姫に誓う 2
「私は三色すみれ。貴方方がどこまで知っているのか存じあげないけれど、名前くらいは知っていてもらえているのかしら」
僕は隣のカレンの気配を伺う。カレンが鎧で覆ったような目で三色すみれを見ているのがわかる。
行方不明になっている花純さんを校舎から落としたという容疑者がなぜ僕たちの前に現れたのか。
「同じ学校ですもの。名前くらいは知ってないと失礼でしょう」
カレンが言う。
「相田アキさんに、霞野原カレンさんね。きっと神田花純を探しているでしょう」
神田花純の名前を聞いて若干身体がこわばった。そんな僕らの反応を見て三色すみれは満足げである。
「手間を省いて差し上げるわ。神田花純が行方知れずな理由はわたしに有ってよ」
おお、ずいぶん高慢な自白だな。
「すみれさん、神田花純さんが行方不明な『理由は私にある』ってどういう意味です? 監禁でもしてるんですか? それとも貴女と何か合って花純さんは失踪した、とか?」
「こういうことよ」
そういってニヤッと笑うと、彼女が足元から徐々に薄くなっていった。
――そう、こうとしか表現できない。三色すみれの姿はまるで画像処理でも下みたいに足元から透明になって言って、見えなくなったのだ。
僕とカレンは顔を見合わせる。
三色すみれは能力者。それも、おそらくカレンと同じ、「見えるものを消すことのできる」能力の持ち主なのだ。
「だから神田花純が『どこにいるか』なんて些細な問題だわ。たとえ人ごみの真ん中にいたって誰一人彼女の姿を見ることができないんですもの」
つまり、すみれの能力によって花純さんは誰からも見えなくなっているということか。そりゃあ、行方不明なわけだ。
「想像してみて。目の前にいる人も、隣にいるひとも自分を見ることができないの。どんな気持ちなのかしら」
「いっそいなくなりたいって思うでしょうね」
カレンが言う。
「それで? 私たちが花純さんを探す仕事をしていることも知っているんでしょ。どうやったら彼女を見えるようにしてくれるわけ?」
「神田花純が校舎から落下した件はご存じなんでしょう? その真相を突き止めたら、彼女を解放するって約束するわ」
それは三色すみれからの宣戦布告であった。
【8月9日】
翌日、放課後僕は再びカレンの学校へ向かった。
『神田花純転落事件』の真相を探るべく――とりあえず事情聴取に現場検証である。
学校にやってくると、何故か綾女さんがぴょこぴょこと笑顔で寄ってきた。
「花純ちゃんを探しているんですよね。私にも協力させてください」
と言う。
野次馬精神か、はたまた純粋な親切心からなのか、と思っていると、脇でカレンが
「綾女ちゃん、あんたにお熱みたいよ」
と囁く。女子校にいると、異性の闖入者というだけでフィルタでもかかって見えてしまうんだろう。
ああそうさ、照れ隠し。
話を聞いたのは【目撃者】白城百合だった。
童顔で整ったかわいらしい顔をしている。が、顔立ちより、ピンクの豹柄のセーターに目が行ってしまう。
「どうかしました?」
「いや、凄く似合ってるなって」
「うん、百合ちゃん、とってもかわいいよ」
と、綾女さんが褒める。が、正気かよ。
「とにかく、百合さん。花純さんが転落したのを校舎の向かいの建物から見ていたんですよね?」
「それはちょっと違います。私が見たのは花純ちゃんが落ちた後なんです」
と、いうと?
