第5話「象徴」
キリエの目に飛び込んできたのは巨大な飛行船だった。
船体の大部分を占めるガス袋は積乱雲の如く雄大で威圧感を放っており、後部の推進機構らしき装置からは鮮やかな紫色の炎を吹き出している。
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「じゃあ乗り込もう」
「えっ、乗り込むってどうやって――」
いい終える前にミティスはキリエの腰をしっかり掴んで固定する。
――能力発動 流星飛行
ミティスの翼の先端から赤い光が放たれたかと思うと、次の瞬間には二人の体は地面から遠く離れた中空へと浮かんでいた。
「すごい……!」
「国を一旦出た後、能力について学ぶ場所を見つけてさ。そこで覚醒したんだ」
地面から離れて十秒程で2人は飛行船の乗り入れ部に到着した。
「ミティスさんのご帰還だ!!」
「お疲れ様です! ミティスさん!!」
2人を出迎えたのは、船乗りの服装に茶色のマントを羽織った2人の小柄な男女だった。耳は可愛らしく尖っており、茶褐色の肌に金髪が映えている。
「えっ、ちょっとなにこの子たち……可愛すぎ!!」
キリエは男の子の方を捕まえると子犬のように優しく抱きしめる。
「むーっ!」
男の子は声を上げてもがくも、顔がキリエの豊かな胸に埋まる形になっているので満更でもなさそうだ。
「キリエ。その子はこの船の艦長のラブ。こちらは副艦長のブラだ。敬意を持って接してくれよ」
「えっ、そうなの!? いきなり抱き上げてごめんね」
キリエは名残惜しそうにラブを下ろした。
「むにむにで……ふわふわ……あったか……」
「もう艦長! しっかりして!」
キリエの胸の感覚にメロメロ状態のラブに対して、ブラはぷりぷりと怒り出す。
「艦長。キリエにハーベストムーン号の案内をしてくれ。私は下に戻って、暴れてた悪党を回収してくる」
「いいにおい……ふわっ、アイアイサー! 案内します!」
ラブはぷるぷると首を横に振って正気に戻ると、キリエとブラの手を握って2人を船内へと招き入れた。
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「我々の拠点『ハーベストムーン号』は、転生者の持ち込んだ『飛行船』という概念をこの世界の技術で再現した最新鋭の空中拠点であります! 我々が今いるのは作戦司令部、他にも居住スペースや食堂、シャワールームも備えております!」
「すごっ……」
キリエの口から素直な感嘆の言葉が漏れる。
ハーベストムーン号の船内は転生前の彼女でも一度も目にしたことのないような、奇妙でかつ美しい風貌だった。
全体的に美しい純白の金属で構成されており、青い光の筋が血管の様に張り巡らされている。
船内の至る所ではラブとブラと同じブラウニー族の船員たちが荷物を運んだり、機器のチェックを行ったりとせわしなく働いていた。
「気に入ったか?」
「ミティス!」
キリエの後ろから一仕事終えたであろうミティスが声をかけてきた。
「下層階には拘束部屋もある。今そこにガラシャの奴をぶち込んできた。バニリウム製の特別な牢屋だから能力も使えない」
ミティスはそう言うと大部屋中央の巨大なテーブルの席についた。キリエもその隣に座る。
「……こんだけデカいテーブルなんだからわざわざ隣に座らなくても」
「だって久々のミティスだし……」
2人が話しているとテーブル中央の突起から光の粒子が溢れ出し、見覚えのあるシルエットを映し出した。
「邪魔したかな?」
「ヘルタ! これって……ホログラム!?」
「私たちは『マジグラム』と呼んでる。魔力で光の挙動を制御してるんだ」
マジグラム越しのヘルタは少し得意気に微笑むと、キリエに向かって話し続ける。
「聞きたいことは山ほどあるだろうけど先に結論だけ言わせてほしい。キリエ。君には皇帝直属の組織のリーダーになってほしいんだ」
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転生者の介入による人魔大陸戦争の終結から時を経て、この世界で転生者の存在は当たり前となりつつあった。
しかし、戦争が終わっても大陸からあらゆる脅威が取り除かれたわけではない。堕落者のような堕落した転生者は勿論、転生者と共に持ち込まれた技術を悪用する犯罪者、そして王国各地に散らばっている魔族の敗残兵など、トラブルの火種は無数に存在する。
そこで皇帝は、あらゆる国難に対して柔軟に対応可能な、皇帝直属の組織の立ち上げを命じた。現場への早急な異動が可能な新型飛行船を拠点とし、少数精鋭の能力所持者で構成された治安維持組織、その名も――
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「ここだけの話、組織の名前はまだ決めてないんだ。リーダーに決めてもらう予定なんだよ」
「リーダーって……ヘルタかそうじゃなかったらラブじゃないの?」
キリエの問いにヘルタが答える。
「私はあくまで作戦の立案や皇帝との連絡役を務める司令官。ラブはこの船の艦長だ。組織をまとめて引っ張り上げていく象徴としてのリーダーの席は空白だった」
「だからあたしがキリエのことを推薦してたんだ。アタシが知る中で一番ふさわしい人だったからさ」
「……」
ミティスの言葉にキリエはとっさに口をつぐむ。
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「(いつまでヒーローごっこなんてやってるつもりだ? そのうち死ぬぞ)」
「(みんな……! 嘘でしょ……!?)」
「(私たちを見捨てるのか、キリエ!?)」
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「……キリエ?」
「……ねえミティス。私少し休ませてもらって良い? さっきの戦いで疲れちゃった。リーダーの件はもう少し考えさせて」
「……分かった」
キリエはブラウニー族の船員に連れられて居住スペースへと向かっていった。
「そう言えばキリエは、元いたチームを解散したって……その時何かあったのかな?」
「……ちょっと待った。諜報班から報告が上がってきた」
ヘルタは諜報班からの報告を確認すると怪訝な表情を浮かべた。
「ミティス。今回のガラシャと名乗る堕落者の件だが……死者は0だそうだ」
「ああ。それは良かった」
「でも少し不可解な点が上がってきている。行方不明者が結構な人数いるんだ」
「行方不明?」
ミティスは眉をピクリと動かした。
「瓦礫に生き埋めにされている可能性は?」
「いいや、救出活動はほぼ完了している」
「じゃあどうして……」
ミティスは首をかしげるが、ヘルタは既にある一つの仮説に行き着いていた。
「考えられるのは……あのガラシャの大暴れはあくまで囮で、本当の目的は別にあったということだ」
−−第6話に続く。




