第15話 一張り
銃口は動かない。
頭は、もう数えている。生きたまま連れていけば、値段が倍。
なら、レムルは頭を撃てない。撃つなら、足だ。
かぶせた手の下で、小びんが冷たい。指で探ると、尻に固いふたがある。親指で押すと、ふたが割れて、短い針が先からのぞく。
「何を持ってるのかな」
レムルの声が、半音上がる。
「当ててみろよ。当たったら、半分やる」
「やめときなよ。中身、知らないだろう」
「知らねえ」
「なら、なおさらだ」
「知らないから、打つんだ」
賭けの目が見えない時は、張らない。目を開けてから、ずっとそうしてきた。パチ屋でも、闘技場でも、見えた分だけ張って、見えない所からは降りてきた。
今は、その見えない目に、持っている物を全部のせようとしている。
降りれば、連れていかれる。張れば、何が起きるか分からない。なら、張る。張るなら、全部だ。
なのに、指は落ち着いている。汗ひとつ、かいていない。
◇
石の床に、硬貨が積まれている。
やせた少年が、持っている物を全部、一つの目にのせる。まわりの大人たちが笑う。
賽が転がる。少年は目を閉じない。角が床を打つ音を、一つずつ聞いている。
止まる前に、もう分かっている。
◇
カイは小びんを、自分のももに突き立てる。
冷たいものが、足の中に流れこむ。次の瞬間、それは熱に変わる。熱は腰から胸へかけ上がり、心臓が二つとも跳ねる。
落ちてくるガラスのかけらが、数えられる。七つ。八つ。九つ。一つ一つが、別の角度で光っている。
レムルの指が、引き金の上でひと目盛りずつ曲がっていく。255のまぶたが下りて上がるまでに、息が二つ吐ける。
骨が鳴る。腕も、足も、あばらも、一度に鳴る。体が、自分の力に耐えきれずにきしんでいる。
「打ったの? それ、本当に打ったの?」
レムルの声が、ひどく遠い。
胸の骨の裏で、爪が何かをぎゅっとつかむ。熱の半分が、そこへ吸いこまれていく。
胸の中のタマが、ふっと軽くなる。いつもの重みが、半分しかない。
長くはもたない。数分か。それより短いか。
「255、押さえて。腕でも足でもいい」
その声が、一語ずつ間をあけて届く。
どこが固くて、どこが固くないのか。
知りたい、と思った時には、針がもう一本、いつもより速く走っている。病衣の上から、右の脇腹へ。
腕も、首も、足の裏も、灰色の層に包まれている。ふつうの人の肌に、こんな層はない。この男は、どこも石の固さだ。
一か所だけ、ちがう。
右の脇腹。手のひらほどの丸い場所だけ、層がない。皮の下に古い縫い目があり、その下の骨が、一度折れて、つながり損ねている。
《折れて、つながり損ねたもの》
255の目が、初めて揺れる。何かを、手の中から抜かれた者の目だ。
左手が伸びてくる。遅い。今のカイには、止まって見える。
路地でもらったひじの角度が、まだ腕に残っている。
左手の下へ、もぐる。
ひじ。
脇腹。
石の音は、しない。
255の体が、くの字に折れる。声は出ない。息だけが、ひゅっと抜ける。膝をつき、そのまま横に倒れる。灰色の腕が、肌の色に戻っていく。
「うそでしょ。立ってよ。値段が下がる」
レムルの声が、後ろでかすれる。金属の指が、引き金の上で迷っている。撃てば、倍の値段が消える。撃たなければ、目の前の値段が逃げていく。
「悪いな。そこしか、空いてなかった」
255は、痛いとは言わない。汗だけが、額から床へ落ちる。疲れた目でカイを見上げ、なくした物を探すように、自分の脇腹を手で探っている。
とどめを刺す手は、ある。刺さない。知りたいのは、この男のことではない。
「待って。話そう。分け前をやるよ」
「半分って言ったのは、俺の方だ」
乾いた音。
弾が、さっきまで足のあった床をえぐる。足は、もうそこにない。
扉は、閉まっているだけだ。鍵を持った男は、部屋の中にいる。取っ手を回して、廊下へ転がり出る。背中で、もう一発。扉の縁が削れる。
胸の中が、軽すぎる。いつもなら走るたびに骨の裏で身じろぎするタマが、今は丸まったまま、何の返事もしない。熱を半分かぶったまま、霧が薄くなっている。
非常階段へ。一段ごとに骨が鳴る。シャツの内側で、折った紙がかさかさと鳴る。あれだけは、落とさない。
一階の扉は、動かない。扉の上で赤い明かりが回り、低い警報が鳴りはじめる。
建物ごと、閉じられている。
階段を戻り、地下の廊下を資料室と逆へ走る。角を一つ。もう一つ。
まっすぐな長い廊下の突き当たりに、出口の緑の札が光っている。
皮のむけた拳から、血が一滴ずつ白い床に落ちる。来た道を、点々と教えている。ふくひまはない。
世界の速さが、少しずつ戻りはじめている。上の階で、重い扉の開く音。足音が増えていく。
緑の札まで、あと三十歩。
すぐ先の角から、人が一人、出てくる。
金属の左手。
「この建物はね、僕の方が詳しいんだ。走るのは、体に悪いよ」
レムルは、息も切らしていない。金属の指が、拳銃を構え直す。
銃口と緑の札の間に、三十歩。
足の中の熱は、もう何十秒ももたない。




