心配とは即ち、俺が人と関わることそのものを諦めること。直接言われたことはないが、それくらいは俺でも理解できる。
確かに以前の俺ならどうなっていたかわからない。だが俺の人生は沖田さんと出会ったことで分岐点を迎えた。ゆえに、そんな心配は不要と言ってのける。
「そうか。ならいいんだ」
「うん」
この話題はこれで終わり。もともと引き伸ばすようなものでもなし。
その後はいつも通りの夕食に戻った。
◆◇◆◇
綾葉高校では、定期試験の2週間前になると、国語、数学、英語、理科、社会の主要5科目の小テストが実施される。らしい。
成績には一切影響はないものの、結果次第で試験本番へ向けて危機感を持ってもらうため……らしい。
さっきから要領を得ないのは、俺がまだその小テストを今回の1回しか受けたことがないからだ。次の期末試験がここでの1回目の定期試験になる。
なぜ今その話をするのかというと、今日の終礼時――つまりこれから、その結果が全て返ってくる。つい先日受けたばかりだが、小テストということもあり40人近いとは言え採点にそれほど時間を要しないようだ。まぁ、休みも挟んでたしな。
そして今、先ほど受け取った5科目分の採点済み答案用紙が手元にあるわけだが……50点満点で平均は切り捨てで40点。数学が少し飛び抜けて低いが、まぁほとんど遠柳高校でもやったところなので現状で危な気はない。
「……はぁ」
自席で答案用紙を眺めていると横の方から結構重めの溜め息が耳に届いた。声の正体は俺のふたつ隣の席の男子生徒。このクラスで唯一、毎朝俺に挨拶をしてくれる人だ。
本当に挨拶を交わすだけの関係性なので特に思い入れがあるわけではないが、こっそりとひっそりと本番の健闘を祈らせていただこう。
先生から来週の試験についてと勉強を怠らないようにとのお言葉をいただいて終礼も終え、放課後。俺は屋上に寄ることなく「Frieden」に直行した。
沖田さんもいないし、時期も時期なので何もせずただいるには寒すぎるだけなので取り敢えず屋上に行くのは打ち止めにしたのだ。
もう慣れた道を辿り、目的の場所へ。いつも通り、店長と今日もいた史渡さん、そして大学の日程を午前で終えた伊鶴さんに出迎えられ、ほとんど指定席となりつつあるふたり席に腰を下ろす。
「ブレンドとブラウニー、お待たせしました」
いつものオーダーを伊鶴さんが持って来てくれる。
「悠灯くんってホントにブラウニー好きだよね。他の頼んでるとこ見たことないよ」
時間に余裕ができたようで、そんな話題を振ってくれる。
確かにここに来るようになってもう10回間近になるが、ブレンドコーヒーとブラウニー以外を注文したことがない。
「初めて来たときに頼んだのがコレだったんで。その時になんとなく、好きだなって思って、それからはもうほとんど習慣になってます」
「そっかぁー。あ、ちなみに今日のは俺が作ったんだぜ?」
「えっ、そうだったんですか? 全然気づかなかった……」
「俺が初めて、お祖父ちゃんに認めてもらったのがブラウニーなんだ」
素人味覚と言われればそれまでだし、まだ10回にも満たないが、俺はここにきてずっとブラウニーを食べ続けている。伊鶴さんが作ったと聞いた後でも、いつもの味としか思えない。ほろ苦さと甘さのバランスや焼き加減など、店長のソレが完全にトレースされている。
「織宮くんをダマせたなら、結構自信になるなぁ」
そんな、なんとも嬉しいことを言ってくれる伊鶴さん。
コーヒーとブラウニーを交互に一度ずつ喉を通し、ほぇーと漏らしていると、入り口のベルが鳴り響いた。
(この時間帯……祈鷺先輩かな)
と、その予想は意外な方向に外れた。
