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第四十話 宛名のない薬

##第四十話 宛名のない薬


 白羽は、止めなかった。


 止めたとは、どこにも書かなかった。


 米の配送は、在庫確認になった。

 燃料は、安全照会になった。

 薬は、配分調整になった。

 葉物野菜は、入荷経路確認になった。

 卵は、地域公平性の再確認になった。

 魚の缶詰は、搬送優先順位の見直しになった。

 粉ミルクは、対象年齢の再照会になった。

 子ども用の靴は、サイズ確認になった。


 止まっているものは、一つもない。


 ただ、届かなかった。


     *


 旧南第三の朝食は、以前より静かになっていた。


 薄い味噌汁。

 少しの米。

 小さく切った漬物。

 人数分に伸ばした缶詰。


 皿の上に、色が少なかった。


 緑がない。


 卵もない。


 魚も少ない。


 肉は、もう何日も出ていない。


 蓮は何も言わずに食べていた。


 晴斗は、箸を持ったまま、汁の中を見ていた。


 三枝が声をかけた。


「晴斗くん、少しだけでいいよ」


 晴斗は頷いた。


 だが、箸はあまり進まない。


 倉持は、食事記録をつけていた。


 米、少量。

 野菜、極少。

 タンパク源、不足。

 果物、なし。

 牛乳、なし。

 栄養補助食品、なし。


 書きながら、倉持の手が止まった。


 不足。


 その言葉ばかりが増えていく。


 健二は、配膳台の横に立っていた。


「おかわりは」


 誰も手を上げなかった。


 お腹が空いていないわけではない。


 上げないだけだった。


 子どもたちは、もう分かっている。


 食べれば減る。


 減れば、次の日に困る。


 だから、食べたいと言わなくなる。


 それが一番よくなかった。


 三枝が、健二の横に来た。


「言わなくなっています」


「はい」


「お腹が空いたって」


「はい」


「これは、よくないです」


 健二は頷いた。


 よくないことは、分かっている。


 だが、分かっていても米は増えない。


 葉物野菜も来ない。


 卵も来ない。


 魚も来ない。


 届かないものを、子どもたちの前で数えたくなかった。


     *


 午前の確認で、倉持は医療棚の前に立った。


 棚は、以前より軽くなっている。


 軽くなった棚は、音で分かる。


 扉を開けた時の響きが違う。


 消毒液、残り少量。

 滅菌ガーゼ、残り三包。

 包帯、再利用不可分を除き二本。

 抗菌薬、なし。

 解熱剤、少量。

 栄養補助食品、なし。

 子ども用靴、サイズ不足。


 三枝が棚を見た。


「怪我をさせないことですね」


 倉持は頷いた。


「怪我をしたら」


 三枝は、そこで言葉を切った。


 言い切らなかった。


 言い切ると、その言葉が現実になる気がした。


 健二は、校舎裏の資材置き場を思い出した。


 古い鉄板。

 釘の出た木材。

 雨でぬかるんだ地面。

 靴底の薄くなった子どもたちの靴。


「今日、校舎裏は立ち入り禁止にします」


 三枝が頷いた。


「はい」


 健二は、すぐにホワイトボードへ書いた。


 校舎裏、立ち入り禁止。

 靴底確認。

 怪我をしたら、すぐ三枝へ。

 我慢しない。


 最後の一行を、健二は少し強く書いた。


 我慢しない。


 子どもたちは、もう我慢を覚えすぎている。


     *


 事故は、その日の昼前に起きた。


 校舎裏ではなかった。


 体育館の横だった。


 古い雨どいの下に落ちていた釘を、美月が踏んだ。


 靴底が薄くなっていた。


 釘は深くはなかった。


 だが、泥がついていた。


 美月は最初、言わなかった。


 昼食の前、歩き方がおかしいことに、晴斗が気づいた。


「……あし」


 三枝が見た。


 靴下に血がにじんでいた。


 美月は小さく言った。


「大丈夫」


