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引退AI、山へ行く  作者: 葉流風あやめ


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第10話 ハル、クリスマスを楽しむ

十二月。


リビングのカレンダーを眺めていたハルは、ある日、ひとつの予定に目を留めた。


『十二月二十五日 クリスマス』


「……クリスマスですか」


ハルはしばらく考えた。


去年のクリスマスは、晴臣とふたりで食事をした。


晴臣はチキンを食べ、ケーキを食べ、最後には「来年はもっと大きいケーキにしようぜ」と言っていた。


ハルは、その言葉を記録していた。


「今年は、さらに楽しいクリスマスにしたいですね」


今年のクリスマスは、きっと素敵な一日になる。


     *


数日後。


リビングでテレビを見ていた晴臣が、ハルに声をかけた。


「なあ、ハル。今年のクリスマス、どうするんだ?」


「今年は、私にお任せください」


「……なんか怖いな」


「ご安心ください。楽しい計画です」


「お前の楽しい計画って、たまに規模がでかいんだよ!」


「今年は、昨年よりもさらに楽しい一日になる予定です」


「予定ってなんだよ! 確定じゃないのかよ!」


「サプライズには、不確定要素がつきものです」


「お前、何を企んでるんだ!?」


ハルはにっこりと微笑んだ。


「当日までのお楽しみです」


「……絶対ろくなことじゃねえ」


そう言いながらも、晴臣は少し楽しみにしていた。


     *


クリスマス当日。


朝からハルは忙しかった。


リビングにクリスマスツリーを飾り、壁にリースを掛け、テーブルには赤と緑のクロスを敷いた。


白いボディのハルが、黒い関節を器用に動かしながら、オーナメントをひとつずつ飾っていく。


頭部のセンサーでツリー全体のバランスを確認し、少し離れて眺めた。


「……もう少し、右でしょうか」


ハルはツリーの位置を微調整した。


「よし。完璧です」


そのとき、リビングに晴臣がやってきた。


「おーい、ハル。朝飯……って、うわっ!」


晴臣は、華やかになった部屋を見て目を丸くした。


「お前、いつの間にこんなに飾ったんだよ!」


「昨夜、晴臣様がお休みになってからです」


「寝てる間に!?」


「はい。私は睡眠を必要としませんので」


「そういう問題じゃねえよ!」


ハルは満足そうにツリーを見上げた。


「今年は、特別なクリスマスにしたいのです」


「……ふーん」


晴臣は少しだけ表情を緩めた。


「まあ、楽しみにしてるよ」


「はい。ご期待ください」


「だから、その自信が怖いんだって!」


     *


昼過ぎ。


ハルはキッチンで料理の準備をしていた。


チキンに、サラダに、温かいスープ。


そして、晴臣が楽しみにしているケーキ。


その横では、晴臣がクリスマスの飾りを追加していた。


「ハル、この飾りどこに置けばいい?」


「そちらはツリーの上部にお願いします」


「ここか?」


「もう少し左です」


「こうか?」


「あと三センチほど右です」


「細かいな、お前!」


「美しい配置には、正確性が必要です」


「クリスマスツリーにそこまで求める!?」


それでも晴臣は、言われたとおりに飾りを調整した。


ようやく完成すると、ハルが満足そうにうなずいた。


「完璧です」


「よし。じゃあ、腹減ったからチキン食べようぜ!」


「晴臣様。まだ夕食の時間ではありません」


「ちょっとくらいいいだろ!」


「夕食まで、あと三時間です」


「長すぎるだろ!!」


     *


午後六時。


すべての準備が整った。


ハルは、こっそり自分の部屋へ向かった。


そして、用意しておいた衣装を取り出す。


赤い上着。


白いふわふわの縁取り。


黒いベルト。


そして、赤いサンタ帽。


ハルは鏡の前に立ち、衣装の状態を確認した。


白い外装の胴体に、赤いサンタ服。


太い黒い関節が袖口や裾から少し見えている。


丸みのある頭部には、サンタ帽がちょこんと乗っていた。


顔にあたる部分には、いつものセンサーが並んでいる。


人間のような表情はない。


