第13話「人と獣(1)」
ハーベストムーン号の内部は大騒ぎを通り越し、地獄絵図と化していた。
能力で狼の化け物となったガラシャがブラウニーたちを捕まえては投げ、設備を破壊していく。
赤い警告灯の点滅は止まる様子を見せず、パニックを起こしたブラウニーたちの騒ぎは収まる兆しもない。
そうこうしている間も船体は高度を下げ続け、墜落の瞬間が刻一刻と近づいているのだ。
「お前は可愛いなぁ……頭蓋骨噛み砕いて中の脳味噌ずるずる啜らせてくれよお……♪」
「ふぇぇ……!」
舌なめずりをするガラシャを前にしてブラは腰を抜かしてしまい、逃げることも立ち向かうこともできない。
「ぶ……ブラに手を出すな!」
「あぁん?」
すかさずラブが二人の間に割って入るが、ラブの背丈はガラシャの膝ほどまでしかない。子猫を持ち上げるかの如くあっさりとつまみ上げられてしまった。
「なぁガキ……もっと自由なお空の旅なんてどうだ?」
「そ、それって……」
「ほらよ!」
そう言うとガラシャは開けっ放しとなった船体横の出入り口に向かって、ゴミでも捨てるようにラブの体をぶん投げた。
「あっ……!」
「ラブっっ!!!」
ブラは悲鳴を上げて手を伸ばすが、上空へと放り出されようとしているラブには届くはずもない。
走馬灯の類だろうか。全ての時間がゆっくりと感じられる中で、ラブは一匹のカラスが飛んでくるのを目にしたような気がした。
「(えっ……)」
そのカラスはラブの方まで近づくと、一瞬でその姿を狼の獣人の姿へと変貌させた。
ラブの小さな体を、ゼルの大柄な体がしっかりと受け止める。
「怪我は?」
「大丈夫……です。ありがとう」
ゼルの言葉に応えるラブ。
カラスの羽根が舞う中、そこに立つ獣人の男とラブを目にしたブラは、安心で腰を抜かしていた。
「この船は大丈夫か?」
「全然大丈夫じゃないけど……なんとか緊急着陸させます!」
「では頼む。あの怪物の相手は私に任せろ」
「は、はい!」
ラブはゼルの腕の中から飛び降りると、まずは船員たちを落ち着けるために彼らの元へと走っていった。
「おいおい……まさかてめえの邪魔が入るとは思わなかったぜ、ゼル=ヴァーク……」
「意外か?」
「あぁ意外さ」
ガラシャは長い舌でベロリと舌なめずりをした。
「てめえが英雄気取りのガキ共の方に肩入れするなんて意外も意外さ。戦争で俺より大勢ぶっ殺してる癖に、今更光の当たる方へ行けるとでも思ってんのか?」
「無理だろうな」
「あぁ?」
ゼルは迷いの無い足取りでゆっくりとガラシャの方へ歩いていく。
「お前の言う通り私の爪は血で濡れている。その過去を無かったことにはできん。だがそれでもあの娘たちは私のことを信じ、束縛から解放してくれた」
(「貴方があの蝿の王を名乗る男のような慈悲のない方だとは思えないのです」
」)
(「英雄の基本は人のことを信じることだよ」)
「例え自分で信じられなくとも、未来を担うあの娘たちが私の善性を信じてくれるというならば、その期待に応えねば」
「小難しいことごちゃごちゃ言ってんじゃねえよ!」
ガラシャは凶暴な唸り声を上げてゼルへ突進していく。
——能力技巧、闇蛸
漆黒の触腕が床や壁といった四方から現れ、ガラシャの四肢に巻き付いていく。
「こんなので俺を止められるとでも……!」
力任せに触腕を引きちぎるガラシャに、今度はゼルの方が走り寄っていく。
その右手に黒い魔力が集まっていき、それは長柄の棍へと形を変えていった。
「ふん!」
高く跳躍し、狼の怪物と化した男の脳天に一撃を叩き込む。まともに喰らったガラシャはその衝撃に思わずバランスを崩しかける。
「うぐ……!」
だが、先に膝をついたのは床に降りたゼルの方だった。脇腹に巻かれた包帯に血が滲んでいる。
「苦しそうだな英雄さんよぉ!」
その隙に体勢を取り戻したガラシャが強烈な蹴りを喰らわせる。
ゼルは咄嗟に魔法の防壁で防いだものの、その衝撃は確実に彼の肉体にダメージを与えていた。
「……あぁ? なんだ?」
「……まずい!」
ここで2人は船の異変に気がついた。金属の軋む音を立てて、床が斜めに傾き始めている。
「あわわ……やばいやばいやばい!」
舵を握るラブが血相を変えて呟いた。
正確に述べるなら傾いているのは床ではなく、飛行船そのものだった。
バランスを失った機体が、高度を下げながら斜めに傾いているのだ。
ーー第14話に続く。




