EP 10
そして日常は回る
翌朝。
ポポロ村の空は、昨夜の惨劇など嘘のように晴れ渡っていた。
小鳥がさえずり、朝日が石畳を照らす長閑な風景の中、小料理屋『鬼龍』の前に立つ龍魔呂は、いつものように赤提灯と暖簾を出した。
「マスター! おっはよーございまーす!」
「ごきげんよう、マスター」
開店と同時に飛び込んできたのは、いつもの常連二人組。
極貧アイドルのリーザと、天然エルフのルナだった。
「いらっしゃい。……今日は早いな」
「はいっ! 公園のラジオ体操でスタンプ貰ってきました! これで図書カードまであと半分です!」
「私は世界樹の朝露で沐浴をして参りましたの。……ところでマスター、聞きました?」
ルナが、龍魔呂の淹れた熱いお茶をすすりながら、声を潜める。
リーザも、龍魔呂が出した『まかない朝定食(もやし炒めと大根の味噌汁)』を爆速でかき込みながら、ウンウンと頷いた。
「村の北東の森! なんか、ルナミス帝国の悪い傭兵団が全滅してたらしいですよ!」
「ええ。村の自警団が朝に見回りに行ったら、全員が原形をとどめない挽肉になっていたとか。落雷の跡もあったそうですし、きっと森の精霊の怒りに触れたんですわね」
キャー怖い怖い、と笑い合う少女たち。
昨夜、その『精霊の怒り』を遥かに超える暴力で傭兵団を解体した当の本人は、表情一つ変えずにカウンターを布巾で拭いていた。
「物騒な話だ。お前たちも、夜道には気をつけろよ」
「はいっ! アイドルは体が資本ですからね!」
そこへ、カランコロンとドアベルが鳴り、派手な着物姿の猫耳商人・ニャングルが入ってきた。
「おはようさん。マスター、濃いめの珈琲を一つ頼むわ」
ニャングルはカウンターの端に座ると、煙管をくわえながら、意味深な視線を龍魔呂へ向けた。
「いやぁ、今朝は清々しいなァ。村の周りに散らかっとった『粗大ゴミ』が、跡形もなく消えとったわ。これでキャルル村長も、手を汚さずにぐっすり安眠できたっちゅうこっちゃ」
ニャングルは珈琲を受け取ると、チャリン、と金貨を一枚、カウンターに置いた。
宿代の清算(昨夜の報酬)だ。
「……釣りはねえぞ」
「かまへんかまへん。極上の『掃除屋』には、それなりのチップを払わんとなァ」
ニャングルがニカッと笑う。
龍魔呂は金貨をレジに放り込み、静かに珈琲の豆を挽き始めた。
『鬼龍』の扉の向こう、村の中央広場からは、今日も騒がしい声が響いてくる。
「ハハハ! 見よロード! この太陽の輝きこそ、拙者の魔眼が呼び寄せた『暁の波動』でござる!」
中二病の牛丼屋、佐須賀良樹のアホな声だ。
そして、それに付き合わされている始祖竜クロノ(ロード)の、低く気怠げな声も聞こえてくる。
「我は暁ではない……。ただ、朝の光すら退屈に感じるだけの、虚無の器だ……」
「おおっ! ロードがまたカッコいい鳴き声を出したでござる! 今日はネギ玉牛丼が売れそうだな!」
平和だ。
平和すぎるほどに、この村の日常は滑稽に回っている。
(……当分は、あの馬鹿と駄馬の監視を続けるとするか)
龍魔呂は、勝手口から裏路地へと出た。
朝の冷たい空気を吸い込み、懐からマルボロの赤箱を取り出す。
真鍮製のオイルライターを取り出し、親指で蓋を弾く。
カチッ。
小気味良い金属音が鳴り、紫煙が朝の空へと立ち上っていく。
温厚な小料理屋のマスター。そして、悪を微塵も残さず解体する処刑人。
二つの顔を持つ男は、静かに目を細めた。
――だが、龍魔呂はまだ知らない。
昨夜、彼が呼び出した『次元コンテナ』の空間の歪みと、雷帝神ユイが放った『神の雷』の異常なマナの乱れが、アナスタシア世界を監視する【聖獣機神ガオガオン】のメインOSに、ごく僅かなエラー信号として検知されていたことを。
「……さあて。次は、どんな客が来るやら」
オイルライターの蓋を閉じ、龍魔呂は再び『鬼龍』の暖簾をくぐった。
(第一章 鬼の龍儀 完)




