EP 3
中二病と最強の駄馬
翌日の昼下がり。
ポポロ村の中央広場は、長閑な活気に満ちていた。
農家が太陽芋やネタキャベツを並べ、獣人の子供たちが笑い声を上げて駆け回っている。
その喧騒の片隅で、異彩を放つ一台の屋台があった。
「ククク……さあ来い、迷える子羊たちよ! 我が右手に封印されし『暗黒物質』を解放する時が来た! この深淵の杯(ネギ玉牛丼)を食らい、魔力を満たすが良い!」
無駄に芝居がかった声で叫んでいるのは、屋台の店主・佐須賀良樹だ。
黒いエプロンにバンダナという牛丼屋の出で立ちだが、彼の脳内では『世界を裏から操る魔眼の男』という設定になっているらしい。中二病を拗らせた、ただの地球からの転移者である。
「……ねぎだくで、一つ頼む」
買い出しの途中で広場を訪れた龍魔呂が、屋台の前に立って銅貨を数枚置いた。
「おや! 貴殿は『鬼龍』のマスターでござるな! ククク、我が魔眼(乱視)は誤魔化せんぞ。貴殿の背後に、ただならぬ覇気(仕込みの疲れ)が見える!」
「……そうか。ご苦労なことだ」
適当に相槌を打ちながら、龍魔呂の視線は良樹ではなく、屋台を引いている一頭の生物に向けられていた。
体長三メートルほどの、鈍く光る鱗を持った竜。
荷引き用として重宝される『ジオ・リザード(走竜)』の姿をしているが、どこか爬虫類特有の生々しさがなく、異様なほど静かだった。
良樹からは『シャイニング・インフェルノ・アルティメット・ロード』という長ったらしい名前を付けられ、面倒くさがって「ロード」と呼ばれているその駄馬。
――始祖竜クロノ。
古代大戦において、水爆並みのブレスで大陸を焼き払い、世界の時間を巻き戻して時空の彼方に消え去ったとされる伝説の竜。
なぜそんな化け物が、ポポロ村で中二病の男に大人しく飼われているのか。
龍魔呂が冷たい観察眼を向けていると、ロードは怠げに首を巡らせ、黄金色の瞳で龍魔呂を見つめ返した。
ただのジオ・リザードなら、龍魔呂の隠し持つ『鬼の闘気』に怯えて逃げ出すはずだ。
だが、ロードは咀嚼していた太陽芋の葉を飲み込むと、周囲の空気をわずかに震わせて、低い声でこう言った。
「我は神ではない。ただ、神を超えた“退屈”を持て余す者だ」
深く、哲学的で、どこか虚無を孕んだインテリジェンスな響き。
それは明らかに「お前の正体など気づいているが、面倒だから放っておいてくれ」という、頂点捕食者からの静かなる警告だった。
「おおっ! ロードがまたカッコいい鳴き声を出したでござる! 流石は我が眷属!」
良樹が勘違いのまま感動して牛丼を差し出してくるのを、龍魔呂は無言で受け取った。
「……美味いな」
「ククク! 当然! 善行ポイントを消費して召喚した『神々の供物』でござるからな!」
良樹が何を言っているのかは半分も理解できないが、味だけは本物だ。
龍魔呂は牛丼をかき込みながら、頭の中で冷徹な計算を走らせる。
あの竜の力(時間の巻き戻し)があれば、死んだ弟のユウを『そもそも死ななかったこと』にできる。
それが、龍魔呂がこの世界に介入した唯一の理由だ。
だが、今はまだ手を出せない。
無理に奪おうとすればロードが暴走し、この大陸ごと蒸発しかねないからだ。
彼を最も安全に「保管」しておくためには、この平和で退屈な村と、あの中二病の男が絶対に不可欠だった。
(……だからこそ、部外者に引っ掻き回されるわけにはいかない)
昨日、ニャングルがもたらした『ルナミス帝国の崩れ傭兵団』という不確定要素。
もし奴らが村で暴れ、良樹やロードに危害が及べば、盤面が根底から崩れる。
標的を安全に監視し続けるためには、周囲の「ゴミ」を定期的に焼却しなければならない。
「ごちそうさん。……良樹、今日は早く店を畳んで、家に帰って寝てろ」
「む? どうしたでござるか? 拙者の魔眼に、何か凶星でも映ったと?」
「……ああ。今夜は、少し冷える」
龍魔呂はそれだけ言い残し、背を向けて広場を後にした。
ポケットの中の真鍮製ライターを、親指でそっと撫でる。
――今夜、村の掃除をする。
誰にも気づかれず、一片の証拠も残さずに。
それが、温厚なマスターがこの村に払う、血塗られた家賃だった。




