EP 5
悪党の条件
ポポロ村の北東、居住区に繋がる裏道。
本来なら自警団の巡回ルートであるはずのその道を、音もなく進む黒い影の集団があった。
「……チッ、田舎村の結界にしちゃあ、随分と硬えじゃねえか。魔導解除キーのバッテリーを半分も食いやがった」
ルナミス帝国軍の旧式魔導戦闘服に身を包んだ大柄な男、ザックが舌打ちをする。
彼はかつて帝国軍の小隊長だったが、横領がオルウェル内務卿の監視網に引っかかり、国を追われた崩れ傭兵だ。
彼の後ろには、同じように完全武装した三十名の部下たちが、禍々しい銃口を下げて続いている。
彼らが手にしているのは、ルナミス帝国製の『九九式魔導ライフル』。
闘気や魔法を持たない人間でも、引き金を引くだけで必殺の魔力弾を連射できる凶悪な兵器だ。
「隊長、もうすぐ村の中央広場です。村長の家はその奥かと」
「よし。手筈通りに行くぞ。標的は月兎族の村長、キャルルだ」
ザックの顔に、下劣な欲望の笑みが浮かぶ。
「あの女を捕らえて脅せば、どんな傷でも治す『月光薬』をいくらでも吐き出させることができる。逆らうようなら、この村の連中を片っ端から片脚撃ち抜いて奴隷商に売り飛ばせ。……俺たちは、ここで一生分の金貨を稼ぐんだよ!」
ザックたちの目的は明確だった。
三大国が手を出せないこの村で、薬と人を根こそぎ奪い、他国へ逃亡する。
強者の暴力による、一方的で理不尽な蹂躙。
彼らが広場へと続く路地を曲がろうとした、その時だった。
「……えっ?」
路地の角から、小さな影がひょっこりと顔を出した。
犬耳族の少年だった。
年の頃は五つか、六つ。手には木の棒を握りしめている。
昼間、広場で自警団の真似事をして遊んでいた子供が、夜になっても興奮冷めやらず、親の目を盗んで「夜のパトロール」に出てきてしまったのだ。
少年は、目の前に現れた異形の集団を見て、完全に硬直した。
黒い装甲。冷たい鉄の匂い。そして、自分たちに向けられた明らかな『殺意』。
「……チッ。夜更かしのガキか」
ザックが忌々しげに顔をしかめる。
ここで騒がれれば、面倒な村長や自警団が目を覚ましてしまう。
「おい。消音魔法をかけろ。一発で頭を吹き飛ばせば、音は鳴らねえ」
ザックの冷酷な命令に、部下の一人が無言で頷き、前に出た。
チャキッ、と無機質な音を立てて、九九式魔導ライフルの銃口が持ち上げられる。
魔導陣が起動し、銃口の奥で赤い光がチリチリと収束し始めた。
「あ……ぁ……」
少年の手から、木の棒がカランと落ちる。
逃げなければいけないのに、恐怖で足が動かない。
犬耳がペタンと伏せられ、大きな瞳からポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちる。
「ひぐっ……だ、だれか……」
「さっさとやれ」
ザックが顎でしゃくる。
傭兵の指が、ライフルの引き金にゆっくりと掛かった。
「……たしゅけてえええええええええええええっ!!!」
たまらず、少年は夜の静寂を切り裂くような、悲痛な叫び声を上げた。
死の恐怖に直面した、純粋で無力な、子供の悲鳴。
「……馬鹿野郎、早く撃て!!」
焦ったザックが怒鳴り、傭兵が引き金を引こうとした。
――その瞬間。
路地裏の空気が、急激に、そして異常なほどに冷え込んだ。
冬の夜風などという生易しいものではない。生物の生存本能そのものを直接凍らせるような、圧倒的な『死の気配』。
『――おい』
地を這うような、深く、暗く、冷酷な声。
ザックたちがハッと視線を巡らせると、路地裏の暗がりに、一人の男が立っていた。
深紅のジャケットを着た、優男。
手には、場違いな真鍮製のオイルライターを握っている。
「なんだ、てめえは……! どこから湧きやがった!」
ザックが銃口を向ける。
だが、暗がりに立つ男――龍魔呂の顔を見た瞬間、傭兵たちは背筋にどす黒い悪寒を走らせた。
先ほどまで『鬼龍』で見せていた温厚なマスターの面影は、そこには微塵もなかった。
顔面は、血の気が完全に引いたように蒼白。
その瞳には一切の感情がなく、ただ、無限の深淵のような底知れぬ虚無だけが広がっている。
「……子供の泣き声が、聞こえたな」
龍魔呂の唇が、機械のように動いた。
ポツリとこぼれ落ちたその言葉は、彼自身の脳の奥底に封印されたトラウマのスイッチ。
「……てめえ、何ブツブツ言ってやがる! こいつらと一緒に蜂の巣に――」
カチッ。
傭兵の言葉を遮るように。
暗闇の中で、真鍮製のライターの蓋が開く、硬質な音が響いた。
それが、この場にいる悪党全員に対する、処刑執行の合図だった。




