↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リバース・フロム・ディスペア  作者: rururu-nn


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/8

第4話 タマ

「知らねえ」


 カイは正直に言う。


「気づいたら、読めた」


 灰色の目が、カイの顔から額へ移り、また戻ってくる。


「五十万、持ってこい。そしたら裏を見せる」


「さっきは、売りもんじゃないって」


「見せると言っとる。売るとは言っとらん」


「けちくせえ」


「それまで、その字のことは誰にも言うな。読めることもだ」


「何で」


 老人はもう、本の方に向き直っている。答えは来ない。戸を閉める時、ガラスごしにのぞくと、老人の手は止まったまま、目だけが額の方を向いている。




 自動ドアが開いたとたん、音の壁。何百台もの台が、いっぺんに鳴っている。


 駅前のパチ屋。天井の近くに、タバコの煙が白くたまっている。ここで咳が出たら終わりだ。息を浅くする。


「お、来た」


 通路の奥で、リーが手を上げる。


「仕事のない日は、ここが事務所なんだよ。お前もそうだったろ」


 リーの左隣が、一つだけ空いている。体は迷わず、そこに座る。


「金目的は、やめるんじゃなかったのか」


「これは紙目的だ」


「紙?」


「紙」


 紙幣を一枚、台に入れる。ハンドルを回すと、銀色の玉が次々に飛び出し、くぎに当たってはね、ほとんどが下へ落ちていく。


 カイは玉を見る。どのくぎに当たって、どちらへはねるか。当てようとはしない。見るだけ。


「お前、まばたきしろよ」


 一枚目が、見ているうちに消える。二枚目。ケースに残るのは、あと一枚。


 くぎの頭に、細い線がちらりと重なる。消える。また重なる。線をつないでいくと、玉の通り道が浮かんでくる。この角度なら、三本目のくぎで右へはねて、真ん中の穴へ落ちる。


 ハンドルを、ほんの少し戻す。そこで手を止める。指は、もう一ミリも動かさない。


 玉が、真ん中の穴に吸いこまれる。次も。その次も。


 十。三十。五十。百を過ぎたところで、数えるのをやめる。外れが一つもないと、数える意味がない。


「おい。全部入ってねえか」


 返事をしない。口を開くと、線がずれる気がする。


「俺の台も、それやれ」


「目が二つしかねえんだよ」


 リーは自分の台に戻る。そのくせ、首がだんだんこっちの皿の方へ傾いてくる。そのうちリーの玉が尽きる。リーは台を叩かずに、自分のすねを一発叩く。


「いってえ」


「何で自分を叩くんだよ」


「台は高えんだよ」


「マジかよ」


 いつのまにか、後ろにワンが立っている。缶を片手に、カイの皿をのぞきこむ。


「前に一万発出したよな。三人で焼肉行ったやつ」


「出したな」


「出してねえよ」


 ワンは笑う。カイの顔から目を外さないまま、笑うだけで、何も足さない。


 口が、知らない思い出に勝手にうなずいた。玉の道は一つも外さないのに、こっちは一発で外している。


 天井のテレビが、ニュースを流している。中央国の工場の町で、生まれつきの力――因子を持つ男が暴れたらしい。誰も画面を見ていない。


 リーだけが、ちらりと見上げる。


「あいつ、明日にはいねえな」


「何で」


「黒いコートが来る。因子持ちが目立つと、いつもそうだ」


 ワンが、リーの肩を軽く小突く。リーはそれきり黙って、空の皿を見ている。


 しばらくして、腕を組んだ店員がカイの台に札をぶら下げる。


「本日は、ここまでで」


「まだ出るぞ」


「だから、ここまでで」


 リーが吹き出す。




 換金所は、店の裏の小さな窓口だ。中で、じいさんがタバコをふかしている。煙が、すき間から流れてくる。


 しまった、と思った時には、もう咳きこんでいる。


 足もとに、犬が形になる。


 窓の横の小さな画面に、防犯カメラの映像。映っているのは、咳をする作業着の男が一人だけ。床に落ちる影も、一人分。


 カイの目には、自分の足もとに、もう一つ犬の形の影が落ちているのに。


「お前、本当に誰にも見えないのか」


 犬は答えない。


 ポケットの中で、指が硬いものに当たる。銀色の玉が一つ。台から転がりこんでいたらしい。


 手の中で転がす。犬の赤い目が、その動きを追う。右。左。右。


「タマ」


 口にしたとたん、犬の形がきゅっと締まる。ぼやけていた輪郭がはっきりして、耳の先がとがる。前足の下で、床のほこりがかすかに動く。


 重さが、できた。


「タマ。今日から、それな」


 タマは尻尾を一回だけ振る。気に入ったのかどうかは、分からない。


 何かに名前をつけたのは、生まれて初めての気がする。生まれて、がいつなのかも知らないくせに。


「兄ちゃん」


 窓口から、札の束が出てくる。じいさんが、ここで初めて顔を上げる。


「読める奴は、高く売れる。命が惜しかったら、ほどほどにな」


 手の中の札が、急に重くなる。


 台のことだ。台が読める、という話だ。そうに決まっている。じいさんはもう、次の客の札を数えている。


 十二万と少し。五十万には、まだ遠い。


 裏口から、リーがあくびをしながら出てくる。


「なあ。咳をすると黒い霧が出る、みたいな話、聞いたことあるか」


「なんだそれ、怪談か」


 リーは天井を見上げて少し考え、それから指を鳴らす。


「霧の犬の話なら、高架下のレムルが管理局のごみを売ってる。紙もある」


「紙もあるのか」


「口の軽い奴だぞ。財布ごと持ってかれんなよ」


 リーの声を半分聞きながら、札の束をポケットの奥へ押しこむ。


 五十万には遠い。それなのに、足はもう、高架の方を向いている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。