↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
168/302

第168話 守れるが、閉じ込めない

##第168話 守れるが、閉じ込めない


 楢ノ沢館の玄関から、止まっていた時計が外されていた。


 壁には四角く色の違う跡だけが残っている。


 十一時四十三分を指したままの時計は、旧帳場の隅へ伏せて置かれていた。その横では、健二が床板へ白い印を付けている。


「そこは剝がします。こっちは残してください」


 作業員が印を書き写す。


「壁は開けますか」


「先に床下です。両方いっぺんに開けると、作業する場所までなくなるので」


 初回調査から五日が過ぎていた。


 楢ノ沢館は、まだ教育施設ではない。


 二階の四室は立入禁止。暖房は動かず、厨房へ届く水も飲用には使えない。浴場では一基だけ残った給湯器の点検が続いている。


 それでも建物の中には、人の声が戻っていた。


 畳を運ぶ音。


 腐食した釘を缶へ落とす音。


 配管を叩き、水の通り道を調べる音。


 直樹は偵察用オートバイを駐車場の端へ停め、走行距離を記録した。


 旧南第三を出たのは七時十分。


 到着は七時四十九分。


 前回より二分短い。


 速度を上げたわけではない。路肩の弱い場所と、見通しの悪い曲がり角が分かったことで、途中の確認が減っていた。


 ヘルメットを外す。


 旧帳場から健二が顔を出した。


「兄ちゃん、先に二階を見て」


「問題が出たのか」


「まだ出てない。だから、壊す前に見てほしい」


「分かった」


「それと、そこ」


 健二が直樹の足元を指した。


 工具箱が、廊下の中央へ半分はみ出している。


 直樹は壁際へ寄せた。


「担架が通らない」


「ああ」


「楠本さんに見つかる前でよかったね」


「見つけてるよ」


 玄関から声がした。


 楠本カレン一曹が、水の容器を両手に提げて立っている。


「誰が置いた?」


 作業員の一人が手を上げた。


「自分です」


「謝る前に動かしな」


「はい」


「返事が小さい」


「はい」


「よし。工具は壁側。人が倒れた時、この廊下を使うよ」


 楠本は水を帳場へ運びながら、工具箱の取っ手まで廊下と平行に直した。


「真柴」


「何だ」


「二階の手すり、補強が終わるまで体重掛けるなよ」


「覚えてる」


「ならいい」


 楠本は携行端末を直樹へ見せる。


「久世は九時から。回線試験は通った。通信室候補も西側で進める」


「北側は」


「外壁に近すぎる。電源も一系統しか取れない」


「中継器は」


「廊下側。詳しい話は本人から聞きな」


 楠本は水の容器を置いた。


「今は紙より、人が歩く線を空けるよ」


     *


 二階の道路側客室では、古い硝子が外されていた。


 窓枠だけが残り、開口部には仮の板が立てかけられている。板は外から固定されておらず、内側から動かせた。


 健二が水平器を窓枠へ当てる。


「枠から直さないと、防護板も付かない」


「運用開始までに、何室使える」


「今のままなら八室」


「残り四室は」


「雨漏りと床下の腐食。開けてみないと修繕期間も出せない」


「八人を入れる予定だ」


「八室全部を寝室にはできないよ」


 健二は図面を広げた。


 使用可能な八室のうち、四室を訓練生の宿泊室として使う。一室は性別や個別事情に応じて使う予備個室。一室は教官当直室。一室は通信室。最後の一室は保全記録室。


「訓練生は二人一室か」


「開始時はね。修繕が終わった部屋から増やす」


「一人で寝る必要がある者が複数いた場合は」


「受入人数を減らす」


 健二は迷わず答えた。


「部屋が足りないのに、人だけ入れるのはなし」


「開始日を遅らせる案も入れる」


「うん」


「八人を先に決めない」


「建物が六人分なら六人。四人分なら四人」


 直樹は図面の余白へ書く。