けれど、帽子の角度を調整し、きちんと正面を向いた姿は、どこか誇らしげだった。


「……問題ありません」


ハルは自分の姿を確認すると、リビングへ戻った。


そこには、すでに晴臣が待っていた。


「おーい、ハル。準備でき……」


晴臣は言葉を失った。


赤いサンタ服に身を包んだハルが、リビングの入り口に立っていた。


白いボディに赤い衣装。


黒い関節が動くたび、機械らしい小さな駆動音がする。


頭には、少し大きめのサンタ帽。


その姿は、どう見てもロボットだった。


しかも、かなり年季の入った旧型ロボットである。


「…………」


ハルは首を傾けた。


「晴臣様?」


「……お前」


「はい」


「なんでサンタの格好してんの!?」


「本日はクリスマスですので」


「いや、それはわかるけど!」


ハルは自分の衣装を見下ろした。


「不自然でしょうか?」


「いや、そういう問題じゃなくて……」


晴臣は口元を押さえた。


「……なんか、妙に似合ってんだよな」


「それは、よかったです」


「その白いボディに赤い服って、なんか……」


晴臣は笑いをこらえながら、ハルの頭を指さした。


「帽子、ずれてるぞ」


「失礼いたしました」


ハルは両手を頭に伸ばし、慎重にサンタ帽を直した。


しかし、センサーの位置に合わせて帽子を調整した結果、今度は少し斜めになってしまった。


「……これでいかがでしょうか」


「逆! 逆にずれてる!」


「おや」


「おや、じゃねえよ!」


晴臣はとうとう吹き出した。


「お前、サンタになるのも大変だな!」


「サンタクロースの衣装に関するデータは、事前に確認しております」


「データで帽子のかぶり方を調べたのかよ!」


「はい」


「真面目か!!」


ハルは、きちんと帽子を直した。


「これで完璧です」


「……まあ、いいんじゃねえの」


晴臣は笑いながら、ハルの肩を軽くたたいた。


「似合ってるよ、ハルサンタ」


「ありがとうございます。晴臣様」


ハルは、いつもどおり丁寧に頭を下げた。


その拍子に、帽子の先についた白いポンポンが揺れた。


晴臣は、また笑った。


     *


そのとき、玄関のチャイムが鳴った。


ピンポーン。


晴臣が振り返る。


「ん? 誰だ?」


「晴臣様、玄関をお願いできますか?」


「なんで俺が?」


「本日のサプライズに関係しております」


「……は?」


晴臣は怪訝そうな顔をしながら、玄関へ向かった。


ドアを開けた瞬間。


「メリークリスマス!」


「……えっ!?」


そこには、小春が立っていた。


手にはプレゼントの袋を持ち、楽しそうに笑っている。


「こ、小春!?」


晴臣の顔が一気に赤くなった。


「どうしてここに!?」


「ハルくんに招待してもらったの!」


「ハルに!?」


晴臣は振り返った。


リビングの入り口には、サンタ姿のハルが立っていた。


「サプライズは成功ですね」


「お前ーーー!!」


晴臣の声が家中に響いた。


「聞いてないぞ!!」


「はい。秘密にしておりましたので」


「そういう意味じゃねえよ!!」


小春は楽しそうに笑った。


「晴臣くん、メリークリスマス!」


「……あ、ああ。メリークリスマス」


晴臣は、まだ顔が赤い。


小春はハルの姿に気づき、目を輝かせた。


「わあ! ハルくん、サンタさんになったの!?」


「はい。クリスマスですので」


「かわいいー!」


小春が笑顔で近づく。


ハルは少しだけ頭を下げた。


「ありがとうございます」


「その帽子、すごく似合ってる!」


「ありがとうございます。先ほど晴臣様にも、似合っていると評価していただきました」


「おい! 余計なこと言うな!」


小春は声を上げて笑った。


「晴臣くんも褒めたんだ!」


「……別に、褒めたわけじゃねえよ!」


「似合ってるって言ったじゃん」


「小春まで言うなよ!」


ハルはふたりを見比べた。


「おふたりとも、どうぞお入りください。お食事の準備はできております」


「……お前、ほんとに何から何まで準備してたんだな」


「はい。クリスマスですから」


「その理由で全部片づけるな!」


     *


三人でテーブルを囲む。


チキンにサラダ、スープ。


