第7話「闇の中に見出す」
砦の地下にある牢屋の中で、ゼルは意識を取り戻した。腕には白みがかった金属で作られた手錠が巻かれている。能力の使用を封じるバニリウム製の拘束具だ。
「(くそ……!)」
ひとまずベルゼブに突かれた傷の具合を確かめる。
「(布が巻かれている……?)」
どうやら誰かが応急処置をしてくれたらしい。さもなければいくら頑丈な魔族の肉体といえど、失血死の可能性があっただろう。
「良かった。意識が戻ったのですね」
ふと視線を上げると、先ほど捕まっていた修道女が話しかけてきたことに気がついた。
牢屋の中には彼女だけでなく、若い女性が大勢閉じ込められている。
常識としては傷の手当の礼を言うのが筋ではあるのだが、ゼルの中ではそれより先に疑いの感情が
よぎってしまった。
「何故……助けてくれた? 私は連中の仲間だ」
修道女の少女は答える代わりに自身の首飾りを手に取った。汚れでくすんだ色の、蛾を象った装飾だ。
「君は……死の女神アニスの信者か」
ゼルは自分の首にもかかっている蛾の首飾りを握りしめた。
「『困難な時こそ生命への敬意を示すべし』」
「『闇の中でこそ光は眩く輝く故に』」
少女の言葉にゼルが続く。死の女神の信者が最初に学ぶ警句である。
「アニス様を信仰する者は、死者を尊ぶことで生命への敬意を忘れずにいられると言います。貴方があの蝿の王を名乗る男のような、慈悲のない方だとは思えないのです。きっと事情があるのでしょう? 差し支えなければ教えていただけますか?」
ゼルは傷に負担がかからないよう少し楽な姿勢になってから口を開く。
「……私はかつての人魔大戦で魔族の英雄と呼ばれた男だ。だが結局は主神の加護を得た転生者たちを抑えきれずに敗北した。私たち魔族は神々に見捨てられたのだ」
ゼルは静かな語り口で話し続ける。
「私は敗北の理由を知るために死の女神の信者となり、神との交信を続けた。やがて私は自分が英雄などではなく、多くの人間の命を奪った殺戮者であることに気がついた。私はもはや戦うべきでないと悟り、最近まで隠居生活を続けていた。そこに現れたのが『蝿の王』を名乗る男……ベルゼブだ」
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「(こりゃ傑作だな 世界中で魔族の難民が迫害されてるっていうのに 魔族の英雄様は楽隠居ってわけか?)」
「(何が言いたい?)」
「(神様なんざ信じたところで誰も救われやしねえよ。お前にその気があるなら俺と一緒に弱い立場の連中を救うための行動を起こそうじゃねえか!)」
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「蝿の王はそのようなことを……」
「ああ。だが結果はこの通りだ。闘いに敗れ、迫害に怯える魔族たちに希望を示すどころか、さらなる罪を重ねることになってしまった」
修道女の少女はゼルの手首を握った。
「たとえ希望が見えずとも絶望に従ってはいけません。私以外の女性も私の言葉に耳を傾けてくださり、今もやけにならずこうして生きています」
「……たとえ希望が見えずとも……」
ゼルは空を見上げるも、そこにあるのは真っ暗な牢屋の天井だけだった。
だが、その瞳から完全に光が消えてはいない。
「……希望は……もしかしたら、まだ見えているのかもしれない」
ゼルはここに来る前に出会った2人の少女のことを思い出していた。