「こんにちはー……」
少し遠慮がちな男声。これは珍しい、学生のひとり客だ(俺が言えたことではないが)。
だが俺は、その顔に見覚えがあった。
「いらっしゃいませ……って、雄星じゃん」
雄星と呼ばれた俺と同じ制服を身に纏った少年。どうやら伊鶴さんと面識があるらしい。
「久しぶりだな」
「お久しぶりです、伊鶴先輩」
そう言えば伊鶴さんは綾葉高校の卒業生だったな……それなら不思議でもないか。
「あれ? もしかして、織宮くん?」
「うん。奇遇だね、水方くん」
水方雄星。2年4組のクラスメイトで、俺のふたつ隣の席の生徒。
そう。先ほど小テストの結果に嘆息を零していた、彼だ。
そして唯一、わざわざ毎朝挨拶をしてくれる生徒でもある。都島さんの名前(と顔)こそ覚えていなかった俺だが、さすがにそんな心優しき人の名前を覚えないわけにはいかない。
「お? もしかしてふたり知り合い? クラス一緒?」
「はい……って言っても、本当に挨拶するくらいですけど」
伊鶴さんの疑問に笑って事実をそのままに答える。こういうことを言っていると、なんか俺って冷めてるなぁって自覚が湧き上がってくる。
水方くんも、はははと愛想笑いをしているのがわかる。
「伊鶴さんこそ、知り合いだったんですね」
「あぁ、俺高校の頃写真部でさ。その時の後輩だよ」
「伊鶴先輩には特に良くしてもらって、『Frieden』のことも教えてもらったんだ。今でも写真のことで色々と教わってるんだよ」
なるほど。水方くんは写真部なんだな。……おっと、どこかのテンション格差が凄い先輩後輩を思い出してしまった。
「織宮くんが前いた学校には写真部あった?」
はいありました。今し方その関係者を思い出していたところです。って違う違う……この変なテンションを引き摺っちゃダメだ。
「うん。あっt――」
「「えっ、織宮くん転校生だったの!?」」
俺が肯定を口にしようとしたら、その前にふたりの驚きの声に掻っ消された。…………ん? ふたり?
「え?」
「え?」
言葉と挙動が見事にシンクロしたふたり――伊鶴さんと、いつの間にか水方くんの背後から顔を覗かせていた祈鷺先輩が、互いに顔を見合わせた。
「き、祈鷺先輩!?」
真っ先に声を上げたのはどちらでもなく、祈鷺先輩の真ん前にいた水方くんだった。
バッと振り返ってわたわたとしていて、目に見えて驚きと焦りを表す。なんか、喫茶店なのにさっきから空気に落ち着きがないな。
「やほ~水方くん~。あ、織宮くんもやほ~」
「「こ、こんにちは」」
水方くんとハモって挨拶を返す。
「祈鷺、お前いつの間に帰ってきてたんだ?」
「ん~? ついさっき~。ベル聞こえなかった~?」
「え、ベル聞こえたか?」
「いえ……俺は全く」
正直、本当に聞こえなかった。入口のベルなんて気にかけてなくても聞こえるものだろうが、1デシベルも耳に入ってこなかった。瞬間移動したと言われた方がまだ信じられる…………言い過ぎか。
というか、さっきからふたりの会話の端で、祈鷺先輩に手を肩に乗せられている水方くんが時間が止まったようにフリーズしているのが気になる。
「ってそんなのどーでもいーんだよ~。織宮くんて転校生だったの?」
はっと俺の方に向き直った祈鷺先輩がその話題を掘り返す。
「ええ……って言っても、もう1ヵ月も前ですけど。言ってませんでした?」
「うん初耳」
「あたしも初耳~」
てっきり知っているものと思っていた。……そういえば言ったことなかったっけか。
ついでに言うと、どうやら店長と史渡さんも知らなかったらしい。
一応、スミマセンと軽く謝っておいた。
10月の2回目更新ギリギリ間に合った……




