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笑わないキミの笑顔を探そう  作者: 無色花火
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83話 友人とまではいかないものの

「さぁさぁ、今日も今日とてお仕事だ~」


 戸惑いと安堵と気まずさがごった返した……なんとも言えぬ空気感。それを払拭したのは、着替えから戻ってきた祈鷺先輩の呑気な、それはもう呑気なひと言だった。


「ん? どしたの、3人揃ってあたし見て。なんか付いてる?」

「いえ。なんと言うか……ありがとうございます」

「え? あ、うん。どういたしまして?」


 ただそこに存在するだけでその場の空気を浄化してくれる人間性……ある意味天賦の才かもしれないな。本人に自覚はないと思うけど。


「あ、いらっしゃいませ~」


 入り口で鳴った来客のベルに誰よりも先に反応し、切り替え早く祈鷺先輩は飛んでいった。


「俺も戻るわ。あ、これ織宮くんのコーヒー。じゃあ、ごゆっくりな」


 それを受けて、伊鶴先輩もソーサーに乗ったコーヒーを置き、空のカップを回収して仕事へ戻った。

 そして、俺たちもまたふたりに戻った。


「なんか、また変な空気になっちゃったね」

「ははは……だね」


 すぐ後、水方くんが笑いながら言った。なんとなく、心の中でゴメンねと呟いておく。

 正直、帰りたい気持ちがないわけではないが、おかわりも頼んで届いてしまったので帰れない。でもまぁ……こんな空気も含めて、ここまでの一連の出来事に対し悪い気がしない。

 俺がそんな自分の心境の変化に思考を向けていると、チーズケーキを飲み込んだ水方くんが小さくそうだと、思い出したように声を上げた。


「唐突で申し訳ないんだけど……織宮くん。今日返ってきた小テストの結果、どうだった?」

「小テスト? まぁ……危なげなく、ってところかな。平均40点くらい。遠柳でも一度やったってのもあるし。えっと……」


 鞄からクリアファイルを取り出して、5枚の答案用紙をテーブルに広げる。


 国語:46点

 数学:30点

 英語:48点

 理科:35点

 社会:42点


 満点こそないものの、英語を筆頭に文系は全部40点台。理系分野は半分以上取れてるものの、2回目というのを加味するとやはり苦手分野だな。特に数学。


「僕は……こんな感じ」


 ひと通り点数に目を通し、小さくおぉと零した後、俺に倣ってか水方くんも自らの答案用紙をテーブルに出した。


 国語:23点

 数学:35点

 英語:19点

 理科:36点

 社会:27点


 点数を見るに見事に俺と真逆の理系だな。数学と理科に関しては俺よりも高得点を得ている。だが対して国語と英語はとりわけ苦手のようで、半分を切っている。

 平均は28点。決して悪いわけではないだろうが、安全とも言えない。得意不得意がはっきりしているものの、得意分野の理系も伸び悩んでいるのも付随してあるだろう。端的に言うと……


「中途半端……でしょ?」


 俺が思っていたことをそのまま、水方くんは自ら口にした。


「否定はできない、かな」


 本人も自覚していることだし、ここで「そんなことないよ」なんて言っても意味はないだろう。


「だよね……どうにも勉強って苦手なんだ。今回の小テストも結構勉強したんだけどね」

「あぁ……そいえば今日も溜め息ついてたね」


 十中八九そうだとは思っていたが、終礼時に教室で重い溜め息を漏らしていたのはやはり点数が原因だったか。


「え、聞こえちゃってた……?」

「うん。結構はっきりと」

「うはぁ……恥ずかしいなぁ……」


 顔を赤くし、頭を掻く。しかしそれも数秒、すぐに居住まいを改め表情をかっちりとさせる。


「それで……もしよかったら、勉強を教えてもらえないかな」


 ここまでの脈絡的にそんな話が持ちかけられるのではないかと思ってはいたが、どうやら当たっていたらしい。


(にしても、どうしたものか……)


 なんせ勉強に限らず他人に何かを教えた経験がない。まぁ教えるような間柄の相手が極めて少ないというのが一番の理由だが、そもそも教授できるような何かを持っていないというのもある。勉強に関して言えば、瀬良や沖田さん、邦依田さんなんかは俺と比べるまでもなく上だ。