 使用可能区画に合わせて受入人数を決定。


 不足時は開始延期、または人数削減。


「建物を人数へ合わせて壊すなってことか」


「無理に使えば、人の方が壊れるよ」


 健二は水平器を外した。


 階下から相原の声が届く。


「会議を始めます」


     *


 旧帳場の壁へ、一階と二階の平面図が貼られていた。


 机の中央には閉鎖回線端末。


 画面には、富士川側の久世真央一尉が映っている。椅子へ深く腰を掛け、机上の通信表示を見ていた。


 端末の隣には、映像のない別回線が接続されている。


『黒瀬です』


 声だけだった。


 末安えりは挨拶より先に書類を持ち上げた。


「黒瀬さん。閲覧範囲は建物図面、保全区画、入退室記録まで。個人の治療情報と家族情報は出しません」


『承知しています』


「会議記録は、決定事項と未決事項だけ。私的な発言は残さない」


『末安さんにも確認をお願いします』


「受けます」


 相原忍一尉が全員を見た。


「今日は完成形を決める会議ではありません」


 図面の横へ一枚の紙を貼る。


 運用開始に必要な最低条件。


「修繕費、燃料、発電機、通信機材には上限があります。直せない場所を無理に使う案は外します」


「安全基準は下げない」


 直樹が言った。


「下げません。使う範囲を狭くします」


 相原が一階図面を指す。


 旧帳場は運用事務室。


 大広間は集合教育。


 入口脇には、人の足が止まった時に一度隊列から外せる退避場所を作る。


「固定壁はなし」


 楠本が言った。


「担架が詰まる。可動式にする」


「戻す条件は」


 直樹が聞く。


「呼びかけに応じられるか。自分の状態を、声でも手でも何でもいいから示せるか。指定した動作が一つできるかを見る」


「声が出ることは条件にしない」


「当たり前」


 楠本は図面の大広間入口へ線を引いた。


「返事の方法は一つじゃないよ」


「戻れない場合は」


「中広間の一時対応区画へ移す。時間を決めて再確認する」


「本人が行けると言っても?」


「怖い時に『行けます』って言う人間はいくらでもいる」


 楠本は直樹を見る。


「あんたもね」


「教官も同じ基準にする」


 直樹が答えた。


 末安さんが記録へ加える。


「中止申告や一時退避だけで、減点や懲戒にはしない。故意の職務放棄とは分けます」


「故意かどうかを一人で決めない」


「教育、行政、保全で確認します」


「それでいい」


 厨房は給水検査が終わるまで調理禁止。


 簡易炊事設備と食料は教育隊側が持ち込み、旧南第三の厨房と物資は使用しない。


 生活物資と危険物は別の倉庫へ分ける。


 浴場は洗浄と衛生のために使い、治療は行わない。


 その三点は短く決まった。


 残ったのは、中広間の隣にある旧控室だった。


「面談室に使います」


 末安さんが言った。


「二人で入るには十分です。内鍵は付けない」


「外からの鍵は」


 相原が尋ねる。


「未使用時だけ管理用に施錠。使用中は外からも施錠しません」


「無断録音は禁止」


 直樹が言った。


「入室時刻と退室時刻は残します。面談内容は本人の同意がなければ記録しない」


 閉鎖回線から黒瀬の声が入った。


『外から入れない施設は、中で起きたことも外へ出ません』


 旧帳場の作業音が遠くなる。


『防御を強くするほど、内部で権限を持つ人間が何をしたか、外からは分かりにくくなります』


「教官を監視するのか」


 直樹が聞いた。


『教官を含めます』


 黒瀬の声量は変わらなかった。


『訓練生だけを疑う施設にはしません』


 直樹は図面を見る。


 音の漏れない壁。


 外から見えない窓。


 内側から開かない扉。


 そこで教官が何を言い、何をさせたのか、誰にも分からない部屋。


「必要だ」


「面談室を出ることと、訓練拒否は分けます」


 末安さんが続ける。