「どさって音がして、開いてた窓の外を見たんです。そしたら誰か――すぐには花純ちゃんって解らなかったんですけれど――が倒れていて、反射的に上を見たら、4階の私たちの教室の窓からすみれさんが窓の前に立っているのが見えたんです。大方の人は、すみれさんが落としたって思っているみたいですけれど、私はそうも言いきれないって思っていて」
百合さんが目を伏せる。
「落とした瞬間をみたわけじゃないですから。私の目撃談が証拠みたいになっているのが、すごく申し訳ないの、すみれさんに。でも事実だから……」
「それは何時ころ?」
「うーん、18時過ぎ、18時15分ころかしら」
「すみれさんはどんな様子だった?」
「そうですね……呆然としている感じでした。手を窓枠に掛けて立っていました」
「弓道部で他に見ていた人はいないのかな」
「みんな練習に集中していましたし、私が一番窓際でしたから。私だけでしょうね」
百合さんに話を聞いたあと、僕ら(僕とカレンと、綾女さん)はカレンたちのホームルームであり、花純さんが落とされたといわれる4階の教室にやってきた。
放課後そう遅い時間でもないが、教室には誰もいなかった。
「こんなに人がいないもの?」
カレンに訊いたつもりだったが、綾女さんが答える。
「ええ。今テスト期間でしょう?」
「花純さんが転落した日もこうだったのかな」
「テスト前ですから、似たようなものでした。それにもっと遅い時間でしたし。そう、ちょうど5時半のチャイムが鳴るころでした。私、一回教室を訪れたんです、忘れ物をして。そしたら教室にいたのはすみれさんだけでした」
「ところで昨日『当時教室にいたのはすみれさんだけだった』って言ったけど、どうしてなの?」
「それは先生に話を聞かれたすみれさんがそう答えたからです」
「すみれさんは自分が落としたって認めているの?」
「わからないんです。他の事は答えるのに、それに関してだけはずっと無言って決め込んでいて」
それはどういうことなんだろう? 僕らぼ前に「真相を明らかにしろ」って宣戦布告にきたってことは「自分は実は犯人ではい」って汚名を晴らせと言いたいんだろうと、なんとなく思っていたけれど。やっていないのなら無言を貫くんじゃなくて、はっきり否定すればいいじゃないか。
教室につくと、教室の前でしゃがみこんでいる生徒がいた。
廊下に大きな布を広げ、それに絵をかいている。
「桃ちゃん、教室に入りたいんだけど、通って大丈夫かな」
「わあ、すみません、邪魔だよね」
短髪の彼女(桃ちゃん、というらしい)が僕たちに気が付いて言う。
「演劇部で使うの?」
と綾女さん。
「そうそう、大道具。夏休み中の公演で使うから今急ピッチで制作中」
そういうと彼女は布を避けて道を開けてくれる。
教室に入って思ったのは
「なんだかいい香りがするな」
「気持ち悪いわよ」
すかさずカレンさんのツッコミが入る。
「いや、ほんとに。香水とかじゃなくてさ。ほら、女の子の香り」
「だから気持ちわるいって」
これを無自覚に放っているのだから、女の子とは恐ろしい生き物だ。
問題の窓がどれかわからなかったけれど、僕は窓の一つに寄ってみる。確かに弓道場の窓が見えて、目撃したという百合さんの証言は嘘ではなさそう。
窓を開けてしたを覗き込む。と、
「危ないですよ!落ちないでくださいねっ」
と、服の裾をぎゅっと綾女さんに捕まれる。
「いや、間違って落ちそうな窓ではないな」
というのも、窓が僕らの学校などとは違って少し高めの位置にあるのだ。だから窓のサンに座って誤って落下したというのは考えにくいし、もう一つ、ココから他人を突き落とすのも結構骨が折れる作業でないかと思った。
窓の外にはベランダなどはない。
「次はどうするの?」
カレンが言う。
「さっきの桃さんに話が聞けるかな」
と僕。
「なにか気になることでもあった?」
「当時教室にすみれさん一人だった、ってとこをはっきりさせたいんだ」
教室をでると、再び教室前の廊下を塞いで桃さんが作業していた。
「神田花純さんが事故に遭った日もここで作業していた?」
僕が訊くと、桃さんは少し面食らったようだったが、頷く。
