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リバース・フロム・ディスペア  作者: rururu-nn


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第5話 レムル

ガラクタの山の奥で、かちり、と金属が鳴る。


 高架の下の店。壊れたラジオ、片方だけの靴、さびた鍵の山。頭の上を電車が通るたび、鍵の山が少しずつ崩れる。


 奥から、やせた男が出てくる。左手が金属の義手で、指を曲げるたびに、かちりと鳴る。


 首に、何も下がっていない細いひもが一本。


「いらっしゃい。何でもあるよ。ないものは、ないけど」


「どっちだよ」


「両方だよ。兄さん、名前は」


「カイ」


「カイ、ね。ああ、ワンくんとこの。四日いなかった人でしょ」


 カイは、男の顔を見る。笑っている。愛想のいい笑い方だ。


「何で知ってる」


「知ってることを売るのが、僕の商売だから。レムル。覚えといて」


 かちり。


 カイの足は、入口のラジオの前で止まっている。裏ぶたが外れて、中の細い線が見える。目が勝手に、一本ずつたどる。


「それ、売り物じゃないよ」


「三本目の線が焼けてる」


 レムルが、首をかしげて近づいてくる。ラジオをのぞき、カイの顔をのぞく。


「へえ。当たり。直せるの?」


「見えるだけだ」


「見えるだけ、ね。それ、けっこう値がつくよ。目のいい人は、どこでも欲しがられる」


「誰に」


「欲しがる人に。値段は、相手しだい」


 レムルは笑ったまま、ラジオの裏ぶたを閉める。


 カイは、写した紙を出す。


「こういう字の、古い紙」


 レムルは紙をくるりと回して、鼻を鳴らす。


「知らないなあ。古い紙なら、そこの箱。一枚百円」


 段ボール箱の茶色い紙を、底まで全部見る。虫の食った跡と、インクのしみと、落書き。字は一つもない。


「全部見たの? ほんとに? 一枚ずつ?」


「全部見た」


「へえ。百円の紙を、そこまで見る人は初めてだよ」


 レムルは義手の指を、二回曲げて伸ばす。


「じゃあ、とっておきを出そうか。兄さんなら、値打ちが分かりそう」


 棚の奥から、黒い表紙のファイルが出てくる。めくっても、めくっても、中は黒く塗りつぶされている。


「管理局のごみ捨て場から出たやつ。読めるところは、一か所だけ」


 金属の指が、一行を指す。


【黒霧寄生体】


 胸の中で、タマがぎゅっと縮む。


「寄生体。よその体に住みついて、そこで生きてく何か、だってさ。気味が悪いでしょ。だから安いの。一万」


 カイは、その一行から目が離せない。


 黒い霧。胸の中の、重さのない犬。これが、あいつの呼び名か。


 それとも、と頭のすみで声がする。よその体に住みついて、そこで生きているのは、どっちだ。持ち主の知らない名前を名乗って、持ち主の知らない手で札を数えているのは、どっちだ。


 ページの角を、指がなぞっている。何度も、同じ角を。


「買うの? 買わないの?」


「買う」


「まいど。ついでに一つ、聞いていい?」


 レムルが、カウンターに義手のひじをつく。


「こういう字を探してる人、この町じゃ珍しいんだ。探してる理由、いくらなら売ってくれる?」


「売らねえ」


「残念。高く買うのに」


「いくらで」


「ほら、気になった」


 レムルが声を立てて笑う。カイは、少しだけ腹が立つ。気になったのは本当だからだ。


「売らねえ。字も、理由も」


「いいよ。売りたくなったら、いつでも。僕は、だいたいここにいるから」


 紙幣を一枚出す。レムルは受け取って、ファイルを茶色い紙の袋に入れる。


 レムルの目が、カイの首のあたりで止まっている。作業着のすき間から、うすい検査着のえりがのぞいている。


 カイの目は、まだ袋の口からのぞく黒い表紙を見ている。


「毎度。また来なよ。兄さんの欲しいもの、そろえとくから」


 かちり、かちり、と二回鳴る。




 高架を抜けると、通りの店の明かりが半分消えている。


 歩きながら、頭の中であの一行をなぞる。寄生。住みつく。よその体。なぞるたびに、胸の中でタマが身じろぎする。


「お前のことか」


 返事はない。


「俺のことか」


 やっぱり、返事はない。


 角を三つ曲がったところで、手が軽いのに気づく。


 袋がない。一万払ったファイルを、店のカウンターに置いてきている。読める一行のことばかり考えていて、袋の方を、手が持つのを忘れていた。


「……間抜けか、俺は」


 胸の中で、タマが鼻を鳴らした気がする。


 引き返す。


 高架の下は、来た時より暗い。電車の音がやんで、鍵の山も静かだ。


 店の戸が、指一本ぶんだけ開いている。中から、明かりと声がもれてくる。


 レムルの声だ。さっきと同じ、愛想のいい声。


 カイは戸に手をかけて、止める。


 声の調子が、さっきと違う。客に向ける声より、半音高い。目上の誰かに話す時の声だ。


 右手が、腰のあたりを探る。何もない。何を探したのかも分からないまま、指だけが空の場所を握っている。


 胸の中で、タマが動かない。動かないまま、耳だけを立てている気配がある。


 戸のすき間に、目を寄せる。レムルの背中。カウンターの上に、茶色い袋。その横に、黒い小さな電話。義手ではない方の手で、耳に当てている。


「……ええ。はい。夜分に、すみません」


 義手が、一度だけ鳴る。


「見つけました。えりに、番号が」


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