6 危険な荷物
朝日を茶色い髪に浴びても、ディアナはまだラシュディの膝枕で眠りこけていた。
こうして目を閉じ黙っていれば、無垢で無害な仔猫のようだ。
ラシュディはあくびをしてからこっそりと、しかし大胆に、自分の膝とクッションを素早く入れ替えて、しかもディアナには気付かせない。
それから彼女を置いて、周囲を散策。
落葉で音を立てないように樹上へ、枝から枝へと跳び渡った。
よくよく目を懲らし、とある木に狙いを定めて移る。
足首を交わして枝に引っかけ、コウモリのような逆さ姿勢をとり、幹にわずかな色の違いがある箇所を確かめた。慣れた者でなければ遠目には気付けないだろうが、洞の入り口が泥で塞がれているのだ。
それを壊して手を差し入れると、積まれた枯草のなかに冬眠中のねずみが見つかった。丸っこい体に太い尻尾で、これまた愛でてよし、食べてよしの優秀な森の恵みである。
同様にして順調に狩りを続け、三匹めを懐にしまったところで、見覚えのある人間の姿を発見した。
赤毛の女だ。
焚き火跡の横で暖かそうな毛布に身を包み、大きな荷物を抱いて眠っている。
「こいつもこっちに落ちてきてたのか」
ラシュディが忍び寄り、すぐ近くまで行っても、彼女は悠然と寝息を立てていた。
傍に置いてあるクロスボウは、いつでも撃てるように矢をつがえて固定されている。
「せめて寝るときは矢を外しておけよ。弦が痛むだろ」
その矢を地面に撃ち、残りを矢筒ごと放り捨てても、反応は無かった。
「おい、ちょっと聞きたいことがあるんだが」
試しに肩を揺さぶってみてようやく、女は頭を揺らして起き上がる。
「うぅん? うーん……」
程なく女の灰緑色の瞳が、ラシュディを捉えて大きく見開かれた。
「あかーん!! 嫌やー!! 犯されるー!!」
「バカ、人聞きの悪いこと叫ぶんじゃねえ!!」
「もうダメやー!! ウチは売られるんやー!! 足に鎖つけられて、変態たちの相手させられるんやー!!」
「誰が売るか。お前なんかに興味はねえよ」
「堪忍やー!! こんなことになるなら、せめて清い身体のうちに、全国の旨いもん名物を集めて蟹とか牛とかの食べ放題パーティーしたかったー!!」
「さらっとバカみたいな贅沢言ってんじゃねえよ。じゃなくて、俺が訊きたいのは、こっちのことだ」
ラシュディは女の荷物に手を伸ばす。
するとそれまで泣きわめいていた女の雰囲気が一転――バネ仕掛けのように跳ね、すかさず荷物を取られないように足で押さえて、クロスボウを構え向けてきた。
「あー、あんた、何してんのん!? それ売り物やねんで!!」
その変わりように、驚きを通り越していっそ感心してしまう。
「なるほど商人の鑑だな。自分の仕事を分かってる奴は尊敬するぜ……で、矢の無い弩で俺をどうするつもりだ?」
「あれ? いつの間に?」
「さあな。どうせ寝ぼけでもしてたんだろ、っと」
ラシュディはとぼけながら間合いを詰め、くるぶし辺りを蹴たぐって転ばせ、その隙に荷物を奪い取る。
「あたっ、何すんねん。返しなや!!」
「もちろん、これが真っ当な品ならな」
「な、何の話や?」
赤毛の声に動揺が混じる。
「この中、けっこうヤバい品物が入ってるんじゃないか? 例えば、危ないクスリとか」
「……なんで分かったん?」
「意外と簡単に認めたな。まず、ただの旅行にしては荷物が大きすぎる。さらにかなり旅慣れた雰囲気だったから、それを仕事にしている人間だと思った。商人か、運び屋か」
「よう見てるな」
「それがどうして、あんな危ねえ崖道を通るんだ?」
「そら近道やからな。知る人ぞ知る」
「商人組合公認の品目なら普通の道で駅馬車に積めるだろうし、もっと言えば王都までなら、リリアノ湖から水路を使ったほうが早くて楽だ」
「よう知ってるな」
「俺は昔、行商人の小間使いをしてたことがあるんだよ。とにかく、それでも秘密に歩いて運ぶ価値があるってことは、盗品か、ご禁制か」
「あんたに関係ないやん」
「金儲けを否定するつもりはねえよ。ただ、既に強い立場にある奴らが、てめえの限りない欲望のためだけに、弱いやつらを踏みにじるのは気に入らねえ」
「何や正義の味方のつもりかいな」
「そんな下らねえものの味方をするほど暇じゃねえよ」
ラシュディは彼女の荷物から、親指大の布袋をいくつも取り出して、ぼろぼろとこぼれ落とさせた。そのうち手に残った一つを、破いて中身をさらけ出させる。
「あー、そんなんしたらあかんって!!」
黒い粉だ。
てっきり依存性のある白い粉が現れるかと思っていたラシュディは面食らった。
程なく黒い粉が高熱を帯び、手のひらの上で閃光を放ち始める。
「うわ熱っ」
とっさに捨てるが閃光の勢いは増し、花咲くような爆発を経て、すぐ落ち葉に燃え広がった。
「こんなんなるから、誰にも見られたくなかったのにー」
「言ってねえで、手伝え」
結局、ラシュディ一人で頑張って火を踏み消した。
「おいおいおい、なんだこりゃ?」
「知り合いの発明家が作った新型火薬、いや爆薬かな。処分に困ってたから引き取ったんや。火が無くても使えるって言えば、聞こえはええねんけど」
「なるほどたしかに危険物だ。ヤバい品物だな」
「で、あんた丸腰でウチをどうするつもり?」
火の騒ぎに乗じて、赤毛の女は矢をつがえ直していた。
ウインクする彼女に、ラシュディは両手を頭の上に挙げてみせる。
「じゃあお前、麻薬の密売人じゃなかったのか」
「はあ!? そんなわけないやん!! ご法度もご法度、商人の面汚しやで」
女の声の荒げ方が尋常ではない。
「クスリって、爆薬のことかよ。紛らわしいぞ」
「あんたが勝手に勘違いしたんやんか!!」
「だったら、お前が俺を変態呼ばわりしてたのは? 兵隊に捕まるのが嫌で、適当に難癖つけて逃げようとしてたんじゃないのか? そこで怪しいと思ったんだが」
「いや、マジで変態やと思うてたで」
この回答にラシュディは本気で肩を落とした。
「それよりあんた、どう落とし前つけてくれんねん」
女が一歩詰め寄り、合わせてラシュディが退く。
そのとき遠くの背後から、カラカラと金属音が届いてきた。
「みにゃ~~」
続いて、若い娘の情けない悲鳴がする。
直後、ラシュディは踵を返して一目散に駆け出した。




