第6話 ハル、花火を見る
「晴臣様。近くでお祭りがありますよ」
ハルが、タブレットの画面を晴臣に向けた。
「……祭り?」
「はい。小さな頃は、よく一緒に行きましたね」
晴臣は、画面をのぞき込んだ。
「……ああ。行ったなあ」
「晴臣様は、金魚すくいがお好きでした」
「おう」
「三歳のとき、金魚をすくえずに泣かれました」
「おい、余計な記録を出すな」
「その後、お父様に金魚を買っていただきました」
「なんでそんなことまで覚えてんだよ……」
「私の大切な記録ですから」
ハルは、いつものように首を傾けた。
「今年は花火も上がるそうですよ」
「……花火か」
晴臣は、少し懐かしそうに笑った。
「よし。行くか、ハル」
「はい。楽しみです、晴臣様」
* * *
祭り当日。
晴臣とハルは、そろって浴衣を着ていた。
晴臣は紺色の浴衣に、落ち着いた柄の帯。
ハルは白いボディに黒い関節といういつもの姿だが、晴臣が選んだ紺色の帯を胴体に巻いていた。
頭部には、小さな祭りの飾りまでついている。
「……どうだ?」
晴臣が、ハルを見た。
「お似合いです、晴臣様」
「お前もな」
「ありがとうございます。浴衣を着用すると、祭りへの参加意識が高まりますね」
「そういうもんなのか?」
「はい。現在、参加意識は九十八パーセントです」
「残り二パーセントはなんだよ」
「屋台の食べ物を摂取できないことへの課題です」
「そこは諦めろ!」
二人は、笑いながら祭りの会場へ向かった。
* * *
境内には、たくさんの屋台が並んでいた。
焼きそば、たこ焼き、綿あめ。
子どもたちの楽しそうな声が響き、提灯が夜の道を照らしている。
ハルは、あちこちを見回していた。
「晴臣様。射的があります」
「おっ、やるか!」
晴臣は、さっそく射的の屋台へ向かった。
景品の棚には、お菓子や玩具、ぬいぐるみが並んでいる。
「よーし。見てろよ、ハル」
晴臣が銃を構えた。
パンッ。
弾は景品の横をかすめた。
「……惜しいですね」
「今のは肩慣らしだ!」
パンッ。
また外れた。
「晴臣様。銃口が右にずれています」
「わかってる!」
パンッ。
景品は、びくともしなかった。
晴臣は無言で銃を置いた。
「……ハル、お前やってみろ」
「よろしいのですか?」
「いいから」
ハルは射的銃を受け取った。
白い指で銃を構え、景品を観察する。
「重心、角度、距離を確認しました」
パンッ。
一発目で、小さなお菓子が落ちた。
パンッ。
二発目で、ぬいぐるみが棚から転がり落ちた。
パンッ。
三発目で、奥にあった大きな箱まで倒れた。
「…………」
晴臣は口を開けたまま固まっていた。
店主まで目を丸くしている。
「お兄さん、うますぎるよ!」
「ありがとうございます。物体の重心を正確に捉えることが重要です」
ハルは、景品を受け取った。
「晴臣様。こちらをどうぞ」
「……お前、射的の才能まであるのかよ」
「はい。新たな能力を発見しました」
「いや、そんな能力いらねえだろ!」
ハルは、獲得した景品を晴臣に渡した。
晴臣は、なんだか悔しそうにしながらも笑っていた。
* * *
しばらく歩くと、りんご飴の屋台が見えた。
ハルは立ち止まった。
「晴臣様」
「ん?」
「りんご飴、お好きですよね」
「……まあ、好きだけど」
「では、こちらをどうぞ」
ハルは、いつの間にか買っていたりんご飴を差し出した。
「えっ、買ったのか?」
「はい。晴臣様がお好きですので」
「……お前なあ」
晴臣は、りんご飴を受け取った。
「ありがとな」
「どういたしまして」
晴臣が一口かじる。
甘い飴が、口の中でぱりっと砕けた。
ハルは、その様子をじっと見ている。
「……何だよ」
「晴臣様が嬉しそうなので、記録しています」
「食べてるだけだろ!」
「はい。ですが、晴臣様が嬉しそうにしていることは、記録する価値があります」
晴臣は、少しだけ照れくさそうに顔をそらした。
「……ほんと、お前は」
そのとき、ハルが周囲を見回した。
「晴臣様。人が多くなってきました」
「そうだな」
「迷子にならないでくださいね」
「子供じゃないんだから、迷子になんかならねえよ!」
「以前、デパートで迷子になられました」
「それ、五歳のときだろ!」
「はい。念のためです」
ハルは、晴臣の手を取ろうとした。
「手をつないでおきましょう」
「だから、子供じゃないって!」
晴臣が手を引っ込めた、そのとき。
「ママぁ……!」
近くから、小さな泣き声が聞こえた。
二人が振り向くと、りんご飴を握った小さな男の子が、きょろきょろと周囲を見回していた。
目には涙が浮かんでいる。
ハルは男の子の前にしゃがんだ。
「どうしましたか?」
「……ママ、いなくなっちゃった」
「そうですか。迷子になってしまったのですね」
ハルは、男の子の目線に合わせるように頭部を傾けた。
「大丈夫ですよ。一緒に探しましょう」
そして、男の子にセンサーを向けた。
「……あれ?」
ハルのセンサーが光った。
「晴臣様!」
「なんだよ?」
「大変です!」
ハルは、男の子と晴臣を交互に見た。
「晴臣様が、小さくなられてしまいました!」