「あ、ダメだったら全然断ってくれてもいいからっ」


 俺が悩んでいると、それを否定的に感じ取ったのか水方くんは慌ててそう付け加えた。

 別にダメというわけではないが、引っかかる点がないわけじゃない。


「どうして俺なの?」

「えっと、それはどういう……」

「あぁいや、別に悪い意味じゃなくて。純粋になんで転校生の俺なのかなって。俺よりもこういうこと頼みやすい人いるだろうし」


 俺とは違い水方くんには綾葉高校で過ごした1年以上の時間がある。勉強を教えてもらうだけなら、クラスメイト、去年のクラスメイトと俺よりも頼みやすい相手、適任がいる。それこそ、学年は違うが祈鷺先輩や伊鶴さんとか。


「タイミングがよかったから、かな」


 俺の問いかけに水方くんは少し考えてからそう言った。……タイミング?


「1年の時に仲よかった子が皆違うクラスでね。今のクラスにその子たちくらい仲がいい人って、いないんだ。半年以上経ってるのにお恥ずかしい限りだけど。あはは」


 なるほど、クラス替えのあるあるということか。


「それと……実は、本当に危機感を抱いたのは、さっき小テストが返ってきた時なんだ。うちの学校の小テスト、半分取れないと危険ラインって知ってるかな?」

「そんな感じのことは、聞いたかな」


 半分以下とか、具体的なことは今知ったが。


「2科目、半分以下あったでしょ、国語と英語。どっちも前回の定期試験で赤点ギリギリだったんだ。で、親がそれを見て、もし赤点を1科目でも取ったら当面部活禁止って言われてね」


 勉強の成績が悪ければ部活禁止、ゲーム禁止、スマホ禁止……これもあるあるだな。


「ちょっと遠回りしちゃったけど、そういうわけで、クラスに頼れる人がいなくて、他のクラスの友達も皆部活で時間的に都合が合わなくてね」


 つまり、今日小テストの結果を見て本格的に部活禁止令の発動が視野に入ったものの、クラス内に勉強を教えてほしいと頼めるほどの関係の生徒はおらず、頼みの綱である他クラスの友人も放課後ゆえに叶わなかったと。状況的に写真部は今日は部活がないようだが、部内には同級生がいないか、いてもそれほど仲良くはないということだろう。

