姫に誓う 3
あと1話で完結です。
【8月9日 夜】
カレンの部屋にて。
綾女さんに頼んで三色すみれさんの電話番号は手に入れていた。
「先に説明する?」
「私に? 二度手間は嫌でしょう。私はよこで聞いているわ」
というので、カレンの隣で初めての番号にかける。
「……」
向こうからしたら知らない番号から電話がかかってきているわけだ。無言が続く。
このまま無言の攻防戦を続けていてもしかたない。
「三色すみれさん? 一度お会いした相田アキだけれど」
「ええ、こんばんは。早かったのね」
帰ってくる声は確かにすみれさんの声だった。
「神田花純が落ちた件。
まず、花純さんが落ちたとき、たしかに教室にいたのはすみれさん一人だった。綾女さんが5時半に教室に戻った時にいたのがすみれさん一人。
出入り口にいた桃さんの証言によれば綾女さんが教室を去った後に来たのは華代さん。
華代さんは教室の外に6時から6時20分までいたが、その間に教室をおとずれた人はいなかった。
もし4階の教室から花純さんが落ちたのなら、花純さんは教室に入っていなければいけない。花純さんが教室に入ることが可能なのは、以上のことから5時30分、綾女さんが教室を去ってから、6時に華代さんが教室前にくるまでの30分間。
だけど、その時間も実はだれも教室を出入りすることが不可能だったはずだ」
「なんで」
と隣でカレンが言う。
「5時30分に綾女さんが教室に来たとき、入り口で作業をしていた桃さんは作業を切り上げたと言ってた。今日もそうだったが、彼女は作業を切り上げると、跨ぐのが不可能な大きな布を教室入口前に広げて居なくなってしまう。
教室にいたのはキミ一人だった、ほんとに。花純さんすらいなかったんだ。だとしたら、彼女は4階から落下したのでもないし、すみれさんに落とされたのでもない」
電話の向こうからは特に返答はない。けれどなんとなくきちんとすみれさんは電話を持って話を聞いている気がした。
「じゃあ、花純さんはどこから、どうして落ちたのか。建物は4階建だ。4階以上は無い。あと、4階の教室の外に彼女の指輪が落ちていたんだと言っていたな。
だから、4階の教室の外から落ちたんだ。教室の中からおとされたんではなく。
どうして4階の教室を通らず外にいたということは隣の教室から渡ってきたか、下から登ってきたんだろう。僕の予想だと下、3階から上がってきたんだと思う」
「どうして」
と再びカレンが隣で囁く。
「どうして落ちたのか考えてみたんだ。もちろん手を滑らせてって可能性もあるが、僕はキミ――すみれさんが教師陣に事情を問われ落としたことを否定しないというのが気にかかっていた。それは何かしらの意味で『落とした』からなんじゃないかって。
聞いた話だとすみれさんと花純さんの間には不仲といわないまでも手放しに仲良しと呼ぶわけにいかない事情があったんでしょ? 花純さんは今、グループから仲間はずれにされている。その役がちょっと前まではキミだった。つまり、キミを仲間外れにする作業に花純さんは参加していたわけだ。
外から教室に入ろうと思った花純さんが教室の窓際で君を見て、入れないと悟った。もしかしたらキミが窓を閉めたのかもしれないし、すみれさんにはそんな気はなくて窓際に立っていただけかもしれない。花純さんはキミに負い目があって、きっと君は花純さんを恨んでいるはずだと思っていた。だから自ら手を離した。となりの教室から渡ってきて教室に入れないからって飛び降りるのはちょっと不自然だろう。だから下から登ってこようとして、拒絶されて、手を離して落下したって考えた方が自然じゃないかと思ってさ」
なるほど、とカレンが小さくつぶやき頷く。
「正解ですか、すみれさん」
僕が問うと、電話は無言のまま切れた。
事態が雄弁に結果を語っていた。
すみれさんとの電話が切れて5分も経たずに大原さんから電話がかかってきた。
「やってくれたわね。見つかったわよ、神田花純が」
正解、ってことか。
行方不明の彼女が見つかって、(正確には目に見えるようになって)、僕たちは報酬を受け取りに大原事務所を訪れた。
「いやあ、私の目に狂いはなかったわね。まさか本当に事件を解決してくれるなんて」
「なんですかその、期待してなかったみたいな言い方」
大原さんは機嫌がよく、報酬をはずんでくれ……るなんてことはなかったけれど、特上寿司と高そうなワインをふるまってくれた。
肉が良かったとか言いながらもカレンは物凄い勢いで寿司を平らげている。
「ところですみれさんが花純さんを見えなくした理由ってなんなんだろうな」
僕がふと訊いてみる。
「僕たちが来ることを期待して?真相を暴いてほしいから?それだけにしては花純さん、災難が過ぎるだろう」
「そりゃあ、女の子の機微ってやつよ」
とてもそんな機微のわかりそうにない喰い方をしながらカレンは言う。
【8月9日 夜】
事務所での寿司パーティーの帰り。カレンと別れて、暗い夜道を一人歩く。余韻冷めやらないと言うのか、頭の中でぐるぐる、まだ今回の件の登場人物の少女たちの顔と名前と声が渦巻く。
と、ポケットの携帯端末が震えた。
表示されたのは良く知った彼女。
「カレンか。どうした?そろそろ家に着いたころじゃないか?」
「見えなくなった」
「え?何が」
「私、だれからも見えなくなった」
意味を理解するまでに、しばらく。
「どこにいる」
「家よ。でも誰にも私見えていない」
今気が付いた。彼女の声は震えている。
「お前の能力でどうにかすることはできないか」
「やってみたけど、無理そう」
「今行く」
「来なくていい。私は大丈夫だから」
「でも」
「それより正解を探して。まだ、あの答えじゃ不正解だったってことなんでしょ?」
「……わかったよ。それより一人で」
「さみしい。だから、早く私のこと見て」
思い出せ。思い出すんだ。
登場人物。
かれらのセリフ。
彼女らの行動。
なにを見落としている?
何が足りない?




