↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リバース・フロム・ディスペア  作者: rururu-nn


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/18

第7話 焼肉

「カルビ三皿。まとめて。こいつのおごりで」


 駅裏の焼肉屋。煙の向こうで、ワンが店員に指を三本立てる。


「勝手に決めるな」


「四日いなかった分だろ。あと、昼にすった分」


「すったのは俺の金だ」


「だから、お前のおごりなんだよ」


 リーが、網の上に肉を並べはじめる。並べ方に迷いがない。煙が、まっすぐカイの顔へ来る。


 咳が一つ。


 テーブルの下に、黒いものがこぼれる。


 タマはワンのいすの脚にすりより、鼻先をぐいと上へ伸ばす。ねらいは、ワンの皿の上の、焼けたばかりの一枚。


「タマ、待て」


 タマが、ぴたりと止まる。止まったまま、肉から目を離さない。


 ワンが顔を上げる。


「タマ?」


「犬の名前」


「犬にタマ?」


 ワンはいすの下をのぞく。何もいない。


「どこに犬がいるんだよ」


 カイは、自分の胸を親指で指す。


「ここ」


「酔ってんのか」


「まだ水しか飲んでねえ」


 タマが、つまらなそうに胸へ跳びこんでくる。ワンは首をかしげたまま、狙われていた一枚を口に入れる。守りきった顔だ。




 カイは網の上の一枚を、じっと見ている。


 ふちが縮む。赤が、はしの方から茶色に変わっていく。真ん中の色が変わる瞬間を、見逃したくない。一分。二分。


「焦げるぞ」


 三分目に、リーが横からその一枚を取っていく。


「前は生でも食ってたくせに」


 ワンが、ビールの缶を開けながら言う。それから、箸の先でカイの顔を指す。


「なあ。俺の誕生日、言ってみ」


「十月の三日」


 考えるより、口の方が早かった。


「……合ってる」


 ワンが笑う。昼間より、声が大きい。


「何だよ、それ」


「別に。確かめただけ。合ってた、合ってた」


 ワンは肉を二枚まとめて口に入れる。


 カイは、網の向こうのリーを見る。


「なあ。俺、何で実験なんか行ったんだ」


 リーの箸が、肉の上で一度止まって、また動く。


「借金だよ。お前の。取り立ての連中が、ここらまで来そうになってな」


「それで、金のいい方に」


「これで最後だって、お前は言った。金目的は、これで最後だって」


「借金は、消えたのか」


「知らねえ。取り立ては、ぱったり来なくなった。それが一番気味わりい」


 知らない借金。知らない約束。どっちも、払ったのはこの体だ。


 ワンの左腕に、新しいあざがある。古い傷あとの、すぐ下。昼の客席で、酔った客とぶつかった跡だろう。


「貼ってやる」


 店の救急箱から、湿布を一枚もらう。フィルムをはがして、あざの上に乗せる。指が、湿布の角を三回なでる。


 ワンが、自分の腕を見下ろす。


「それは、前と一緒だな」


「何が」


「角のとこ。三回なでるやつ。お前、昔からそれだけはうまい」


 ワンは肉を一枚、裏返す。


「肉の焼き方が違う。パチの打ち方も違う。殴り方も違う。で、湿布だけ一緒」


 口は笑っている。箸は、止まっている。


 湿布のはしが、浮いてくる。カイは指で押さえる。押さえても、またじわりと浮く。


 リーが、缶の底でテーブルを軽く叩く。


「変わったっていいんだよ。生きてりゃ」


 ワンは何か言いかけて、箸を置く。


 リーは、網の上の肉を裏返しながら、目を上げない。


「うちの親父なんか、変わる暇もなかった。黒いコートが来て、管理局に連れてかれて、それっきり。俺が五つの時」


「戻ってこなかったのか」


「戻ってこねえよ。あそこに連れてかれた奴は」


 肉を裏返す。もう裏返す所がないのに、また裏返す。


 網の上で、脂がはねる。三人とも、しばらくその音を聞いている。


「次は、十万の肉を食わせてやる」


 カイが言うと、リーが顔を上げて笑う。


「そういうのは、勝ってから言え」


「今日、一回勝ったろ」


「一回負けたろ」


 ワンが、ようやく声を出して笑う。


「十万の肉を三分ずつ見てたら、朝になるぞ」


「お前なら本当にやる。だから怖えんだよ」




 会計で、ケースから一万札が一枚と、小銭が少し消える。


 店を出ると、雨上がりの道が光っている。


 工場まで、三人で歩く。リーが前を行き、ワンが少し遅れてついてくる。


 角の自販機の前で、リーが足を止める。缶コーヒーを二本買って、一本をワンに、一本をカイに投げる。


「お前の分。甘いやつ」


「リーの分は」


「腹いっぱいだ」


 リーが買うのは、いつも二本。自分の分は、最初から数に入っていない。


「泊まってけよ。小屋、広くはねえけど」


「橋の下で寝る」


「物好きめ」


 リーとワンは外階段を上がり、屋上の小屋に入っていく。窓に灯りがともる。


 カイは橋の方へ足を向けて、止まる。


 通りの向こう、街灯の下に、男が一人立っている。


 足首まである黒いコート。六月の夜に。袖から出た手に、白い手袋。


 男は、工場の屋上を見上げている。足もとの水たまりに街灯が映っていて、その光が少しも揺れない。


 胸の中で、タマが毛を逆立てるみたいに縮こまる。


 右手が、腰のあたりを探る。何もない。拳銃は、ワンの包みの中だ。


 外階段を上がって、二人を起こすか。そうすれば、リーはまた眠らずに夜を明かす。四日寝なかった男だ。


 カイは自販機の影に腰を下ろす。もらった缶を開けて、少しずつ飲む。屋上の灯りを見ながらだと、なかなか減らない。


 屋上の灯りが消える。


 通る車を数える。十二台目で、やめる。数えている間は、街灯から目が離れる。


 缶が空になる。


 街灯の下の黒いコートが、屋上の方へ、一歩動く。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。