幕間1 鈴
白い部屋は、音がしない。
女はいすに座り、膝の上の機械犬をなでている。金属の背中には、脂も、筋も、血の管もない。だから、なでられる。
人の体は、そうはいかない。皮の下の肉の重なりが、層になって全部見えてしまう。四歳の時から、ずっと。
黒いコートが二人、長い袋を一つ運んでくる。
「鈴の鳴る場所で、拾いました」
「左肩に、古い切り口の層がある方ね。番号を欲しがっていた」
「はい」
「では、処理場の札を、もう一枚」
袋が出ていく。女は、そちらを見ない。
入れ替わりに、のどの筋の厚い女が入ってくる。指に巻いた糸が、一本足りない。
「黒い犬が、私の声を割りました。776は眠りかけていて、それでも指が、私の声の仕組みを知りたがっていました」
「その前は」
「義手の男に、青い線を一本。拾われる前に、男がそう話したそうです」
機械犬をなでる指が、止まる。
青い線。昔、この建物の地下で、一度見たことがある。
机の上のファイルの表紙に、776。端が、何度も開かれた形に曲がっている。
実験の日、台の上の体は、層が二枚重なって見えた。皮も、筋も、骨も、二人分。その境目だけが、どうしても読めない。
生き物を見て、読めない所が残る。四歳のあの日のあとは、記録の中でしか見たことがない。目の前で見るのは、初めてだ。
女は、手の甲の白い傷を親指でなぞる。
「川は、探しますか」
「探すふりだけでいいわ。あれは、自分から来るのよ。資料室の紙の端に、血が一筋ずつついていたそうよ。指の皮が切れるまで、301から全部めくった層だもの」
女は機械犬を床に下ろし、表紙の番号を指で一つ叩く。
「次は、私が見に行く」
引き出しには、処理場の札の控えが入っている。301から775までの束。
776の札だけが、そこにない。




