「覚醒者」
黒いコートの男は、静かに廊下を歩いてくる。
足音だけが響く。
カツ、カツ、カツ――。
ユウは反射的にレナを庇うように前へ出た。
「誰だ……?」
男は答えない。
銀色の拳銃をゆっくり下ろし、二人を観察するように目を細めた。
右目だけが赤く光っている。
人間じゃないみたいだった。
「……グールを倒したのはお前たちか」
低い声。
ユウは警戒したまま頷く。
「だったら何だ」
「Lv2でタイプⅠを撃破か。悪くない」
男は感情の読めない顔で言った。
「特にそっちの女。“未来視系”は珍しい」
レナが身を固くする。
「どうして分かるの……?」
「目を見れば分かる」
男は短く答えた。
その瞬間。
廊下の奥から、唸り声が響いた。
「グルルル……」
ユウが振り返る。
犬型の怪物が三体。
前回、自分を殺した化け物だ。
「っ……!」
だが男は焦らない。
むしろ、ため息をついた。
「面倒だな」
次の瞬間。
パンッ!!
乾いた銃声。
一体の頭が吹き飛ぶ。
黒い粒子となって消滅。
「え……?」
速すぎて見えなかった。
男は片手で拳銃を構えたまま、淡々と歩く。
パンッ。
パンッ。
二発。
残り二体も崩れ落ちた。
静寂。
ユウは言葉を失った。
強い。
レベルが違う。
「……何者だよ、あんた」
男は少しだけ黙ったあと、答えた。
「《覚醒者》だ」
「覚醒者……?」
「お前たちみたいに、スキルを得た人間のことだ」
男は壁にもたれた。
「この世界はもう終わった。正確には、“終わり始めてる”」
ユウの喉が鳴る。
「なんなんだよ、この化け物……!」
「門の向こうから来た」
「門?」
「ダンジョン。異界。呼び方は何でもいい」
男は淡々としていた。
まるで、もう見慣れているみたいに。
「これから世界中で門が開く。怪物が溢れる。国も警察も、そのうち機能しなくなる」
「そんなの……」
信じられるわけがない。
だが現実に怪物はいる。
ユウは一度死んでいる。
否定なんてできなかった。
「体育館へ向かえ」
男が言う。
「そこに“最初の生存圏”が作られる」
「……あんたは?」
「俺は別行動だ」
男は歩き出す。
その背中に、ユウは思わず叫んだ。
「待てよ!」
男が止まる。
「どうすれば生き残れる」
短い沈黙。
そして男は振り返らずに答えた。
「強くなれ」
それだけだった。
黒いコートが角を曲がり、姿を消す。
レナが小さく呟く。
「……映画みたい」
「笑えないけどな」
ユウは苦笑した。
だが。
少しだけ希望もあった。
化け物に対抗できる人間がいる。
なら、自分も。
その時。
スマホが震えた。
【緊急クエスト発生】
【第一体育館へ到達せよ】
【制限時間:00:08:42】
【失敗時:死亡率上昇】
「は……?」
数字が減っていく。
ユウとレナは顔を見合わせた。
そして次の瞬間。
校舎全体が激しく揺れた。
ゴゴゴゴゴ……!!
窓ガラスが割れる。
天井にヒビが走る。
遠くから、今までより遥かに巨大な咆哮が響いた。
学校そのものが震えるほどの。
「……嘘だろ」
ユウは青ざめた。
外の校庭。
そこに、“ビルほど巨大な黒い影”が立ち上がっていた。