「本人が出たいと言えば出す。面談を続ける必要がある場合も、理由を説明して同意を取り直す」


「危険が迫っている場合は」


「事実と推測を分けて記録します。それ以上は個別判断」


「了解」


 旧控室の扉へ書き込まれた。


 内鍵なし。


 使用中、外部施錠禁止。


 無断録音禁止。


     *


 二階の区画へ移る。


 使用可能な八室のうち、四室を訓練生宿泊区画とする。


 一室は、性別や個別事情に応じて使う予備個室。


 一室は教官当直。


 一室は通信室。


 一室は保全記録室。


 直樹専用の部屋は作らない。


「兄ちゃんの部屋はなしね」


 健二が確認した。


「いらない」


「夜間演習の日は?」


「教官当直室を使う」


「ほかの教官と同じ条件で?」


「ああ」


「通常日は?」


「帰る」


 健二は、それ以上からかわなかった。


「通信室は西側の客室」


 久世が画面へ配線図を出す。


『電源は二系統。片方が落ちた場合、外部発電機へ切り替える。室内中継器は廊下側』


「窓は」


『残す』


「外から見える」


『防護板を付けろ。ただし、完全閉鎖はしない。排熱、採光、外部アンテナの目視確認が必要だ』


「防護板は内側から手動開閉」


『重量と固定方法は健二と決めろ。私は通信条件だけ出す』


「分かった」


 久世は自分の担当範囲から出なかった。


 健二も通信機器の位置には口を挟まず、床荷重と窓枠の状態だけを記す。


「宿泊室の窓も、同じ構造にする」


 直樹が言った。


 前回、めぐみと書き直した図面を机へ置く。


 防護板・開閉可能。


「基本は使う本人が開け閉めする」


「警戒時は?」


 相原が聞いた。


「当直責任者が閉鎖を指示する」


「一度閉めたら、いつまで?」


 末安さんが尋ねる。


「危険がなくなるまで」


「それでは、一度の命令で一日中閉められます」


 直樹は図面を見る。


「一時間ごとに再判断する」


「閉鎖を命じた教官一人だけで延長しない」


「当直責任者と別の一名で確認」


「宿泊者本人にも、理由を説明してください」


「解除を求める権利も入れる」


「危険が残っていれば、開ける必要はありません。ただし、説明と記録は必要です」


「ああ」


 健二が窓の横へ、小さな矢印を描いた。


 閉じる方向。


 開く方向。


 どちらにも動く印だった。


     *


「私物検査について」


 末安さんが新しい用紙を置いた。


「無断では行いません。理由を記録し、検査した物と結果を本人へ説明します」


「危険物を隠している可能性があっても?」


 相原が聞いた。


「生命に直結する場合は、先に止める。その後、一時間以内に記録」


 黒瀬の声が入った。


『検査を行った者だけで、正当性を判断しないでください』


「行政担当と保全担当が、あとから確認します」


 末安さんが答えた。


「拒否した事実だけで、不採用や懲戒にはしない。ただし、具体的な危険があれば生活区画への入室を制限する」


「根拠は残す」


「当然です」


 直樹は宿泊室の扉を見る。


「廊下から、部屋の中は見えない方がいい」


「覗き窓は付けないよ」


 健二が言った。


「寝る場所まで見える建物にはしない」


「でも、ずっと誰かが出てこないのも困る」


 楠本が扉を指で叩く。


「朝と夜、名前を呼ぶ。返事がなければ、二人で確認する」


「教官だけが確認するのか」


「訓練生同士でもいい。教官を待って手遅れになる方が困る」


「内部を監視しない。安否だけを見る」


 直樹がまとめた。


「休息を怠慢として扱わない」


 末安さんが加える。


「確認理由は安全だけです」


     *


 最後に残ったのは、非常口だった。


 表玄関。


 大広間脇の出口。


 厨房側の勝手口。


 外階段は、補強が終わっても重量制限が残る可能性がある。