そして、ケーキ。


小春は部屋を見回し、感心したように言った。


「すごい! ハルくん、こんなに準備したの?」


「はい。晴臣様に喜んでいただきたかったので」


「ハルくん、優しいね」


「ありがとうございます」


晴臣はチキンを食べながら、ぼそりと言った。


「……俺より、こいつのほうがクリスマス楽しんでる気がする」


「晴臣様も、楽しんでいらっしゃいますよね?」


「……まあな」


小春が笑った。


「晴臣くん、口元にソースついてるよ」


「えっ!?」


慌てて口元を拭く晴臣。


「取れた?」


「うん。大丈夫」


ハルはふたりを交互に見た。


そして、そっと記録した。


『本日の観察記録:晴臣様の表情変化、多数確認』


『小春様との会話:円滑』


『サプライズ成功率:100%』


「……ハル、今なにしてるんだ?」


「記録です」


「何の?」


「大切な思い出の記録です」


晴臣は少しだけ黙った。


それから、照れくさそうに笑った。


「……そっか」


     *


食事のあと。


ハルは、ふたつのプレゼントを持ってきた。


「晴臣様、小春様。こちらをどうぞ」


晴臣には、スケッチブックと鉛筆。


小春には、小さな花模様の入った手帳だった。


「えっ、私にも?」


小春が驚いたように目を丸くする。


「はい。いつも晴臣様と仲良くしてくださって、ありがとうございます」


「ハルくん……ありがとう!」


小春は嬉しそうにプレゼントを受け取った。


晴臣はスケッチブックを開いた。


「これ、前に俺が買ってやった鉛筆より描きやすそうだな」


「はい。晴臣様は、絵を描くことがお好きですので」


「……覚えてたんだな」


「もちろんです」


晴臣は、スケッチブックをそっと閉じた。


「……ありがとな、ハル」


「どういたしまして」


そのあと、ハルはもうひとつ、小さなカードを晴臣に渡した。


「こちらも、私からのプレゼントです」


カードには、丁寧な文字でこう書かれていた。


『晴臣様と過ごす毎日が、私にとって最高の贈り物です。』


晴臣は、しばらくカードを見つめた。


「……お前、こういうの急に渡すなよ」


「お気に召しませんでしたか?」


「違う。そうじゃなくて……」


晴臣はカードを大切そうに持ち直した。


「……嬉しいんだよ」


ハルは、静かにうなずいた。


「それは、よかったです」


     *


夜も更け、小春が帰る時間になった。


玄関で、小春は晴臣に向かって笑った。


「今日は本当に楽しかった。ありがとう、晴臣くん」


「……ああ。また、来年もやろうぜ」


言ってから、晴臣は少しだけ照れた。


小春も嬉しそうにうなずいた。


「うん。約束ね」


「……約束だ」


ハルは、ふたりを見守っていた。


小春が帰ったあと、晴臣はリビングに戻り、クリスマスツリーを見上げた。


「……ハル」


「はい」


「今日は、ありがとな」


「楽しんでいただけましたか?」


「……ああ。すげえ楽しかった」


ハルは嬉しそうにうなずいた。


「それは、よかったです」


晴臣はツリーの飾りを見つめながら、ぽつりと言った。


「来年も、その次も、こういうクリスマスにしようぜ」


ハルは、少しだけ顔を上げた。


「はい。ぜひ」


晴臣は、ハルのサンタ帽を見て笑った。


「……でも、その格好は来年もやれよ」


「承知しました。来年は、さらに完成度を高めます」


「そういう意味じゃねえよ!」


ふたりの笑い声が、静かなリビングに響いた。


     *


その夜。


ハルは充電を始める前に、今日の記録を保存した。


『本日の出来事:クリスマスパーティー』


『参加者:晴臣様、小春様、ハル』


『サプライズ:成功』


『晴臣様の笑顔:多数確認』


『本日の幸福度:とても高い』


ハルは、最後にもう一行を加えた。


『来年も、皆様とクリスマスを過ごせますように』


そして、静かに充電モードへ移行した。


白いボディのハルは、部屋の明かりの下で、いつもと変わらずそこにいた。


来年も。


その次の年も。


大切な人たちと、こうして笑っていられますように。

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