第9話「蠅の王」
平原を征く3台の幌馬車の内、先頭には首都から拉致された若い女性たちと、拘束されたゼルが載せられていた。有難いことに、「蝿の王」ベルゼブも共にいる。
少女の一人が自らの境遇を憂いて啜り泣き始めた。それを見たベルゼブが苛ついた様子で黒い三又槍の柄を使い、床板を鳴らす。
「この世の終わりみてえな反応するんじゃねえよ。ちょっとばかりウチの支援者と子作りしてもらうだけだ。」
その言葉を聞いて今まで堪えていた他の女性達も泣き出してしまった。
「何故このような強引な真似をするのですか……?」
「あぁ?」
修道女の少女が意を決してベルゼブに問いかける。
「子が欲しいのであれば女性と仲を進展させて、同意の元で子作りを為すのが普通のことです。法を犯して女性を拉致するのは恥ずべきことのはずです」
「……くくく」
少女の言葉を耳にしたベルゼブが静かに笑みを漏らす。
「ははは……は、は、ハーハッハッハッ!!」
やがてその笑みは爆笑へと変わっていったが、それは面白さから来る笑いというより、何かもっとドロドロした感情を、無理やり笑い声の形で吐き出しているといった雰囲気だった。
「何が可笑しい」
ゼルが軽蔑を込めた態度で問いかける。
「可笑しいも何も、こんな笑える話あるか……?」
ベルゼブが身に纏っていた鎧の中で、頭部を覆うヘルムの部分だけが溶けるように消えていく。
兜の下の素顔が顕になり、その場にいる全員が息を呑んだ。
ベルゼブの素顔には皮膚と呼べる場所が殆ど存在しなかった。赤黒い筋肉組織が剥き出しとなっており、瞼のない眼球は歪な形に歪み白く濁っている。
「おいおいそう驚くなよ……これでも昔よりは大分男前になったんだぜ?」
「貴様……もしやその顔は自分で……!」
「……不死身ってのは厄介だよなあ。首括っても、毒飲んでも、海に飛びこんでも死ぬほど苦しいだけで死にやしねえ。ただそれでも再生する度に少しずつ『ズレ』てくるみたいだな。今となっては外も『中身』もこの様だ。真っ当な生き方なんて出来るはずがねえ。俺の支援者たちも似たようなもんさ」
ベルゼブの言葉に少女たちが言葉を失う中、幌馬車の外から何者かの声が響いてきた。
【皇帝の名の下に、そこの幌馬車止まりなさい!】
「なんだあ?」
外の様子を窺おうとしたベルゼブの目に飛び込んできたのは、積乱雲の如く平原に影を落とす、巨大な飛行船だった。
————第10話に続く。




