第11話「絆」
予兆もなく木片が砕け散る音が響き、幌馬車の中にいた若い女性たちが悲鳴を上げる。
馬車の天井に何かが突っ込んだのだ。
「あぐぐ……」
「君は!」
女性たちを背に庇う形で立ち上がったゼルは、突っ込んできたものの正体を察して驚愕した。自分がガラシャを回収しようとした時にひと悶着した少女だったからだ。
「は、はろー……女の子たち……怪我とか無い?」
「あ、貴方こそ……」
修道女の少女がキリエに答える。
「ってあんたゼル=ヴァーク!! 全部知ってるんだからね! ベルゼブの計画に加担するなんて何考えてるの!」
興奮して体を激しくくねらせたせいで穴が広がり、キリエはそのまま馬車の中に落下した。
「さてと……うん? それバニリウムの手錠?」
キリエは鼻血を拭うと、ゼルの両腕にかけられた能力を封じる魔道具の存在に気がついた。
「なんで貴方が能力を封じられてんの……」
「うむ……しっかり説明したいところだが時間がない」
「ふうん、続けて」
「この手錠を壊してくれ。信用できないことは百も承知だが、私は騙されていたんだ。ここにいる女性たちを解放しなけ——」
ゼルが言い終わる前に、キリエは刀を抜いて下から上へ鋭く切り上げる。
「——!!」
ゼルは一瞬自分の顎が切り裂かれたものかと感じたが、実際に切り裂かれたのはバニリウムの手錠の鎖の方だった。
「……なっ……!?」
「何驚いてんの? これで能力使えるでしょ?」
「いや……たしかに頼んだのは私だが……こんなすぐに信用してくれるとは……」
「私、英雄目指してるから」
キリエは人差し指を立てて微笑んだ。
「英雄の基本は人のことを信じることだよ」
ゼルは彼女の言葉にいたく衝撃を受けたようだった。
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「おい、今女どものいる馬車の方に何か突っ込んだぞ!」
「急げ! 中を確認するんだ!」
3台あった馬車の内、前から2番目にはブラックフライの兵たちが乗り込んでいた。前方の馬車で何かが起こったことを察した彼らは続々とそちらの方へ乗り込んでいく。
「うわあああ!!!」
悲鳴と共に兵たちが馬車から外へと吹き飛ばされた。その後に降りてきたのは、臨戦態勢となったキリエとゼルの2人だ。
「すぐにミティスに加勢しないと——」
「いや、待て。ベルゼブはどこだ?」
ベルゼブの姿がどこにも見当たらないことに不吉な予感を感じたゼルは素早く周囲を見回し、やがて宙に浮かぶ巨大な飛行船の近くにその姿をみとめた。
「……嘘でしょ……」
ゼルの視線を追い、キリエは言葉を失った。
ハーベストムーン号の後部魔導エンジンから、紫色の煙が上がっていた。艦体は完全にバランスを失いじわじわと高度を下げつつある。その姿を、背中から蠅のような二対の不気味な翅を生やしたベルゼブが、無言で見下ろしている。
[キリエさん!? こちら艦長ラブ! 正体不明の人物に後部を狙われてエンジンに損傷! このままじゃ高度を保てあああ!!]
キリエのスマリトからラブの悲痛な通信が流れてきたが、キリエは凍りついたかのように何の行動も起こすことができなかった。それでなくともミティスがキマイラ相手に苦戦しているのだ。
「(どうすれば……!?)」
混乱の渦に囚われかけたキリエの思考は、がしりと肩を掴まれる感触で中断された。
「あの飛行船は私に任せろ。君はベルゼブを食い止めてくれ」
ゼルの視線を追うと、確かにベルゼブがこちらに向かって飛んできている。次はお前らだという意味だろう。
「ゼル」
「君は信用ならない魔族の私を信じてくれた。その決断に報いる時だ」
ゼルはそう言うと黒い影を纏って自身の姿をカラスの姿に変える。
————能力技巧・闇烏
キリエはカラスがハーベストムーン号の方へ向かっていくのを見送ると、自身のために新しく拵えられた刀である「寒月丸」を鞘から抜き出し、戦闘に備えた。
——第12話に続く。