「主要避難路には入れない」


 直樹が言った。


「補助避難路です」


 相原が答える。


「主要二方向は、表玄関と大広間脇」


「片方が塞がれた場合は」


「厨房側を広げる」


 健二が図面を指した。


「配管を移せば、担架も通せる」


「費用は」


「今日中に見積もりを出す」


「優先する」


 相原が決めた。


「鍵は一人に持たせるなよ」


 楠本が言った。


「教官が倒れたら終わる」


「非常口は内側から一動作で開けられる構造にする」


 直樹が答える。


「暗くても、手が震えてても開けられる形」


「建具屋へ伝えるよ」


 健二が記す。


「説明書を読まないと開かない扉にはしない」


 非常口の脇へ、直樹が書き加える。


 教官不在時も使用可能。


     *


 相原は、決定した箇所へ一つずつ印を付けた。


 一階。


 旧帳場は運用事務室。


 大広間は集合教育。入口脇に可動式退避区画。


 厨房は給水検査まで調理禁止。


 中広間は負傷者の一時対応。


 旧控室は面談室。内鍵なし。使用中の外部施錠と無断録音を禁止。


 倉庫一は生活物資。


 倉庫二は危険物。


 浴場は洗浄と衛生区画。


 二階。


 宿泊室四室。


 予備個室一室。


 教官当直室。


 通信室。


 保全記録室。


 直樹専用室は作らない。


 窓は防護可能。ただし完全封鎖しない。


 閉鎖時は理由と時間を記録し、一時間ごとに再判断する。


 居室内部は常時監視しない。


 それでも、誰かが長時間閉じ込められていることを隠せない運用にする。


 非常口は二方向以上。


 内部から一動作で開けられる。


 訓練生にも教官にも、中止申告権を与える。


「決定事項は以上です」


 末安さんが言った。


「未決事項は、防護板の材料、給水検査、暖房範囲、外階段の荷重、冬季の通勤条件」


「開始日は決めない」


 直樹が言う。


「基準を満たしてからだ」


「受入人数も、使える部屋に合わせます」


 相原が答えた。


『教育予定を理由に、安全基準を変えるな』


 久世が言った。


「開始承認の条件へ入れる」


『それでいい』


 映像のない回線から、黒瀬の声がした。


『個別の規則だけでは、判断に迷った時の基準になりません』


 末安さんが赤いペンを持つ。


「表題ですか」


『必要です』


「短くしてください」


 健二が、窓の図面を見る。


 閉じる矢印。


 開く矢印。


「守れる」


 健二が言った。


「でも、閉じ込めない」


 直樹は図面を見た。


 外から撃ち込まれない窓。


 内側から開けられる非常口。


 使用中は施錠されない面談室。


 監視されない宿泊室。


 それでも、教官の権限だけでは誰かを隠せない記録。


「それでいい」


 末安さんが改修方針書の上部へ書いた。


 守れるが、閉じ込めない施設。


 相原が確認印を押す。


『異議ありません』


 黒瀬の声が言った。


『ない』


 久世も続いた。


 楠本は立ち上がり、机の端へ置かれていた工具箱を持つ。


「紙は終わり。人が通る線から空けるよ」


     *


 会議のあと、楢ノ沢館の中へ新しい線が引かれた。


 玄関から中広間まで、赤いテープが貼られる。


 担架と人が通る線。


 工具も資材も置かない。


 大広間の入口脇には、可動式の仕切りを置く位置が白線で示された。


 旧控室の扉から内鍵が外される。


 外側の管理鍵は残したまま、使用中に施錠しないことを示す札が取り付けられた。


 倉庫二には、危険物区画の札が付いた。


 武器も弾薬も、まだ運び込まれていない。


 二階の窓には、健二が開閉方向を示す矢印を付ける。


 防護板はまだない。


 暖房も動かない。


 給水の検査も終わっていない。


 楢ノ沢館は、まだ人を受け入れられなかった。


