1667年:日西戦争・中盤(反撃と包囲の一年)
【1】1667年1〜3月:スペイン、メキシコ副王領の総力戦
体制へ
序盤の敗北(第一次カリフォルニア沖海戦)で、 スペイン王室は激怒し、メキシコ副王
に命じる。
「太平洋の威信を回復せよ」
「北米西岸を奪回せよ」
メキシコ副王領は次のような総力戦体制に入る。
● ① 新造艦の建造
ガレオン船ではなく、より小型で操艦性の高い武装船を建造
造船所を急拡張
しかし質は日本連邦に劣る
● ② 先住民部族の動員
カリフォルニア南部の部族を懐柔
日本連邦の現地民兵と対立構造を作る
● ③ 陸軍の増強
メキシコから正規兵を増派
砦を連続的に建設し“防衛線”を形成
スペインは「北米での決戦」を選んだ。
【2】1667年4月:スペイン軍、バハ・カリフォルニア北
部で反撃開始
スペイン軍は陸上戦で巻き返しを図る。
● 兵力
正規兵:3,000
先住民同盟軍:2,000
砲兵:200
騎兵:300
● 目的
日本連邦の南州港(ロサンゼルス盆地)を脅かす
松平家の補給線を切断
日本連邦の北米支配を揺さぶる
● 戦術
砦を連続的に建設し、前進拠点を確保
日本連邦の偵察隊を排除
先住民部族を使ったゲリラ戦
スペインは“陸戦で勝つ”という戦略に切り替えた。
【3】1667年5月:松平家北米総督府、反撃に出る
松平家は北米での戦争を主導する。
鉄砲隊(日本式火縄銃+改良型)
百済海兵隊(海洋武士国家の精鋭)
南海覇軍の砲兵(旋回砲台)
現地民兵(日本文化圏の住民)
松平家は「陸戦でも負けない」ことを証明するため、 サンディエゴ北方でスペイン軍を
迎撃。
● 結果
日本連邦の火力が圧倒
スペイン軍は砦を放棄して後退
先住民同盟軍が崩壊
しかしスペイン軍は完全には崩れず、 バハ・カリフォルニア北部に“防衛線”を構築して
粘る。
ここから戦争は長期化する。
【4】1667年6〜7月:スペイン、太平洋艦隊を再建
スペインは海戦での敗北を受け、 **新型艦隊(第二太平洋艦隊)**を編成する。
● 特徴
ガレオン船より小型で操艦性が高い
船体を軽量化
火砲を増設
船員の訓練を強化
● 目的
百済水軍の夜襲・分断戦術に対抗
太平洋航路の制海権を奪回
日本連邦の補給線を断つ
スペインは“海戦の再挑戦”を決意する。
【5】1667年8月:第二次カリフォルニア沖海戦(中盤の
山場)
■ スペイン側
新造艦隊:12隻
旗艦:サン・フェルナンド号
兵力:2,500
目的:三州港を封鎖
■ 日本連邦側
百済水軍:主力艦隊
松平家:沿岸砲台
南海覇軍:火砲部隊
後明:情報支援(福建からの海上情報)
■ 戦闘の流れ
スペイン艦隊、夜襲を警戒して密集陣形を採用
百済水軍は逆に“遠距離砲撃戦”に切り替える
南海覇軍の火砲がスペイン艦隊の側面を撃ち抜く
スペイン艦隊、陣形が崩れた瞬間に百済水軍が突撃
旗艦サン・フェルナンド号が炎上し、艦隊は総崩れ
■ 結果
日本連邦の大勝利。
スペイン艦隊は壊滅し、 太平洋の制海権は完全に日本連邦のものとなる。
【6】1667年9〜10月:スペイン軍、陸戦で粘るが包囲さ
れる
海戦で敗北したスペイン軍は、 陸戦での持久戦に切り替える。
● バハ・カリフォルニア北部に“砦の連鎖”を構築
● 先住民同盟軍を再編
● 日本連邦の補給線を狙うゲリラ戦を展開
しかし――
百済海兵隊が上陸作戦で砦を次々と攻略
松平家の鉄砲隊がゲリラ戦を制圧
南海覇軍の砲兵が砦を破壊
スペイン軍は徐々に追い詰められる。
【7】1667年末:スペイン軍、バハ・カリフォルニア中部
まで後退
中盤の終わりには、 スペイン軍は北米西岸の半分を失い、 バハ・カリフォルニア中部に
撤退して防衛線を再構築する。
日本連邦はここで戦略的優位を確立する。
**【中盤の総括】
日西戦争中盤は“スペインの総力戦”と“日本連邦の包囲戦”が交錯した**
スペインは陸戦で粘り、海戦で再挑戦
日本連邦は海戦で圧倒し、陸戦でも優位
後明(鄭成功)が情報支援で日本側を補強
百済水軍が太平洋の制海権を完全掌握
松平家が北米戦線を主導
結果として、 1667年末には日本連邦が戦略的勝利を確実にする。