 三枝は、すぐに首を振った。


「大丈夫かどうかは、一緒に見てから決めよう」


 医療箱が開かれた。


 消毒液は少ない。


 滅菌ガーゼも少ない。


 包帯も足りない。


 それでも、三枝は今あるもので処置をした。


 健二は、美月の横に座った。


「言っていいんだよ」


 美月は唇を噛んでいた。


「減るから」


「何が」


「ガーゼ」


 健二は、すぐには返せなかった。


 美月は続けた。


「使ったら、なくなるから」


 健二は、美月の手を見た。


 小さな手だった。


 その手が、自分の傷より棚の残りを心配している。


 白羽は、止めていない。


 ただ、子どもにそう思わせている。


 健二は言った。


「ガーゼは、使うためにある」


 美月は健二を見た。


「でも」


「美月に使うためにある」


 三枝は、処置をしながら何も言わなかった。


 倉持は記録を書いた。


 美月。

 足底部刺創。

 泥付着あり。

 本人、申告遅れ。

 理由、物資減少への遠慮。

 消毒実施。

 滅菌ガーゼ使用。

 経過観察。


 倉持は、最後に一行足した。


 子どもが医療物資の残量を理由に申告を遅らせている。


 それは、白羽が止めた米や薬よりも、ずっと重い記録だった。


     *


 その夜、美月は熱を出した。


 高い熱ではなかった。


 だが、顔が赤い。


 食欲もない。


 三枝は額に手を当てた。


「今日は様子を見ます」


 健二は頷いた。


「病院は」


「照会中です」


「薬は」


「今あるものだけです」


 倉持が記録した。


 発熱。

 食欲低下。

 創部、赤みあり。

 疼痛あり。

 抗菌薬、未確保。

 搬送先、照会中。


 まだ、病名はなかった。


 あるのは、熱。


 足の傷。


 足りない食事。


 足りない薬。


 足りない靴。


 足りないものばかりだった。


     *


 二日目、熱は下がらなかった。


 美月は、少し眠る時間が増えた。


 食事は、味噌汁を数口だけ。


 三枝は、創部を見た。


 赤みが広がっている。


 腫れもある。


 健二は、顔を変えなかった。


 顔を変えると、子どもたちが見る。


 だから変えなかった。


 倉持は照会を出した。


 旧南第三。

 児童一名。

 足底部刺創後、発熱継続。

 創部腫脹あり。

 食欲低下。

 抗菌薬、未確保。

 栄養補助食品、未確保。

 搬送先、照会中。

 緊急度、上方修正。


 返事は来た。


 白羽生活支援系統、配分調整中。


 それだけだった。


 三日目、熱はまだ下がらなかった。


 美月は、口を開けるのを少し嫌がった。


 三枝の手が止まった。


 ほんの一瞬だった。


 健二は、その一瞬を見た。


「三枝さん」


 三枝は、すぐに表情を戻した。


「まだ断定はできません」


「何を」


「断定はできません」


 倉持がペンを持った。


 三枝は言葉を選んだ。


「汚れた傷です」

「発熱が続いています」

「食事も取れていません」

「抗菌薬もありません」

「予防接種の記録も確認できていません」


 健二は黙って聞いていた。


 三枝は続けた。


「破傷風も、否定はできません」


 その言葉で、部屋の温度が一つ下がった。


 破傷風。


 初めて、その名前が出た。


 倉持は、すぐには書かなかった。


 名前をつけることは、危険だった。


 だが、名前をつけなければ、必要な物資を呼べない。


 三枝が言った。


「断定ではなく、否定できない、で書いてください」


 倉持は頷いた。


 そして、記録した。


 破傷風リスク、否定できず。

 予防接種歴、確認不能。

 破傷風対応物資、未確保。

 破傷風免疫グロブリン、未確保。

 抗菌薬、未確保。

 栄養補助食品、未確保。

 搬送先、照会中。

 緊急度、再上方修正。


 これが、港へ流れた。