 それでも、何を守り、何をしてはいけない場所なのかは決まった。


 十七時五十二分。


 直樹は自分で時計を見た。


 窓枠は、あと二枚残っている。


 廊下の資材も、すべては運び終えていない。


「楠本一曹」


「何」


「窓枠が二枚。道路側の仮板確認。相原への作業報告」


「引き継ぐ」


「問題が出たら連絡を」


「入れる」


「頼む」


「受けた。帰りな」


 今回は、帰れと言われる前に仕事を渡していた。


 楠本は直樹の代わりに責任を背負うのではない。自分の担当として、残りを受け取った。


 直樹は作業員へ声を掛け、オートバイへ向かった。


 楢ノ沢館を出たのは十八時一分。


     *


 帰路の途中、道路脇の注意表示が倒れていた。


 直樹は速度を落とす。


 停車し、位置と状態を端末へ記録した。


 国境第三の道路担当へ送る。


 自分では立て直さなかった。


 再び走り出す。


 山の影が道路へ伸びる。


 旧南第三の外壁が見えてくる。


 大楠。


 集落の屋根。


 夕食の煙。


 学校の手前で速度を落とした。


 正門を通り、守衛室脇へ入る。


 エンジンを止める。


     *


 めぐみは二階の廊下で、窓を閉めていた。


 夕方の風が、壁へ留めていた子どもたちの絵を揺らしている。


 直樹が食事を終えて階段を上がると、めぐみが振り向いた。


「なお」


「ああ」


「おかえり」


「ただいま」


 めぐみは窓の留め金を下ろした。


「今日は分かったよ」


「何がだ」


「なおの音」


「大庭はいない」


「二台でも分かるかもしれない」


「なぜ」


「帰ってくる時の音だから」


 めぐみは、直樹の袖に付いていた白い木くずを取った。


 指先でつまみ、近くのごみ箱へ落とす。


「今日は、何を決めたの?」


「建物の使い方」


「窓は?」


「閉じられる。開けられる。閉めたままにする時は、理由を残す」


「うん」


「俺の部屋は作らない」


 めぐみが直樹を見る。


「旅館に、なおの部屋がなくても平気?」


「通常日は帰る」


「こっちに?」


「ああ」


「夜の訓練は?」


「教官当直室を使う。ほかの教官と同じだ」


「そっか」


 廊下の向こうから人の足音が近づいた。


 めぐみは直樹の袖を軽く引く。


「部屋、入る?」


「ああ」


 二人で室内へ入る。


 めぐみが扉を閉めた。


 机の横に立ったまま、直樹の胸元へ手を置く。


「今日は、なおから?」


 直樹は意味を確かめるように、めぐみの顔を見た。


「いいのか」


「うん」


 直樹はめぐみの頬へ手を添え、唇へ短く触れた。


 離れると、めぐみが少し笑った。


「おかえりの分」


「ああ」


 めぐみは直樹の肩へ額を預けた。


 直樹はその背へ右腕を回す。


 強く抱き締めず、離れようと思えば離れられるだけの力だった。


「なお」


「何だ」


「旅館に部屋を作らなかったのは、帰るため?」


「それだけじゃない」


「うん」


「俺だけの部屋を作れば、そこが俺だけの判断で動く場所になる」


「だから、作らない?」


「ああ」


「帰る場所は、もうある?」


 直樹は少し考えた。


「ある」


「学校?」


「ああ」


 めぐみの腕が、直樹の背へ回る。


「ここも?」


 直樹は答える前に、めぐみを見た。


「入っていい時は」


「うん。それは毎回、私が決める」


「ああ」


「今日はいいよ」


「分かった」


 めぐみはもう一度だけ、直樹の唇へ軽く触れた。


 楢ノ沢館に、直樹専用の部屋は作らなかった。


 その夜、めぐみは遠くから近づいた一台分のエンジン音で、直樹が帰ってきたことを知った。


 直樹もまた、その音を止める場所を、自分の帰還先として選んでいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。