「俺じゃねえよ!!」
晴臣の声が、祭りの境内に響き渡った。
男の子は、びっくりして泣き止んだ。
ハルは、真剣な声で続けた。
「しかし、目元がよく似ています。りんご飴を持っている点も共通しています」
「りんご飴は関係ねえだろ!」
「晴臣様の幼少期の記録と照合しますか?」
「するな!!」
男の子は、二人を見上げていた。
やがて、くすっと笑った。
その笑顔を見て、ハルは静かに言った。
「笑顔になりましたね。よかったです」
晴臣も、思わず笑った。
「……とりあえず、迷子センターに連れていこう」
二人は男の子を迷子センターへ連れていき、無事に母親と再会させることができた。
男の子は何度もお礼を言い、母親と手をつないで帰っていった。
ハルは、その後ろ姿を見送った。
「……お母様に会えて、よかったですね」
「ああ」
晴臣は、りんご飴をもう一口かじった。
「お前、ほんとに子供好きだよな」
「はい。子供は、成長するたびに新しい発見があります」
「俺もそうだったのか?」
「もちろんです」
ハルは、即答した。
「晴臣様は、毎日新しい発見がありました」
「……それ、褒めてんのか?」
「はい」
「ほんとかよ……」
晴臣は笑った。
* * *
やがて、花火の時間が近づいてきた。
二人は会場の河川敷へ向かった。
ところが。
「……見えねえ」
晴臣は、人の頭の向こうをのぞき込んだ。
河川敷は大勢の人で埋め尽くされていた。
背の高い大人たちが前に並び、空がほとんど見えない。
「晴臣様。前方に移動しますか?」
「いや、無理だろ。人が多すぎる」
遠くで、花火の打ち上げを知らせるアナウンスが流れた。
「まもなく、花火が始まります」
晴臣は、少し残念そうに空を見上げた。
「せっかく来たのになあ……」
ハルは周囲を確認した。
そして、タブレットを取り出した。
「晴臣様。花火が見える場所を発見しました」
「どこだよ?」
「神社の裏手に、高台があります。そこからであれば、花火を遮る建物はありません」
「よし、行こう!」
二人は、人混みを抜けて神社の裏手へ向かった。
そこには、長い石段が続いていた。
「……おい」
晴臣は、石段を見上げた。
「これ、登るのか?」
「はい。あと百二十六段です」
「数えるな!」
ハルは、すたすたと登り始めた。
「晴臣様、こちらです」
「待て待て! 浴衣でそんなに早く登れるか!」
晴臣は下駄を鳴らしながら、必死についていった。
三十段ほど登ったところで。
「……ちょっと待て」
晴臣が立ち止まった。
「休憩ですか?」
「ち、違う。景色を見てるんだよ」
「まだ境内しか見えません」
「うるさい!」
ハルは首を傾けた。
「では、あと九十六段です」
「だから数えるなって!」
ようやく半分ほど登ったところで、晴臣は再び立ち止まった。
「……ハル」
「はい」
「水……」
「水分補給ですね。承知しました」
ハルは、持っていた水筒を差し出した。
晴臣は水を飲み、深く息を吐いた。
「……お前、疲れないのか?」
「私はロボットですので」
「知ってるよ!」
ハルは、少し考えた。
「晴臣様。手をつなぎましょうか?」
「……子供じゃない」
「ですが、足元が不安定です」
晴臣は石段を見下ろした。
そして、少しだけ黙ったあと。
「……わかったよ」
ハルの手を握った。
「絶対、引っ張るなよ」
「はい。安全な速度で進みます」
二人は、ゆっくりと石段を登り始めた。
頂上まで、あと少し。
「……ハル」
「はい」
「休憩」
「三回目ですね」
「記録すんな!!」
* * *
ようやく高台にたどり着いたとき、夜空に大きな音が響いた。
ドンッ!
色鮮やかな花火が、夜空いっぱいに開いた。
赤、青、金色。
光が広がり、消えていく。
遠くの町並みが、一瞬だけ昼間のように明るくなった。
「……わあ」
ハルのセンサーが、静かに光った。
晴臣は、隣で笑った。
「お前、今『わあ』って言った?」
「はい」
「珍しいな」
「想定していた語彙では表現できませんでした」
晴臣は、夜空を見上げた。
「……きれいだな」
「はい。とてもきれいです」
次々に花火が打ち上がる。
ハルは、黙って夜空を見つめていた。
いつものように、すぐに記録を始めることもなかった。
ただ、晴臣の隣で、花火を見ていた。
晴臣は、そっとハルの肩に手を置いた。
「……来てよかったな」
「はい」
ハルは、晴臣の方へセンサーを向けた。
「晴臣様と一緒に見ることができて、嬉しいです」
晴臣は、少し照れくさそうに笑った。
「……来年も、一緒に見に来ような」
「はい。来年も、必ず」
ハルは、静かに記録した。
《夏祭り》
《晴臣様と浴衣で出かけました》
《射的で景品を獲得しました》
《りんご飴を購入しました》
《迷子の男の子を、お母様のもとへ送り届けました》
《花火を見ました》
そして、最後に。
《晴臣様と手をつなぎました》
《本日の幸福度:とても高い》
夜空に、最後の花火が大きく開いた。
二人の頭上には、光の名残がゆっくりと消えていった。
晴臣は、つないだ手を離さなかった。
ハルもまた、その手をそっと握り続けていた。
葉流風あやめ 作