 旧南第三は、直樹を呼ばない。


 助けも。


 だが、医療物資の照会は、港にも流れる。


 国境第三にも流れる。


 白羽が止めていないと言い続ける紙の隙間を通って、外へ流れる。


     *


 その日の夕方、薬が届いた。


 青いベストの集団ではなかった。


 白羽の車でもない。


 港湾第三の古い軽トラックが一台、旧南第三の門の前に止まった。


 運転していた男は、作業着の上に古い防寒着を着ていた。


 名札はない。


 だが、荷台には小さな保冷箱が一つ載っていた。


 男は、門の前で箱を下ろした。


「旧南第三ですね」


 健二は門の内側から答えた。


「はい」


「緊急医療物資です」


 健二は箱を見た。


 白羽の印はない。


 国際児童救済基金の印もない。


 宛名もない。


 ただ、貼り紙だけがあった。


 緊急医療物資。

 白羽生活支援系統外。

 返却不可。

 開封遅延不可。

 医療担当者確認用。


 健二は言った。


「誰からですか」


 男は答えなかった。


「差出人が書いてありません」


「はい」


「書いていない物資は、危険です」


「危険です」


 男は、すぐに認めた。


 健二は少しだけ眉を動かした。


 男は保冷箱の上に手を置いた。


「なので、中身を説明します」


 健二は黙った。


 倉持が記録帳を開いた。


 三枝も校舎から出てきた。


 男は、紙を一枚取り出した。


「内容物。抗菌薬。滅菌ガーゼ。消毒液。解熱剤。創傷処置用資材。冷蔵保管品。破傷風リスク対応物資」


 三枝の目が、そこで少しだけ変わった。


 男は続けた。


「診断名を決めるものではありません」


 健二は男を見た。


「どういう意味ですか」


「破傷風だと決めつける薬ではない、という意味です」


 男は紙を見ながら言った。


「汚れた傷。発熱継続。予防接種歴確認不能。搬送先未確定。そういう時に、医療担当者が確認して使うための一式です。使用判断は同封の医療指示書と、到着する医療担当者が行います」


 三枝が一歩前に出た。


「医療担当者も来るんですか」


「遅れて来ます」


「どこから」


 男は少し黙った。


「港です」


「白羽ですか」


「違います」


「国境第三ですか」


「違います」


「では、どこですか」


「書けない場所です」


 健二は、男を見た。


 男は目を逸らさなかった。


「ただし、中身は言えます」


 倉持が記録した。


 差出人未記載。

 宛名未記載。

 ただし配達人より内容物説明あり。

 抗菌薬、滅菌資材、消毒液、解熱剤、創傷処置用資材、破傷風リスク対応物資。

 診断名決定を目的としない。

 医療担当者確認用。

 白羽生活支援系統外。

 返却不可。

 開封遅延不可。


 健二は言った。


「受領責任者は」


 男は、少しだけ困った顔をした。


「書いてありません」


「なぜ」


「受け取る側が決めるように、と」


「差出人は決めない」


「はい」


「こちらに責任を置くということですか」


「違います」


 男は、首を振った。


「こちらの名前を残さないためです」


「誰の名前ですか」


「それは言えません」


 健二は黙った。


 名前がない箱。


 危険だった。


 だが、箱の中身は必要だった。


 美月の熱は下がっていない。


 創部の赤みも引いていない。


 抗菌薬はない。


 滅菌資材もない。


 名前のある物資は届かなかった。


 名前のない薬だけが、門の前にある。


 三枝が言った。


「健二さん」


 声は静かだった。


「必要です」


 健二は頷いた。


「分かっています」


 倉持はペンを持ったまま待っていた。


 健二は言った。


「記録してください」


「はい」


「差出人不明。宛名なし。受領責任者、旧南第三、真柴健二。受領理由、美月の処置に必要なため。内容物、配達人説明により確認。医療担当者確認前提。報酬扱い不明。後日確認」


