「巨影」
校庭に現れた“それ”を見た瞬間。
ユウの本能が叫んだ。
――勝てない。
巨大だった。
三階建ての校舎と同じくらい。
黒い肉の塊のような身体に、無数の腕が絡みついている。
顔らしき部分には、巨大な赤い目が一つ。
それが、ゆっくりと学校を見下ろしていた。
「な、に……あれ……」
レナの声が震える。
ユウも答えられなかった。
ただ圧倒される。
存在感だけで息苦しい。
するとスマホが警告音を鳴らした。
【高脅威個体を確認】
【《ベヒモス幼体》】
【脅威度:B】
【現在の討伐推奨レベル:35以上】
「35……?」
今の自分たちはLv2。
差がありすぎる。
戦うなんて論外だ。
その時。
ベヒモス幼体の巨大な目が、“こちら”を向いた。
「っ!!」
ユウの背筋が凍る。
見られた。
怪物が腕を持ち上げる。
次の瞬間。
轟音。
校舎の一角が吹き飛んだ。
「うわぁぁぁぁ!!」
衝撃波。
床が崩れる。
ユウは咄嗟にレナの手を掴み、走った。
「逃げるぞ!!」
二人は崩れ始めた廊下を全力疾走する。
後ろで壁が砕ける音。
悲鳴。
砂煙。
地獄だった。
「体育館ってどこ!?」
「一階の奥だ!!」
だが、そこへ行くまでが遠い。
階段へ飛び込む。
ユウは一段飛ばしで駆け下りた。
身体強化のおかげか、普通じゃない速度で動ける。
レナも必死についてくる。
途中。
泣き崩れている男子生徒が見えた。
「た、助けて……!」
その足には瓦礫が刺さっている。
だが。
奥から犬型の怪物が近づいていた。
「……っ」
ユウは足を止める。
助ければ危険。
見捨てれば助かる可能性が上がる。
頭では分かっていた。
だが。
前回、自分は見捨てられる側だった。
「白峰! 先行け!」
「えっ!?」
ユウは近くの消火器を掴んだ。
怪物が飛びかかる。
「うおおお!!」
横殴り。
鈍い音。
犬型が吹き飛ぶ。
だが一体だけじゃない。
廊下の奥からさらに二体。
「くそっ……!」
囲まれる。
その時。
「右!」
レナの未来視。
ユウは反射的にしゃがむ。
爪が頭上を通過。
「次、左後ろ!」
回避。
ユウは男子生徒を引きずりながら後退した。
「立てるか!?」
「む、無理……!」
その瞬間。
犬型が飛びかかる。
間に合わない。
ユウは歯を食いしばった。
だが。
パンッ!!
銃声。
犬型の頭が弾け飛ぶ。
「……は?」
廊下の向こう。
さっきの黒コートの男が立っていた。
「お前、本当に甘いな」
男は呆れたように言う。
「そんなことしてたら、すぐ死ぬぞ」
「だったら見捨てろってのかよ!」
「状況による」
男は冷静だった。
そして犬型をさらに撃ち抜く。
「だが――」
最後の一体を撃破し、男は続けた。
「そういう馬鹿は、嫌いじゃない」
ユウは息を切らしたまま男を見る。
「……あんた」
「話は後だ。ベヒモスが動く」
その瞬間。
校舎全体が再び揺れた。
巨大な咆哮。
窓の外。
ベヒモス幼体が、こちらへ向かって腕を振り上げていた。
「走れ」
男の赤い目が鋭く光る。
「今度こそ、本当に死ぬぞ」




