第14話「人と獣(2)」
「糞がっ!」
ガラシャは慌てて床に爪を立てて体を固定した。
ゼルも両手の鉤爪を床に突き刺し、周囲の状況を確認する。
機体の横にある出入口は扉が外れて落下したらしく、地面がしっかり見える事態になってしまっている。生身で落ちればまず命はないだろう。
「ぐるる……」
ガラシャはサディスティックな笑みを浮かべ、ゼルの方へと這い上がっていく。不安定な体勢のゼルにトドメを刺すつもりなのだ。
「「「うわーーーーっ!!」」」
更に不味いことに、船員のブラウニーが四人ほど、自分を支えきれずに落下していく。
「……」
この万事休した状況の中で、ゼルは敢えて目を閉じ大きく息を吸い、頭の中に地平線の向こうまで続く静かな水面をイメージした。
これにより、ゼルにとっては周囲の時間がゆっくりと感じられる現象が起こった。宙に散らばる金属片の一つ一つの形まで視認できるような状態だ。
目を開いたゼルの動きは素早かった。
——能力技巧・闇蜘蛛
黒く染まったゼルの右手が蜘蛛の形に変わり、その先端から粘着質の黒い網状の糸が吐き出される。
「「「ふにゅぎゅ!」」」
ブラウニーたちはこの黒い糸に絡み取られ、そのまま全員まとまって船体内部の壁面にへばりついた。
「ああ!?」
その光景に一瞬視線を奪われたのがガラシャにとっての失策だった。視線を戻した時には、既に両手の鉤爪を突き出したゼルが目前に迫っていたのだ。
ドシュ!!
予想外の事態にガラシャは対応できず、ゼルの鉤爪が両肩を貫いた。その場で踏ん張ることもできずに扉が外れた出入り口からゼル諸共、真っ逆さまに堕ちていく。
「てめえ正気か!? この高さじゃ死ぬのはてめえの方だ!」
「死にはしない」
ゼルは冷静に答えると姿を烏に変えてそのまま飛行船の方へと飛んで行った。
「こ……この野郎!」
独り空中に残されたガラシャは見苦しくもがきながら悪態をつくが、そのような真似をしたところで重力に抗えるはずもない。
ドゴオン!!
「ちく……しょう……」
轟音を立てて地面に落下したガラシャの姿は、能力の効果も解かれ、萎びたチンピラが地面に頭から突き刺さって弱弱しくもがいているというなんとも間抜けな姿だった。
「小難しいことを考えずに行動していると『そう』なるんだ。教訓にしておくがいい」
ゼルは体勢を立て直した飛行船の出入り口からガラシャを見下ろし、ポツリと呟いた。
「着陸できそうか?」
舵を握るラブに問いかけるゼル。
「緊急着陸はできそうです。けれど問題が……!」
「なんだ?」
「船体の向きを変えることができないんです! このままだと……あの人たちに突っ込みます!」
「……! これは不味い……!」
ハーベスト号は船体をゆっくりと降下させながら、幌馬車の周りでキリエの闘いを見守る少女たちの方へと向かっていた。
——第16話に続く。




