EP 9
俺が悪だと断じた
「……命乞いか?」
底冷えのする、虚無の底から響くような声。
ザックは激痛に顔を歪めながら、すがるように龍魔呂の革靴へ左手を伸ばした。
「た、頼む……! 金ならある! 帝国時代の隠し財産が、ドワーフの地下金庫に唸るほどあるんだ! あんたに全部やる! 女も、権力も、望むがままだ!!」
血と泥にまみれ、唾を飛ばしながらの必死の哀願。
かつて村を焼き、弱者を蹂躙してきた悪党の末路としては、あまりにも惨めな姿だった。
だが、龍魔呂の瞳には一欠片の憐憫も浮かばない。
彼の視線は、ただの『汚物』を見るように冷徹だった。
「お前たちは先ほど、あの子供の悲鳴を聞いて笑ったな」
その一言が、ザックの希望を完全に打ち砕いた。
この男は交渉になど応じない。最初から、自分たちを皆殺しにするためだけに来たのだ。
「……ッ、ならてめえも道連れだァァァッ!!」
絶望が狂気へと裏返る。
ザックは左手で腰のポーチを引きちぎり、隠し持っていた『帝国製・特級魔導自爆結晶』を起動させた。
「俺ごと吹き飛べ! この田舎村もろとも、灰燼に帰してやらァ!!」
赤い光が結晶に満ち、半径数百メートルを消し炭にする水爆級の魔力が膨張しようとした――その瞬間。
『――――』
音のない、光。
いや、光ですらない『不可視の落雷』が、夜空からザックの左手へと直撃した。
「……あ?」
自爆結晶を持っていたザックの左腕が、手首から先ごと『空間から削り取られるように』消滅していた。
血すら出ない。ただ、そこにあったはずの空間が、絶対的な神の力(雷帝神ユイの守護)によって事象ごと消し去られたのだ。
「な……俺の、腕……? 結晶が……?」
何が起きたのか理解できず、ザックは呆然と宙を見つめる。
「神さえも、お前の存在を許さなかったようだな」
パァンッ!!
龍魔呂の引いた引き金が、ザックの左膝を粉砕した。
「ぎ、ぎィィィィィィィッ!?」
「一つ」
パァンッ!!
「あぎゃあああああああッ!!」
「二つ」
残された右膝が爆け飛ぶ。
ザックはもはや這って逃げることすらできず、血の海の上で芋虫のように身悶えする。
パァンッ! パァンッ!
無慈悲な銃声が響くたび、ザックの体がビクンと跳ね、肉の破片が夜の闇に飛び散る。
急所をあえて外し、極限の苦痛だけを味わわせる正確無比な射撃。
カチッ。
やがて、Korthの撃鉄が空を切る音が鳴った。
全ての弾丸を撃ち尽くした。
「た、しゅけ……ころ、して……」
四肢を完全に破壊され、血の泡を吹きながら、ザックは今度こそ『死』を懇願した。
龍魔呂は熱を持ったKorthを、ゆっくりとジャケットのホルスターへ収める。
そして、虫の息となったザックの胸ぐらを掴み、強引に上半身を引きずり起こした。
「……」
龍魔呂の右の拳が、静かに引かれる。
それは、十の流派を統合した【鬼神流】の極致。
全身の筋肉、骨格、そして赤黒い闘気のすべてを『一点』に収束させる、必殺の破壊螺旋。
「俺が、悪だと断じた」
龍魔呂の冷たい宣告。
「故に、お前たちに明日はない」
ドゴォォォォォォォォォォォォォンッッ!!!
放たれた右の正拳突きが、ザックの心臓を――厚さ数センチの強化装甲ごと、完全に貫通した。
背中側から衝撃波が抜け、路地裏の石壁が放射状に爆け散る。
「ア……ォ…………」
声にならない空気を口から吐き出し、ザックの瞳から完全に光が消えた。
即死。いや、細胞レベルでの完全な破壊。
龍魔呂が右手を引き抜くと、支えを失った肉塊が、ズブズブと血溜まりの中へ崩れ落ちていった。
静寂。
路地裏には、三十人の武装兵だった『モノ』が散乱し、むせ返るような死の匂いだけが漂っている。
龍魔呂は、血濡れた右手を懐から出したハンカチで丁寧に拭き取り、そのハンカチをザックの死体の上に無造作に放り投げた。
「……掃除、完了だ」
次元の彼方へインカムで短く告げると、ポポロ村の上空に滞空していた漆黒のコンテナが、再び空間の亀裂へと吸い込まれ、夜空は元の穏やかな顔を取り戻した。
右手の『鬼王の指輪』の光が収まり、蒼白だった龍魔呂の顔に、再び人間らしい血の気が戻ってくる。
極限の殺人鬼から、小料理屋の温厚なマスターへの帰還。
彼はふうっと一つ息を吐くと、路地裏を背にして、静かに歩き出した。
明日もまた、何事もなかったように『鬼龍』の暖簾を出さなければならないからだ。




