1666年 日西戦争・序盤(開戦〜半年)
【1】1666年4月:スペイン軍、バハ・カリフォルニア北上
メキシコ副王領は「太平洋の威信回復」を掲げ、 バハ・カリフォルニア半島北部に軍を
集結させる。
兵力:2,000〜3,000
艦隊:老朽化したガレオン船+沿岸警備船
目的:
日本連邦のカリフォルニア支配を否定
三州港(サンフランシスコ湾)への圧力
“太平洋はスペインの海”という名目の維持
スペイン側はこの時点で、 日本連邦の海軍力を正確に理解していない。
【2】1666年5月:スペイン軍、サンディエゴ北方に砦を建設
スペイン軍は日本連邦領内に侵入し、 サンディエゴ北方の丘陵地帯に小砦を建設。
これは完全に“越境行為”であり、 松平家北米総督府は激怒。
松平家の巡察隊が警告
スペイン側は「ここはスペイン領」と主張
小競り合いが発生し、日本側に死者が出る
これが 開戦の直接原因 となる。
【3】1666年6月:日本連邦議会(堺)、開戦を決定
堺の連邦議会では、 毛利・百済・松平・南海覇軍の代表が緊急会議を開く。
● 毛利幕府
「北米の安全保障を脅かす行為。撤退要求は必須」
● 百済(海軍中枢)
「スペイン艦隊は弱い。海戦なら勝てる」
● 松平家(北米総督府)
「領土侵犯は看過できない。戦争は不可避」
● 南海覇軍
「太平洋の覇権を確定させる好機」
そして全会一致で決まる。
「スペイン軍に撤退を要求し、拒否すれば開戦」
【4】1666年7月:日本連邦、スペインに最後通牒
内容は明確。
カリフォルニア南部からの即時撤退
砦の破棄
拘束した日本人の引き渡し
太平洋でのスペイン軍行動の停止
スペインはこれを拒否。
理由は単純で、 “太平洋の敗者”という屈辱を受け入れられないから。
【5】1666年8月:百済水軍、太平洋艦隊を三州港へ集結
百済水軍は日本連邦の海軍中枢であり、 純友・平家・日本式海戦術を融合した“海洋武士
国家の海軍”
。
● 主力艦
大型安宅船(百済式)
南海覇軍式火砲搭載船
松平家の北米造船所で建造された外洋船
● 戦術
夜襲
分散攻撃
風向き利用
火矢・火砲の複合戦術
百済水軍は 太平洋艦隊の主力 として三州港に集結する。
【6】1666年9月:スペイン艦隊、カリフォルニア沿岸へ進出
メキシコ副王領は老朽化したガレオン船を中心に艦隊を編成。
旗艦:サン・ミゲル号
ガレオン船:3隻
小型武装船:6隻
兵力:1,500〜2,000
しかし―― 太平洋の荒波に慣れていない。
航海中に損傷する船も出る。
【7】1666年10月:第一次カリフォルニア沖海戦(序盤最大の海戦)
■ 日本連邦側
百済水軍:主力艦隊
松平家:沿岸砲台・偵察船
南海覇軍:火砲部隊
■ スペイン側
ガレオン船中心の重装艦隊
しかし火力は旧式
船体は重く、操艦性が悪い
■ 戦闘の流れ
百済水軍が夜襲を仕掛ける
小型高速船でスペイン艦隊を分断
火矢と火砲でガレオン船を炎上させる
南海覇軍の火砲が決定打
日本式の旋回砲台がガレオン船の側面を撃ち抜く
スペイン艦隊は防御不能
スペイン艦隊、壊滅的損害
ガレオン船2隻沈没
小型船3隻炎上
旗艦サン・ミゲル号は大破して撤退
■ 結果
日本連邦の圧勝。
スペイン艦隊はバハ・カリフォルニアへ敗走する。
【8】1666年11月:陸戦開始(サンディエゴ北方)
海戦で勝利した日本連邦は、 松平家北米総督府の陸軍を投入。
松平家の鉄砲隊
百済の海兵隊
南海覇軍の砲兵
現地民兵(日本文化圏の住民)
スペインの砦を包囲し、 わずか3日で陥落。
スペイン軍は南へ撤退。
**【序盤の総括】
日西戦争序盤は、日本連邦の“圧倒的海軍力”が戦局を決めた**
百済水軍の夜襲・分断戦術
南海覇軍の火砲革命
松平家の北米総督府の地の利
スペイン艦隊の老朽化
太平洋航海能力の差
これらが重なり、 序盤は日本連邦の一方的勝利で進む。