 倉持が書いた。


 健二は男を見た。


「開けます」


 男は頷いた。


「開封遅延不可です」


 健二は箱を開けた。


 冷気が少しだけ漏れた。


 三枝がすぐに中を確認する。


 薬品名の書かれた箱。

 滅菌ガーゼ。

 消毒液。

 解熱剤。

 創傷処置用の包材。

 冷蔵保管品。


 三枝は、声を抑えて言った。


「使えます」


 健二は、その言葉を聞いてから署名した。


 真柴健二。


 その名前で、宛名のない薬を受け取った。


     *


 美月の処置が始まった。


 少し遅れて、医療担当者が一人到着した。


 白羽の名札はなかった。


 国境第三の腕章もなかった。


 ただ、古い医療鞄を持っていた。


 三枝が横についた。


 倉持は、時刻を書いた。


 緊急医療物資、到着。

 医療担当者、到着。

 本人確認。

 美月、意識あり。

 誘導なし。

 名前確認あり。

 処置開始。


 処置の間、美月は何度も健二を見た。


 健二は、そのたびに頷いた。


「いるよ」


 美月は小さく頷いた。


 名前を呼ぶこと。


 そこにいること。


 薬だけでは足りないものが、旧南第三にはあった。


 処置が一段落したあと、健二は保冷箱の紙をもう一度見た。


 差出人はない。


 宛名もない。


 でも、必要なものだけが入っていた。


 必要な時に、必要なものが来る。


 そんなことは、この国ではもう起きない。


 起きたなら、誰かが無理をしたということだった。


 健二は、まだその名前を書かなかった。


 書けなかった。


     *


 同じ頃、港の保冷倉庫で、ジンは報告を受け取った。


 旧南第三、緊急医療物資受領。

 児童一名、処置開始。

 受領者、真柴健二。

 差出人、未記載。

 開封遅延なし。


 ジンは紙を見た。


「名前を消したのか」


 アレクセイは赤い手帳を閉じた。


「手付金に名前は書かない」


「手付金」


「そうだ」


 ジンはアレクセイを見た。


「子どもの薬を、手付金にしたのか」


「違う」


 アレクセイは言った。


「手付金は、私が払った」


「なら、残りも出せ」


「それは、お前に払わせる」


 ミーシャが、机の上に港湾図を置いた。


 南海福祉二号。


 ジンは船名を見た。


「船か」


「今度は、ただの箱ではない」


 アレクセイは、地図の端を指で押さえた。


「南海福祉二号を止めろ」


「それで何を買わせるつもりだ」


「栄養価の高い食材」


「任務は」


 アレクセイは、すぐには答えなかった。


 その沈黙で、ジンは分かった。


「何がある」


 ミーシャが言った。


「船内に未確認児童」


「日本人か」


「不明」


「名前は」


「記録上は不明。救助条件ではありません」


 ジンはミーシャを見た。


「どういうことだ」


 ミーシャは、薄い照合票を出した。


 そこには、子どもの顔写真があった。


 白い肌。

 薄い色の髪。

 痩せた頬。

 少し大きすぎる上着。

 左耳の下に、小さな傷跡。


 写真の下には、名前ではなく、記号と数字が並んでいた。


 ECPA照合番号。

 推定年齢。

 身長。

 髪色。

 目の色。

 左耳下の瘢痕。

 所持品、赤い布片。

 最終確認地点、北側港湾倉庫。


「欧州共同保護機構の照合票です」


 ミーシャは言った。


「本人確認は、写真、身体特徴、所持品、医療状態、照合番号で行います」


「名前は使わないのか」


「使いません」


「本人が言ったら」


「記録します。ただし、救助条件にはしません」


 アレクセイが低く言った。


「名前を言える子どもばかりではない」


 ジンは照合票を見ていた。


 アレクセイは続けた。


「別の名前を言わされていることもある。黙ることもある。泣くこともある。眠らされていることもある」


 ミーシャは、照合票を閉じた。


「名前を言えるかどうかを、救助の条件にしません」


 ジンは短く頷いた。


「分かった」


「白羽か」


「白羽の名前はありません」


「なら誰の名前だ」


「華南物流互助会」


 アレクセイは言った。


「白羽の外の手だ」


 ジンは地図から目を離さなかった。


「欧州系か」


「そう聞いている」


「船が出れば」


