第12話「勝敗が決めるもの」
ハーベストムーン号の内部は蜂の巣を突いたような大混乱の場へと変貌していた。
赤い警告ランプの光と鳴り響く非常ベルの下で、ブラウニーたちが未経験の状況にパニックになって上へ下への大騒ぎとなっている。
「みんな! 落ち着いて! 落ち着いてってば!」
「体勢を立て直すの! まずは落ち着いて!」
ラブとブラの2人は両手をバタつかせて船員たちを宥めようとする。2人の言葉に彼らも少しは落ち着きを取り戻したようだった。
「まずは船の損傷状況を調べて僕に報告して! 並行して予備出力装置を起動! 舵は僕が操って可能な限り船体を安定させるから! さあ皆動いて!」
「へえ……ガキの割になかなか冷静じゃねえか」
「これでも船長だからね……んん?」
ラブの顔からみるみる血の気が失せていく。今この状況で最も聞きたくない人間の声が聞こえてきたからだ。
ラブがゆっくり振り向くと、そこには変身して牙の間から黄ばんだ唾液を垂らしたガラシャが立っていた。
船体の損壊によって下層の拘束部屋から抜け出すことができたのだろう。
「ら、ラブ〜……」
ブラが半泣きでラブの腕にしがみつく。
飛行船の船内に獣の咆哮が響き渡り、船員たちは再び大混乱に陥った。
————————————————
「黄金の剣……」
キリエの前に降り立ったベルゼブが静かに呟く。
「今からでも遅くない。投降してベルゼブ。女の子たちを解放して、飛行船の緊急着陸に協力すれば多少は罪を軽くするように便宜を図ってあげる」
「投降……? はっ、笑わせるな! こっちもお遊びや小銭稼ぎでやってるわけじゃねえんだ」
2人は互いに間合いを計りながら、円を描くように歩き始める。
「人間としてどうこうの話じゃねえ。生物の使命なのさ! 例え自分が出来損ないとして産まれても、あらゆる手段で子孫を作り将来を託す。そこに善悪は存在しねえ!」
「拐われて無理やり子供を作らされる女の子たちの将来はどうなるの!?」
「どうせいつかはどこの馬の骨ともわからねえカスみたいな男に股を開くんだ。ちょっと肚をお借りしたところで大した問題じゃないさ」
キリエは眼の前の男の歪みきった認知に言葉を失った。
「俺の下に付いてるのは腕っぷしも良くねえし頭も回らねえ。力と呼べるもんは殆ど持ち合わせてねえ連中さ。そんな奴らにちょっとした希望の光って物ぐらいみせてやれなきゃリーダーの名折れ……っと、喋りすぎちまったな」
ベルゼブは急に落ち着いて三又槍を構え直す。
「女相手に男の論理を話したって意味がねえ。それにどんなに高尚な御高説を垂れたところで、結局正しいとされるのは相手を捻じ伏せた側だ。お前も転生者なら、元の世界で人間がそうやって歴史を作ってきたってことを知ってるだろ?」
「ベルゼブ……!」
「剣を抜きな、ゴールド・ブレイド! お前だって口喧嘩しにわざわざここまで来たわけじゃねえんだろうが!」
ベルゼブはそう言う終わるが早いか、地面を蹴って一気に間合いを詰めてきた。やむなくキリエも腰の刀を抜いて、振り下ろされる槍の穂先を受け止める。
キリエはすかさず前蹴りを放って距離を空けたが、ベルゼブは一瞬怯んだだけですぐにトライデントを振り回し始めた。
「喰らえ!」
遠心力を乗せた勢いのままにトライデントが大きく薙ぎ払われる。キリエはその攻撃を上半身を大きく仰け反らせることで躱すと、体勢を元に戻すと同時にピストルを抜いてコインショットを打ち込んだ。
肘に硬貨か食い込む痛みに怯んだ隙を見逃さず、刀を勢い良く振り下ろす。
「……はっ。やるな。大口叩くだけの実力はあるってことか」
ベルゼブは切り落とされた自身の右手を見下ろして呟いた。
特殊な加工をされた刀による切断は、大量出血やショック死しかねない激痛を引き起こさないとはいえ、常人であればこの時点で勝負は決したと受け入れるだろう。
「だが相手が悪かったな」
切断面から赤黒い管が幾本も伸びていき、落とされた右手に絡みつく。
「えっ……!」
キリエが眼の前の光景に絶句している内に管は右手を引き寄せて、切断面を接合させていた。
「それがあんたの能力ってわけ?」
「そうさ。不死人」……お前に俺は殺せねえよ」
キリエはベルゼブの脳天に刀を振り下ろしたが、ベルゼブは槍の柄でその攻撃を受け止める。
「はあっ!」
キリエはすかさずに二の太刀を振り下ろし、槍の柄を叩き折ってそのままベルゼブの額を鎧ごと切り裂いた。
一瞬の怯みの後、グジュグジュと音を立てながら額の傷も鎧の裂け目も塞がっていく。
「シャアア!」
ベルゼブは槍の先端と折れた柄を二刀流の要領で振り回し、怒涛の連撃を浴びせかけてくる。
「くっ……!」
キリエはベルゼブの猛攻を刀で捌いていき、コンマ数秒の攻撃の間を見逃さず、ピストルを構えて今度は顔面にコインショットを放った。
「……ふぅ……」
「……!」
衝撃でベルゼブの顔面を覆う鎧は剥がれたものの、彼の目から戦意は消えていない。歯で受け止めた金貨を吐き出すと、顔面の肉に埋め込まれた金貨もボロボロと地面に落ちていく。
「……『ヒーリングファクター』……?」
冗談を吐きつつも内心キリエは焦っていた。こちらの攻撃が通用しない以上、いずれ限界がきて戦えなくなるのは自分であることは目に見えているからだ。
——第13話に続く。