「何時まで?」
「17時30分までです。毎日その時間まで作業して、18時になったら部室に戻るんです」
「ってことは17時半頃に綾女さんが教室に戻ってきたときはここにいた?」
「いました、いました。綾女がすっごく急いでで、危うく布を踏みそうになったからよく覚えてる。綾女が来て作業を切り上げたの」
ごめんね、と隣で綾女さんが小さく謝る。
「それより後にここに教室に来た人物はいないかな」
「さあ……、あ、同じ演劇部の華代が、18時ころ教室に戻って行きました」
時刻は17時15分頃。僕らは華代さんに会った。一日にこんなに女の子に会うなんて初めて……いや、毎日クラスメートには会っているんだった。
「事件の日、18時ころ教室に戻りました?」
「ええ、携帯を忘れたので、演劇部の部室から教室に。というか、教室のそとのロッカーに戻りました。教室の中は見ていないわ」
「じゃあ教室の中にだれがいるかわからなかった?」
「ええ、でも18時ころから暫く…だいたい20分くらい教室のそとで家に電話をかけていたんですけれど、誰も出入りはしませんでした。」
17時半を過ぎてしまったので、そろそろ帰ろうと、帰る前にもう一度教室を見ていきたいと言って、教室に戻った。が、しかし、教室には入れなかった。
というのも、言っていたとおり、桃さんは作業を切り上げていなくなっていたのだけれど、大きな布が教室の前の廊下を占領してしまっていたのだ。下手に触れないし、幅が広くて跨げもしない。
「濡れた絵の具を乾かしてるんでしょう。しかたないわね、諦めて帰るしか」
帰り、カレンと別れる交差点まできて
「綾女さんはどっちの方面なの?」
と問うと、
「こっちですー」
と、僕と同じと答えた。
そんなわけで、なにか言いたげなカレンと別れて、僕は綾女さんとプチデートをしている。
「花純さんとは仲よしなの?」
「うーん、そこそこなんです。というか、私、誰とでもそこそこって感じで」
「花純さんとすみれさんは仲が悪かったのかなぁ? 落としたとか疑われるくらいだから」
「そうですね」
と綾女さんは少し答えにくそうに言う。
「実は2人とも同じ仲良しグループにいたんですけど。ちょっと前にすみれさんがそこから弾かれちゃって、その次に花純ちゃんが弾かれて」
「仲間外れに?どうして」
「理由なんてないと思います。女の子ってそんなものだもの」
「僕は女の子好きだけどなぁ」
「ふふふ。私も嫌いじゃないですよ。見てる分には」
綾女さんが笑う。
「ところで、私、アキさんに質問されてばっかり。今度はわたしにも質問させてくださいよぉ」
「どうぞどうぞ」
「アキさんって、本当に花純ちゃんに一目惚れしたんですか?」
「どういう意味?」
「今日一緒にいて思ったんですけど、アキさんって一目惚れしそうな性格じゃないなって」
それこそどういう意味だい。
「霞野原さんとはどういう関係なんです?」
「バイトの同僚」
「それは聞きましたけどぉ。そうじゃなくって、好きとか嫌いとか、恋してるとか」
「僕は花純さんに一目惚れ中なんだよ」
「それは口実で、実は霞野原さんと一緒にいたい、ってことかもしれないじゃないですか」
いやいや。
「まあ、嫌いではない」
「へええ。じゃあ今日あった女の子のなかで誰が一番タイプでした?」
「そりゃあ花純さんだなぁ」
「今日会った中でですぅ」
「それならダントツで綾女さんかなぁ」
なんて軽口を叩く。まあ、気持ち悪がられるのが関の山だろうと思っていたら、強く副を引かれる。
「ほんと?」
「えっと、まあ、嘘ではないよ」
「じゃあ、キスしてくれます?」
「えっと、どうして」
「私もアキさんのこと好きだからです」
助けてくれカレン、と切に思った。
「花純ちゃんに一目惚れなんて嘘なんだってわかります。それに霞野原さんの彼女でもないんでしょう?だったら……だめですか?」
「だめじゃないけど」
と言い終える前に、綾女さんの柔らかな唇に口を塞がれる。
まあ、減るものじゃないけれど。
綾女さんと別れて、僕はカレンに電話する。
「これからカレンの家に行っていい?」
「わかったの?犯人」