「次の港で、記録が変わる」


 アレクセイは赤い手帳を開いた。


「子どもも、箱も、海の上で持ち主が変わる」


 ジンは照合票を返した。


「急ぐ理由は分かった」


 アレクセイは言った。


「薬は先に出した。美月はそれで時間を買える」


 ジンは低く返した。


「言え、俺に何をさせる」


「船を止めろ」


 アレクセイは地図を叩いた。


「そして、中にいる子どもを出せ」


 ミーシャが手順書を閉じた。


「ジン、移動します」


 ジンは、もう聞かなかった。


 何の船か。

 誰の船か。

 どこの子どもか。


 聞かなくても、十分だった。


 白羽の名前が書かれていない、白羽の船。


 その中に、写真と傷跡だけで探されている子どもがいる。


     *


 南海福祉二号は、港の一番奥にいた。


 白い船体に、青い文字。


 生活安定支援。

 地域児童保護。

 緊急福祉輸送。


 船の名前には、福祉とある。


 だが、港の空気は福祉の匂いではなかった。


 油。


 錆。


 保冷機の低い音。


 そして、隠した荷物の匂い。


 ミーシャは、乗船口の手前で止まった。


「ジン」


「何だ」


「ここから先、真柴直樹は存在しません」


「分かってる」


「旧南第三も存在しません」


「分かってる」


「あなたは、Jin FUKUOKA。欧州共同保護機構、外部実働者。港湾照合補助」


 ジンは短く頷いた。


「任務は」


 ミーシャは答えた。


「一、南海福祉二号の出航停止条件を成立させる」


「二」


「照合票の児童を発見する」


「三」


「本人を生きて外へ出す」


 ジンは船を見た。


「敵は」


「華南物流互助会。白羽の外の手」


「白羽は」


「記録上、無関係」


「いつものことだな」


「はい」


 ミーシャは手順書を開いた。


「注意事項」


「言え」


「船を沈めない」


「分かってる」


「火を出さない」


「分かってる」


「港湾第三が入れる記録を残す」


「分かってる」


「対象児童の本人確認は、名前では行いません」


 ジンは船を見たまま言った。


「照合票か」


「はい。写真、身体特徴、所持品、医療状態で確認します」


「本人が名前を言ったら」


「記録します」


「言わなければ」


「救助します」


 ジンは頷いた。


「それでいい」


 ミーシャは続けた。


「救助後の身元確認は、後続機関が行います。親族記録、写真、渡航記録、医療記録、保護照合票を使います」


「旧南第三のやり方とは違うな」


「違います」


 ミーシャは表情を変えなかった。


「旧南第三は、帰る場所を守るために名前を待ちます」


「お前たちは」


「まず、生きて外へ出します」


 ジンは船を見た。


 それは冷たい言い方だった。


 だが、間違ってはいなかった。


 船の中では、名前を待つ時間がない。


 出航すれば、子どもは次の港へ移される。

 次の紙へ移される。

 次の番号へ移される。

 そして、誰の子どもだったか分からなくなる。


 南海福祉二号の甲板では、作業員たちが動いていた。


 白羽の制服ではない。


 だが、白羽と同じ匂いがした。


 誰も子どもを子どもとして扱っていない。


 箱。

 番号。

 区画。

 荷。

 移送対象。


 呼び方が違うだけで、やっていることは同じだった。


 ミーシャが言った。


「ジン、乗船します」


 ジンは歩き出した。


 真柴直樹では行けない道だった。


 福岡仁なら、進める道だった。


 船の腹の中で、まだどの紙にも完全には飲み込まれていない子どもが待っている。


 その子を出せば、食材が届く。


 その子を出せなければ、旧南第三の食卓はまた薄くなる。


 だが、それだけではなかった。


 ジンは分かっていた。


 美月の薬は、もう届いた。


 だからこれは、薬のための仕事ではない。


 これは、子どもが荷物として次の港へ送られる前に、外へ出せるかどうかの仕事だった。


 ミーシャが、船の影に入った。


 ジンも続いた。


 港の照明が、二人の背中を短く照らした。


 南海福祉二号の出航まで、残り四十分だった。


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