 というか……これだけ聞いて断るのもなんか感じ悪いよなぁ……


「正直荷が重いって言いたい気分だけど……わかった。俺で構わないなら引き受ける」

「本当!?」

「うん。……あ、でもひとつ。理数は水方くんの方が上だから文系科目だけね」


 自分よりできるものを教えることほど滑稽なことはあるまい。それに、1週間ちょっとしか時間がないのに5科目全てなんて力量的に無理だ。


「全然いいよ。教えてもらえるだけでもありがたいからっ」

「じゃあ、そういうことで。場所は――」




「そういうことなら、ここでするといいよ~!」




 話が纏まり、場所の話に入ろうとしていたその時。突如乱入してきた声は、いつの間にやらそこにいた祈鷺先輩だった。なぜか満面の笑みで仁王立ちしている。


「祈鷺先輩!?」


 振り向けば意中の相手が知らぬ間にそこにいて、水方くんは一瞬で緊張モードに入った。


「話は聞かせてもらったよ~途中からだけど。織宮くんが水方くんに勉強教えてあげるんだよねっ。だったらその勉強会、ここでやったらいいと思うなぁあたしは」


 実にワクワクした様子でそんな提案をする祈鷺先輩。


「いやっ、それはさすがに迷惑では……」

「いいのいいの~。パソコンカタカタ鳴らしながら仕事してる人もいるから~」


 水方くんが慌てて返すも、意に介さずあっけらかんと答える。

 そして視界の隅で、奥の方の席に座っていたサラリーマンの指とキーボードのタイプ音が止まった。数秒ほどでまた動き始めたが、さっきより若干叩く音が小さくなった。


「ねっ?」


 もしかすると狙って言ったのか、まさに反応を見計らったようなタイミングの「ねっ?」だ。


「えっ、いやっ、でも……」

「水方くん」


 それでもまだ「はい」と言えずにいる水方くんの名前を呼び、そして――言葉はなしにただ首を横に振ることで俺は意見を伝えた。即ち……受け入れる意外に術はない、と。

 それを受けようやく諦めがついたのか、祈鷺先輩にわかりましたとだけ答えた。


「うむ。ってことで、いいよね~お祖父ちゃ~ん?」

「まぁ、勉強するくらいなら構わないよ」


 店長の方も異論はないようで、孫娘の事後承諾にもふたつ返事で肯定を示した。


「じゃあ、理数科目は祈鷺が教えてやればいいんじゃないか?」


 と、伊鶴さんがカウンターの向こうからそんな提案をした。


「祈鷺先輩がですかっ!?」

「おおっ、それは名案~。あたしも部活は休みに入ってるし、木曜からバイトも休みになるから時間作れるよ~」


 1週間前までバイト入れているとは、試験の方は結構余裕なんだろうか。それとも、俺がバイトをしたことがないだけで大体そんなものなのか。

 ちなみに、祈鷺先輩の部活はバトントワリング部だ。見たことはないが、バトンを持ってノリノリで決めポーズをする姿がなぜか容易に想像できてしまう。


「祈鷺先輩、理数科目が得意なんですか?」

「そだよ~。そのふたつだけは90点以下取ったことないんだ~」


 なんと言うか……こう言っちゃ悪いが意外すぎる。いや、こういうマイペースな人ほど案外天才肌だったりするからなぁ。もしかして文系も……


「まっ、文系は全部50前後だけどな」

「それは今はいーのー」


 と、いうことはなかった。どうやら祈鷺先輩も水方くん同様理数型のようだ。

 なんだろう。天才肌というわけではないと知ってちょっと安心した。


「で、どうかな~水方くん」


 祈鷺先輩は改めて、水方くんに確認を取る。


「えっと……じゃあ、よろしくお願いします」


 しばしの逡巡の後、首を縦に振った。祈鷺先輩と時間を過ごすことへの緊張と喜びを天秤に掛けた末に後者を選んだのだろう。


「うむ。それで、いつから始める~? 時間大丈夫なら今日からバイト終わりにでもいけるけど」

「いえっ、さすがにそこまで時間を頂くわけには! 木曜からで大丈夫ですっ」

「そぉ? じゃあ木曜からよろしくね~」

「はいっ、よろしくお願いしますっ」


 おぉー。わかりやすく張り切ってるなぁ。まぁこれも、祈鷺先輩と距離を縮めるチャンスだもんな。

 頑張ってくれたまへ。


「織宮くんはどうする~? どーせ時間被ることになるだろーし、一緒に教えられるよ~?」


 予想外に、祈鷺先輩から俺にもご教授のお誘いが来た。まぁ確かに、放課後にここを借りるのだから場所も時間も祈鷺先輩と一緒になるか。

 俺としては、ふたりがやっている間は自分の勉強でもやっていようと思っている次第だが……


「織宮くん、僕に気を使わなくてもいいよ」


 おっと……気を使われてしまった。勉強会の主役がこう言ってくれていることだし、ここは好意に甘えておこう。

 俺は祈鷺先輩の提案を受け入れた。


「あ、じゃあ織宮くん。あたしにも勉強教えてね~、あたし英語が苦手なんだよぉ」

「えーっと……俺に教えられるところがあれば……」


 正直いくら英語が出来る方だとは言え、習ってもいない3年生の範囲が俺にわかるとは思えないんだけどなぁ。


「大丈夫だぞ織宮くん。そいつ2年の範囲も理解できてないトコあるから」


 伊鶴さんがフォロー(?)のようなものを入れてくれるが、果たしてそれは「大丈夫」と言えるのだろうか。


「……てへっ☆」


 当の本人に視線をやると、まるで漫画から引っ張ってきたようなテンプレのてへぺろをやって見せた。……3年のこの時期にそれは大丈夫なのかだろうか。心配だ……


 ……ともあれ、だ。

 こうして、俺の理系科目、祈鷺先輩の英語、水方くんの全科目の対策を目的とした1週間強の勉強会の開催が決定した。

 そして、水方くんの苦手分野である文系科目に関しては、今日これから行うこととなった。明日からは毎日『Frieden』に通い詰めになりそうだ。……お小遣いもらっとこ。


(まさか俺の人生においてこんなイベントが起きようとはな……)


 ――水方雄星


 友達とまではいかないものの、ただそれなりの関係に留めるわけにはいかなそうだ。

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